11.救出作戦と魔封じの紐
「さて、ついたかの」
おじぃがそう告げると、先ほどまで宙に浮いていた紋様の描かれたハギレはすとんとその場に落ちた。
対象を探すための魔法だということだが、誠二にも詳しいことはわからない。
宮廷魔術師、大賢者とすら呼ばれる彼の力は伊達では無いということなのだろう。
「マレイをさらった賊ってどんなやつだと思う?」
「どうやらきな臭い感じがするでござるな」
魔封じの紐のハギレに道案内をさせて到着した先は、城からせいぜい歩いて一時間程度のところだった。誠二達のチート足では、二十分もかかっていない。
それこそ王都の中といってしまっても問題のない場所である。
とりあえずの拠点としてという意味合いなら、国内にいるのはわかる。
けれども、いくらなんでもこんなに近くにいるというのはどういうことだろうか。
最低でも馬車で半日くらいはかかるかと思われていたのだが思った以上の近さが逆に胡散臭い。
「ふぉっふぉ。では、わしは少しこの廃墟の周りを探索させてもらうとするかのう」
「オジ殿。敵がどこに潜んでいるかわからぬでござるぞ? 単独行動は控えた方がよろしかろう」
「大丈夫じゃよ。そこらへんのひよっこには負けはせんし」
魔封じの紐とて、わしならいくらでも対応が効くしの、とおじぃは余裕の笑みを浮かべる。
むしろそんなものに捕まった弟子がふがいないと言わんばかりだ。
「ミリィも単独行動しとくか? 俺と一緒だとやばいだろ」
「なに。勇者どのもいっぱしの戦士となったでござる。そこらへんの有象無象にやられるほどヤワではござらぬであろう?」
必勝は負けそうな時に発動する力だ。
ならば、誠二さえ危険が無ければ、自分が盾にされることもないとミリィは言った。
「それにどうしようもなくなったら、拙者、ばっちぃものを被ったものを遠巻きにするように、勇者どのから離れるでござる。なに、逃げ足なら誰にも負けぬでござるよ」
だからとりあえずは二人で、といいつつこっそりと誠二の腕を掴む。
見た目おっさんに掴まれるわけだが、誠二はそれを振りほどかない。
「おじどのの手を放したから今度は勇者どのの腕を掴むでござる」
「戦闘になったら……」
「すぐに放すから大丈夫でござるよ」
二人きりなど滅多にないのだから、いいではござらぬかとミリィはそのままぎゅっと誠二の腕を握った。本当は手を握りたいところではあるけれど、敵地で手がつかえないのは、という判断から妥協案でこうなったのだ。
おじぃはふぉっふぉと言いながら建物の周囲を回るようだった。ここからは別行動だ。
「あからさまに正面にござるなぁ」
その建物は、部屋数がそれこそいくつもない廃墟だった。
大賢者のオジが周りを観察すると言っていたものの、自分達までそうするつもりはなかった。
マレイがこの中に居るかどうかは不明だ。
けれども魔封じの紐の断片が、示した先はここ。
ゆえに一度はマレイをここに連れてきているはずなのだ。
たとえマレイがここにいなかったとしても、痕跡を確認するには早いほうがいい。
「正面突破。お前も得意だろ」
剣の柄に手をかけると、周囲の気配を探る。
その段になってもミリィは誠二の腕を掴んだままだ。
彼女には、部屋の中にどれくらいの人間がいるのか、おおまかに気配で把握できる能力がある。
それが、この先にたいした手勢が居ないことを感知していた。
「そうにござる。たいした人数いないから、ふん縛ってマレイをさっさと連れ帰るでござ……え、ちょ、どうしてサーシャがここにいるでござる!?」
ゆえに、正面突破ということでばばーんと扉を開いたわけなのだが。
さすがのミリィもそこに見知った顔があったのに驚きは隠せなかった。
彼女が見分けられるのは気配であって、個人の特定まではできないのだ。
「ちょ、ミリィ! あんたなんで誠二の腕なんて掴んでいるのよ!」
「そうです! ミリィさま! 勇者様の独り占めは駄目です!」
混乱気味のこちらに対して、部屋の中にいた相手は突然の侵入に驚きもせず、的確に誠二にもたれかかってるように見えるミリィに鋭い視線を向けてくる。
じぃと、睨むような視線を向けられて、ミリィは、怖いでござるなぁと、そっと誠二の腕から手を放した。
そしてその手を自分の腰のあたりに当てる。
みため、おっさんがむんずと仁王立ちの構えである。
「ええと……これは、どういうことかな?」
誠二はいまいち状況が掴めないという様子で、その部屋に視線をさまよわせた。
大丈夫。部屋の中心部を除いて、なにか自分達を害するような仕掛けはないようだ。
部屋には、三人のおっさんがいた。衣類から二人はサーシャとティナだ。
そして、部屋の中心にいるマレイの姿を見つけて、ほっと安堵の息を吐いた。
拘束はされているものの、今すぐどうこうなる感じには見えなかった。
「おぉ、これは勇者どの。よくぞここを見つけられましたな」
「ええと……騎士団長の、まるくす……さんでしたっけ?」
誰だっけ、このおっさんと一瞬思ったのだけど、サーシャから紹介を受けた騎士団長さんだということに誠二は気付いた。
おっさん三人の最後の一人である。これはもとからおっさんなわけだが。
「勇者どのには秘密でことを進めようと思っていたのですがな……見つかってしまったのならしかたありますまい」
「これは……なにをしているんだ?」
部屋の中心には椅子に座らされ拘束されているマレイの姿がある。
その地面にはよくゲームで出てくるような魔法陣が描かれていた。
びっしり書き込まれた文字を読むことは出来ないが、それでも複雑で高度なものであることはわかった。
騎士団長のマルクスは特別悪びれたようすもなく、マレイをさらったことに対して言い分があるようだった。
勇者である誠二に対して、彼はいつだって余裕をもった対応を崩さない。ティナたちと比べるとおっさんはおっさんでも、大人の男という印象が強い相手だった。
「なに、貴方にかかったチーレムターの呪いを解こうと思ったまでですよ」
「そうですよ、誠二さま! ここで儀式を行えば貴方にかかった最悪の呪いを解除することができるんです」
「そうですそうです! チーレムターをなんとかできるんです」
おっさんの野太い声でかしましい反応をされても困るわけだが、さすがに誠二もいままでの時間でこの呪いに慣れてきていた。
眼の前に広がるのはあからさまに、マレイをなんとかすることによって発動しそうな魔法陣だった。
マレイは成り行きを見守っているのか、一瞬顔を上げたあと何も言わずに大人しく座っている。いや、薄く魔封じの紐の刻印が輝いているところをみると、それで彼女の行動を縛っているのかも知れない。
「ここにいるマレイは優秀な魔術師です。彼女の力を起点として貴方の呪いを解く。そのための仕掛けがこれというわけです」
立派な魔法陣でしょう、とマルクス騎士団長は大仰に両手を広げて誇らしげに胸を張った。
やましいことなどなにもないという堂々とした姿だ。
「どうして宮廷でそれをやらない?」
ちらりと視線をおっさん姿のサーシャとティナに向けると、二人は誠二と視線を合わせなかった。
なにかしらのデメリットがあるから、強行したということなのだろう。
問題がないのであれば、マレイも喜んで協力するだろうし、わざわざさらってくる必要なんてどこにもない。
「それは誠二どのも、オジどのも反対されるのがわかっていたからですよ」
貴方は優しいですから、とマルクスは困ったように頬をかいた。
「それはマレイになにか無茶をさせるってことか?」
「ええ、そうなりますなぁ。この魔法陣からマレイの魔力を少し強引にちょうだいしまして、それを元に貴方の呪いを解くのですから」
いささかマレイが苦しむので、あなたたちには知らせなかったのですよ、と悪びれずに言うマルクスからとりあえず誠二は視線を外す。
「それは本当のことか?」
かわりにちらりと視線をサーシャに向ける。
二人の顔はおっさんになっていていまいちわかりにくいのだけど、嘘をついてるかどうかはわかるかもしれないと思ったのだ。
「……マレイに無茶をさせるから、こんな廃墟でやることになったんだ。話によるとかなりの激痛が走る、らしい」
「そうです。勇者様はお優しいから、マレイの叫び声をお聞きになったら止めに走るでしょう」
「激痛……か」
二人が苦渋の決断をした、と言う様子で言葉を紡ぎ出す。
そのことを言うのが嫌で、先ほどは顔を背けていたのだろうか。
「わしらだって、他に方法があるのならこのような無茶な真似はしませんよ」
「ですが、これは魔王の城から呪いを解く方法として発見されたものなのです」
これ以上、誠二さまに変なものをお見せしたくないのです、とティナはうるっとその目を潤ませた。
元の姿なら様になるのだろうが、残念ながら眼の前にいるのは涙目のおっさんである。
「なら、それを研究して発展させてみたらどうだ? 俺は一年でも二年でも待つつもりだ。マレイやオジにも協力してもらえば、もう少し穏便にやれるんじゃないか?」
魔力が足りないっていうなら、それだけの人数を集めたり、魔力を抽出して魔石をつくって、それを触媒にするなんていうのは、専門家じゃなくても思い浮かぶ手段だ。
それらをやらないで、いきなりマレイに無茶をさせるというのは順番としては正しくないように思える。
「いいえ、誠二。これはチーレムターの呪いを受けなかったマレイだからこそできること。他の誰かで換えがきくわけではないのです」
「そうですよ勇者さま。マレイさまだって話をしたらこうやって素直に協力してくださっています」
ぱちりと、マレイの手首に巻かれた紐から火花の様なものが上がった。
先ほどまではうっすら光っていただけのそれは、まぶしいくらいに輝いている。
「勇者どの。貴方にマレイの声を聞かせるのはあまりにも不憫だ。今しばらく、そうですな。明朝まではお城にて待機していてはくださらぬか」
一晩寝て起きた頃には貴方の呪いは無事に解けておりましょう、とマルクスは出口のほうへと誠二を促した。
「なら、拙者はここに残ってもようござるか? それがしなら多少の女子の叫び声など聞き慣れているからして」
その誘導を押さえ込んだのは隣に居たミリィだった。
いつも以上に笑顔を浮かべている彼女はじぃと、サーシャとティナに視線を向ける。
「サーシャやティナだけでは手が足りないということもありましょう」
拙者のほうがいろいろお役に立てるでござると言うと、サーシャ達の身体がこわばるのが見えた。
「いえいえ、ミリィどのも客分ですからな。このようなことに手を患わせるわけにはいきませぬよ」
それに我らだけで手は十分足りております、とマルクスは言った。
「なら、見物だけさせていただけないでござるか? 拙者これで、各地の技術を見るのが好きでござって」
「ははは。お見せしたいのはやまやまですが、こんな凄惨なことをするだなんて、と他国で吹聴されてもこまりますゆえ」
ご遠慮いただきたい、とマルクスは笑みを消してミリィにきっぱりと言い放った。
「マレイ。本当にお前はこれでいいのか?」
魔法陣の中央に座らされている彼女に誠二は声をかける。
彼女の口から本当のことが聞けたのなら、もう言うことはない。
けれども、そうでないのなら。
「もっと時間をかけて研究をしてもいいんだ。無茶なんてする必要は無い」
城に帰ろうぜ、と手をさしのべると、マレイは身体を軽く震えさせてから、もの言いたげな視線を向けてきた。
「あ、あの勇者さま? せっかく決心をしているマレイにあまり声をかけないようにお願いしたいのですが」
「そうですよ、誠二。矢を抜く時に覚悟したところを止められるみたいなことになっちゃうから」
あまり声をかけないで、とおっさん二人に誠二は止められた。
その時、思い切りマレイの手首のあたりから手のひらくらいの火が上がった。
「ふざけるなっ!」
同時に、さきほどまで喋れなかったマレイが口を開く。
その視線は鋭くマルクスに向かっている。
「なっ……魔封じの紐を自力で破っただと……」
マルクスは慌てたような声を漏らした。
「さっきから聞いてれば、嘘八百並べ立てて! 僕をさらって無理矢理ここに座らせたくせに」
誠二までごまかそうとしてもそうはいかない、とマレイは騎士団長をにらみ付ける。
「おや、これは心外ですな……きちんと説明はさせていただいたはずですぞ。貴女の力を使って勇者どのの呪いを解く、と」
「ああ、そうだね。僕の心臓を捧げる、だったかな?」
「なっ……」
さらりと言われた事実に、誠二もミリィも言葉を失った。
まったくもって、ちょっと魔力を抽出するだけ、なんていう話ではありえなかった。
「サーシャもティナも。お前らそれを知っていたのか?」
「……いいえ。我らはマルクス様からマレイ様の力を借りるとだけしか伺っておりません」
「サーシャは?」
「……私も、知らない」
ぷいと、そっぽを向くおっさんであるサーシャの態度は、隠し事がばれちゃった子供のようなものだった。
「なら、知った今ならこのような暴挙、お二方とも止めてくださるな?」
ミリィは二人にがっかりしたような視線を向けながら言った。
そう。
知らなくて今回の件に荷担していたというのなら、知った今、マレイを犠牲にすることなど取りやめにしなければならない。
じっと睨まれた二人は、返事をすることなくただ視線を背けたままだった。
「さて、なぜに私がマレイの心臓を使おうなどと言い始めたのか、勇者どの。弁明を聞いてはくださらんか」
そんな二人の態度に苦笑を漏らしながら、マルクス騎士団長は誠二に願い出る。
彼がこの件の首謀者なのは隠しようがない。
そして、まだ彼は自分が行おうとしていることを諦めては居なかった。
「ああ。いちおう聞いてやる」
返事如何では斬るが、とカラドボルグに手を伸ばすと、彼は怖いなぁとおどけて見せた。
女って怖いよなぁ、としみじみ感じる回となりました。
マルクスおじさんは中身も中年なのでどっしりしています。見た目がおっさんの小娘とはやはりものが違いますね。
さて、次話は夜予定でございます。




