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10.大賢者の後継の誘拐事件

 その連絡が来たのは、ちょうどミリィ達が誠二の部屋に説得にきた後のことだった。

 慌ただしい足音が誠二の部屋の前で止まり、激しいノックの音が鳴る。


「失礼します勇者どの!」

「どうしたでござる?」

 普通ではないその声にざわっと、ミリィが反応を返す。


「マレイ様が賊にさらわれたのです! 普段と変わらぬ警備をしていたのにもかかわらず……」

「馬鹿な……マレイなら魔法でいくらでも対応が効くはずっ」

 大賢者の跡継ぎと言われている彼女のことだ。魔王を倒したパーティーの一人をそこらへんの賊があっさり拉致などできるものだろうか。


「これが、落ちておりました」

「これは……」

 兵士が取り出したのは、ちぎれた紐の切れ端だ。少し焦げているのはマレイに反撃を受けたせいだろうか。


「魔封じの紐か……」

 びっしりと紋様が書かれたそれは、魔法を使えなくする魔法道具(マジックアイテム)だ。

 たしか以前に、マレイから本で見せられたことがある。

 現物を手に入れるのはかなり難しいけれど、もしかしたらこういう物で拘束されることもあるかもしれないから、とかつて彼女が話していたものである。

 魔法を封じられてしまえば、いくらマレイとてあっさり人の手に落ちるのは仕方がない。


「ほっほ。切れ端があるということなら追跡は可能じゃな。ほれっ、誠二どの。さっさと着替えて出発じゃ」

 いつからいたのか、宮廷魔術師長のオジが、杖を片手に部屋の中にたたずんでいた。

 一気に情報が入りすぎて訳がわからない誠二は、そのようすをぽかんと見ていることしかできない。


「はやくーするんじゃ! こんの馬鹿たれがっ! マレイがおらんかったらお主の願いはなに一つかなわんのじゃぞ!」

「いてっ、いてぇって、おじぃ」

 さっさと起きろと杖でぽこぽこ叩かれてはたまらない。

 誠二はさっさと起き上がると、靴をはいてカラドボルグを握りしめた。


「チーレムは楽しまないのでは?」

「それとこれとは別だ。マレイが困ってるなら助ける。それしか俺にはできないみたいだ」

「おやおや。それは拙者たちでも同じでござるか?」

「もちろんだ。パーティーのやつらもこの城のやつらもだ」

 いままでいじけていた気持ちは誠二の中にまだある。

 ミリィと話をして少しは気が晴れた部分はあるとはいえ、それでも根本的に自分を許しているわけではない。

 罪の意識はべったり手のひらにこびりついている。


 けれども、だからといってそれは、マレイを見殺しにする理由にはなりはしない。

 自分が行って役に立つのであれば、それでいい。


「ほっほ。なら勇者どの。ほれっ。わしをおぶって出発じゃ」

 魔力の残滓を追って、マレイの元に導いてやろうとオジが誠二の背中にしがみつく。

 けれども。

「おわっと」

 その重みで、べしゃりと誠二はつぶれた。

 数日食べていないのだ。その影響は思い切り体力という面に現れていた。


「えっ、誠二さま? だ、だいじょうぶですか?」

「だ、大丈夫だ。ただ腹が減っただけ」

 そこにちょうど合わせるように部屋についたティアが、心配そうな声をかける。

 上にのっかっているオジは、情けないのうと、ため息を漏らしていたがとりあえずいったん誠二の上から体をどけた。


「なかなかご飯を食べて頂けないので、これをご用意してみました」

「おにぎり……か?」

「はい。うめぼし、というものもちょうどできあがっていましたので、いれてあります」

 これなら、食べてもらえますか? と潤んだ上目使いをしてくるティアの頭を軽くぽふりと撫でてから、誠二はおにぎりを噛みちぎった。

 確かにその断面からは赤い果実が姿を現している。

 軽く振られた塩の味が久しぶりに胃を刺激してくれた。

 

 今まで食べなかったのが嘘だったかのように、誠二は三つのおにぎりを平らげて軽く親指についた米粒を舐めとると、ごちそうさんとティアに皿を返した。

 ティアは今までの落ち込みようが嘘のように、ぱぁっと表情を明るくしながらそのお皿を受け取る。

 彼には、誠二がやっと元気になってくれたと映ったのだ。


「それじゃ、ミリィ。おぬしに頼もうかのう。なに浮遊の魔法使うからの。軽くひっぱってくれればいいんじゃ」 

 鍛えてる傭兵とはいえ、さすがにじじい一人抱えていくのは無理じゃろうて、と大賢者は魔法を使って体を軽く中に浮かせた。

 これならば、軽く力を入れるだけで移動させることができる。


「って、おじぃ。最初から俺におぶさらなくてもよかったじゃねーか」

「仕方なかろう。わし、魔力温存したかったし」

 これ、割と魔力食うんじゃよ? としれっと嘘をつく賢者に、はぁと一回だけため息をついた。


「それで? マレイはどこにいるんだ?」

 誠二は頭を切り換えると、敵の手に落ちたパーティーメンバーの場所を尋ねたのだった。





 ずきりと手首が痛んだ。

 どうやら連れ去られたあとにも拘束は解かれていないらしい。

 後ろ手に縛られた状態で、その紐は椅子にくくりつけられているのがわかる。

 足は椅子と紐で固定されているけれど、残念ながら足が地面につかない。

 足さえつけばなんとか椅子ごと移動ができないかと思ったのだけど。


「やれやれ、ひどい目に合うものだね」

 まったく、とマレイは一人ため息を漏らした。

 魔法が全く使えなくなったのを思えば、最初に仕掛けられた紐は、魔封じの紐で間違いはないだろう。

 幸い、手首のところ以外は普通の紐のようだ。特殊な魔法文字が書かれていないのですぐにわかる。

 これで、相手がもっと慎重を期すタイプであったなら、全身をこの紐で縛っていたことだろう。

 それとも、それなりにレアなこれを用意できなかっただけか。


 さて。果たしてこんな暴挙にでた相手はどんな相手だろうか?

 楽々、城に潜入が可能で、それなりの組織力があって。

 この紐だって入手はそれなりに難しいもののはずだ。なんせ魔術師をほぼ無力化できるアイテムだ。

 製法だって今は失われてひさしいもので、古代の遺跡から発掘されたり、大森林に住んでいるとされるエルフだけが作れるなんていう話もある。


 正直、マレイだって見るのは初めての道具だ。

 魔力そのものを抑える効果と、あとは魔術師にとっての生命線である声を抑える働きがあるらしい。

 その中に込められた術式を解明できたら、自分でも作れるかも、なんていう思いがもたげるくらいのものなのだ。

 そんなものが出てくるとは思っていなかったから、どうせ縛られても魔法でなんとでもなると思っていたのが今回は完全に裏目にでてしまった。

 幸い、今は声の方までは押さえられていないようだが、術者が力を込めればしゃべることもままならなくなることだろう。

 

「こんな体たらくじゃ、せーじにも偉そうなことは言えないかな」

 部屋に引きこもってしまった、みんなの勇者。

 こんな自分の話を興味深く聞いてくれる彼のことは、最初に会った時から、なんかいいなと思っていた。

 大賢者の後継といわれる自分ではない、ただのマレイとして見てくれる人。

 そして疑問にぶつかるとそれを流さずにちゃんと考えてくれる、聡い人。

 

 あぁ。あの人が助けに来てくれたら。どんな顔をしてしまうだろうか。

 ミリィの積極性が羨ましかった。

 サーシャの粘り強さが羨ましかった。

 ティナの可憐さが羨ましかった。


 彼女達みたいにもっと素直になれていたら。いや。

 それは大賢者の後継として許されないことに違いない。


「気分はどうかな、魔術師どの」

 そんなことをぼうっと考えていたら、不意に声がかけられた。

 こちらが眼をさましたのに気付いたのか、はたまた定期的に様子をうかがっていたのか。


「最悪だ。ああ、最悪だとも。まさか僕をさらったのが、騎士団長の君だとはね」

「おや、思ったほど動じてはいないようだな。わしがこのようなことをする人間だとでも思っていたのかね?」

 顔を上げるまでもなく、声と気配で誰かはわかった。

 彼はこの国の騎士団を束ねる長、マルクス騎士団長だ。

 もちろん式典その他でマレイも顔を合わせているし、知らない仲ではない。


「ああ、すまないね。大賢者どのから感情はあまり表に出さないようにと教育を受けているものだから」

 これでも驚いてはいるのだよ? と答えたものの、城の中の人間なのだろうな、というのは薄々気付いていた。

 あの城の守りはそんなに柔なものじゃない。

 魔王の討伐という偉業がなされて浮ついている部分はあったとしても、隣国の間者をいれるほどふぬけてなどいないのだ。


「オジどのならそういうのだろうな。魔術師は常に冷静であれ。言葉の一つがどう転がるからわからぬのだから」

「さすがはマルクスどの。魔術もお詳しいのですね」

 ということは、この地面に書かれている陣もですか? と視線を下に向けてマレイは尋ねた。

 古代の文字で描かれたそれは、マレイの椅子を中心に円陣を描き出している。

 なにかの抽出術式だろうか。

 

「これを見ても眉一つ動かさないとは、さすがは次代の大賢者。では、これはどうかな」

 よし、入れ、という声を外に向けると、扉が開いて二つの人影が入ってきた。 

 さすがにそれを見て、マレイは驚いて目を見開いた。


「サーシャ……それにティナも。どうして……」

 どうして二人がこんなところにいるのだろうか。

 どうやら様子としては、マレイを助けに来てくれた、というわけではなさそうだ。

 ならば、今回の件に協力をしているということなのだろうか。


「団長から話は聞かせてもらったぞ、マレイ。チーレムターの呪いを解くために協力してもらおう」

「ひどいじゃないですか! そりゃ勇者様は素敵な方です。でも独り占めしようだなんて! 一緒にってみんなで足並みをそろえていたのに!」

 二人は責めるような視線をマレイに向けた。

 それを受けてマレイは、じろりとマルクスをにらみ付ける。

 

 友人たちがあっさり手のひらを返す。その理由はだいたい察しがつく。

 女が友人を裏切るのは、たいてい男絡みと昔から相場は決まっているのだ。


「呪いを解く? それならすぐにこの紐を解くことだよ。魔封じの紐で手首を縛られていてね。満足に魔法一つつかえないんだ」

 だから、高ぶる気持ちを抑えながら二人に語りかける。

 魔術師はいつも冷静でいなければならないのだから。

 理が通じぬ相手に、どう話そうかと悩みつつも、それでもマレイは話し始めた。

 マルクスがこちらの言葉を封じる前に、だ。


「あと十日……いや、こんなことになってしまったからね。もう二日追加で欲しい。そうすればせーじにかかっている呪いは解く。解いてみせるから」

「嘘よ。そういってまた誠二を独り占めにするつもりでしょう?」

「そうです。いくらマレイさまでもそれは許されないことです。十二日も勇者様を独占しようなどと……」

 おちついた丁寧な解説にもかかわらず、二人にはまったくその言葉は届かない。

 さて、どうしたものか、と思いつつ次の方策を頭に描き出す。

 

「そもそも、僕はずっと研究室にこもりきりで、せーじにはろくに会っていないよ? 独占をしているのは君の弟のほうじゃないのかい?」

 冷静になって考えても見れば、マレイの言い分こそが正しいのはわかるはずだ。

 しっかり彼の呪いを解くために解析作業に入りっきりで、正直彼の顔をろくに見てもいない。

 夜に挨拶を交わしたり、疲れたときにちらりと顔を見に行ったりといった程度。

 これが独占というのなら、確実にティアの方が占有しているだろう。


「あの子は男の子よ? 誠二とどうこうなるわけないじゃない」

「同性同士でなんてありえないもの。ティアがなにを思おうと勇者さまと結ばれることは絶対にない」

 あれはお世話しているだけよ、と二人はなにいってんだこいつという呆れまみれの視線を向ける。

 そうか。

 世界はたしかにそうなっている(、、、、、、、)


 有史以来、この世は同性同士の恋愛を認めていない。解呪の姫の童話にも、性転換の呪いと王族の結婚についての章があり、それは最悪の呪いと言われているくらいだ。

 悪魔召喚となると現代には伝わっていないのだけど、それを見つけてやったらティアは喜ぶだろうか。

 

「世の中絶対、ということはないよ。せーじはいい男だからね。たとえ男であっても惚れないわけにはいかないだろう」

 そして君の弟君は、メイド服の似合う可愛い子だ、と言葉を重ねると、ティアが、そんなことって、と頭を振っている。少しばかり心を揺さぶることに成功したらしい。


「嘘。マレイだって誠二のこと好きなくせに」

 どうせティアが男だから余裕って思ってるだけでしょう? と言われて、はぁとマレイはため息を漏らした。

 どうしてこう、恋愛に酔っている人間は視野狭窄に陥ってしまうのだろうか。


「もちろん僕だってせーじのことは好きさ。君たちに負けないくらいに好きだ。でもだからこそ彼の呪いを一刻も早く解きたいんだ。それで彼の意志で決めて欲しいと思ってる」

 こんな不公平な状況じゃなくね、とうんざりするように言っても、二人の視線はいぶかしさに満たされているようで。

 

 恋は盲目という言葉をため息交じりに思い出すことしか、マレイには出来なかった。

さあさあ、捕まってしまったマレイさん! 必死にダークサイドに落ちてしまった友人達を説得しようとしていますが、果たして!

そして、やっぱりティアが可愛いのです。これくらいの破壊力があればころっと落ちてしまうと思うんだけども。

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