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おまけ(アイリス視点)

 幼い頃から、ずっと憧れていた。

 一度で良いから、恋というモノを経験してみたかった。

 でも……。

 私は公爵令嬢。

 そんな事が許されるはずがないのだ。

 だからせめて、婚約者である彼を好きになろうと思った。同時に私の事を、好きになって貰えるように頑張って来たつもりだ。

 それなのに……。


「アイリス! 君との婚約を破棄させてもらう!」


 突然告げられたその言葉に、私の頭の中は真っ白になってしまった。何がなんだか分からないまま。気が付けば全く記憶にない殺人未遂の犯人にされてしまっていた。少し前に紛失してしまっていた母の形見のブローチを証拠として突き付けられながら。

 当然、必死に否定しようとしたけれど、一切聞き入れて貰えなかった。

 それどころか、追い打ちをかけるように、投げつけられたブローチが私の額に当たり、音を立てて床に転がった。少し遅れてやってきた鈍い痛みと深い悲しみ。頬を流れ落ちるそれが、涙なのか血液なのか、私には分からなかった。

 深い深い絶望の中へと落とされてしまったように感じた。

 もう終わりだと思った。

 彼が現れたのは、そんな時だった。


「大丈夫ですよ」

 言うと同時に額にハンカチが触れ、温かくて優しいモノが流れ込んできた。唖然としている私に、再び声がかけられる。

「ご安心ください。あなたは私が必ず守りますから。ですから、これを持って待っていてください」

 大きくて力強い彼の手が、私に優しく握らせたのは母の形見のブローチだった。

「これは……」

「大切な物なのですよね?」

 私を安心させるように、優しく微笑んだ彼がとても凛々しく見えた。

「――ありがとう、ございます」

 お礼を言った私の目元を彼の指が拭った。その姿が、幼い頃に見た父の姿と重なった。私を護るように、こちらに向けたその背中は、とても大きくて、頼もしく感じたのだ。


 でも……。

 彼は分かっているのだろうか。

 相手が誰で、自分が何をしているのかを。

 下手をすれば彼だけでなく、彼の周りの人達までもが酷い目にあってしまう。助けてくれた事は嬉しいけれど、私のせいで誰かが不幸になるのは嫌だった。

 なんとかしなくてはいけない。

 必死に解決策を探していると、どこからともなく現れた学園長によって、あっさりと解決してしまった。どうやら私は嵌められてしまう所だったらしい。そんなに私の事が嫌いなら、はっきり言ってくれれば良かったのに……。


 バカみたい。


 今まで私がしてきた事はなんだったのだろうか。暗い感情が私を支配していく。真っ黒に塗りつぶされていく私の心。呪詛の言葉を吐き出そうとして、目の前にいる彼の存在を思い出した。命懸けで私を助けてくれた彼に、そんな情けない姿を晒す訳にはいかない。

 私は気持ちを引き締めて、お礼と共に彼に理由を尋ねた。

 申し訳ないけれど、こんな状況で誰かを信用するなんて事は出来なかったのだ。しかし、帰って来た言葉は完全に予想外のものだった。


「どうして、ですか?それは、あなたをお慕いしているからです」

 虚を突かれ、真っ黒に塗りつぶされたはずの心に色が戻っていく。

「私を、ですか?」

「はい。覚えていないかもしれませんが、私はあなたに助けて頂いた事があるのです。幼少の頃、初めての王都で迷子になっていた私に、あなたが手を差し伸べてくれたのです。その時、私は恋に落ちました。そしてその恋は今も尚続いているのです」

 真っ直ぐに私を見つめる彼の瞳は、嘘をついているようには見えなかった。私は必死に記憶の糸を手繰り寄せようとしたけれど、残念ながら空振りに終わってしまった。

 そんな私を見て、彼は何を思ったのだろうか。

 もしかしたら、私が困ってしまったと勘違いしたのかもしれない。私を安心させるように続けられた彼の言葉に、優しさを感じた。

 いつの間にか私の心はいつも通りの色を取り戻していた。

「もちろん、身分違いの恋だと言う事は分かっているつもりです。今日、あなたを御守する事が出来た事を誇りに思います。それではこれで」

「待って! 待ってください!」

 気が付けば、去って行く彼の背中に向けて、私は叫んでいた。 


「何でしょうか?」

 後ろを向いたまま答えた彼は、何を考えているのだろうか。

 彼に言われた言葉が、頭の中をぐるぐると回る。あれは本心なのだろうか。婚約者にあそこまで嫌われていた私を、好きになってくれる人なんているのだろうか。

 わからない。

 でも。

 知りたい。

 彼の本心が知りたいと思ったのだ。

 だから……。

「はい。大変身勝手で申し訳ないのですが、こんな状況ですので…… 信頼出来る方に傍にいて頂きたいのです。その、少しの間で構いませんので、護衛として傍にいていただけませんか?」

 最低だ。

 私は、彼の気持ちを試そうと考えていたのだ。

「私で宜しいのですか?」

 振り向いた彼に向けて、私は言葉を重ねる。

「もちろんです。あなたが! あなたに傍にいて貰いたいのです」

 こう言えば、絶対に頷いて貰える。打算的に考えてしまう自分が嫌いだ。

「分かりました。私をあなたのお傍に置いてください。全力で御守いたします」

 目の前で跪き、頭を下げる彼。

 その姿は随分と堂に入っていて、美しくすらあった。

「ありがとうございます。宜しくお願いしますね」

 ごめんなさい。

 内心で謝りながら、握手を求めて差し出した私の手に、彼は当然のようにキスをしたのだった。突然のそれは、凄く恥ずかしかったけれど、同時に私を優しくて温かい不思議な気持ちにさせた。

 もしこれが演技なら、もう立ち直れる自信はない。



 *****



 翌日。

 学園を休んだ私は、彼、ジーク様に寮まで来てもらった。中に入れる事を護衛のキャサリンは反対していたけれど、侍女に頼んで準備して貰った、嘘を見抜く魔道具を見せたら納得してくれた。これは使用者によって結果を簡単に偽装出来てしまう為に、公的な証拠能力はない。しかし、個人的にこっそり使用する分には十分な効力を発揮する。

 ジーク様には申し訳ないけれど、本心を探らせて貰う事にしたのだ。

 魔法を教えて貰うという言い訳を告げながら部屋の中へと案内し、対象者を設定して魔道具を起動した。言った事が嘘ならば、ランプが赤く、真実ならば青く点灯する。緊張感を悟られないように、目の前のソファーに座るジーク様へと微笑んで、その本心を訪ねたのだ。


 そして私は、ジーク様の真っ直ぐな気持ちと、自分の心の醜さを知った。


 ――アイリス様が傷付く姿を、見ていられなかったのです。

 ――例え相手が誰であっても、好きな人を傷つける者を私は許さない。

 ――アイリス様の為ならば、私は何を犠牲にしても構いません。

 ――地位も名誉もお金もいりません。ただお傍にいさせてください。

 ――私は心から、アイリス様をお慕いしているのですから。


 ずっと青にに点灯したままの魔道具を握る手に、力が入ってしまう。聞けば聞くほど、自分の愚かさに気付かされる。こんなにも真っ直ぐに私を想ってくれている人を疑ったのだ。

 本当に最低だ。

 でもそれ以上に嬉しくて、嬉しくて……。

 最後に意地悪な質問をしてしまった。

「ジーク様のお気持ちは分かりました。とても嬉しいのですけれど、私達は身分が違います。決して結ばれる事はないでしょう。そして今すぐにはムリでも、いつか私は他の誰かと結ばれるはずです。その時、ジーク様は、祝福してくれますか?」

「もちろんです」

 ジーク様は悲しそうに微笑んで、小さく頷いた。

 私の手に握られた魔道具が、この日初めて赤く点灯した。



 *****



 それからの日々は本当に幸せだった。

 真っ直ぐな気持ちを隠そうとしない、男らしい態度に私は少しずつ惹かれていった。

 言い訳のつもりだった魔法の授業は実現し、しばらく学園へ行く事が出来ない私の所へ、毎日のようにジーク様が来てくれる事になった。

 ジーク様の魔法の授業は独特だった。肌に直接触れると聞いた時には驚いたが、真剣な表情で魔力操作の訓練を手伝ってくれる姿には、一切の下心が感じられなかった。それどころか、訓練直後に使用した私の魔法は明らかに上達していて、少しでもジーク様の事を疑ってしまった自分が恥ずかしかった。


 それからはジーク様の教えに従い、出来るだけ薄着で魔力操作の訓練をする事になった。少し恥ずかしく感じもしたけれど、ジーク様なら大丈夫な気がした。

 もし問題があるとするのなら、それはたぶん私の方だ。

 ジーク様があんなにも一生懸命になってくれているのに、私の身体がはしたなく反応してしまうのだ。身体全体が熱を持ったように熱くなり、人には言えない所が疼いてしまう。

 こんなのはまるで……。

「大丈夫ですか?」

「――っ! はいっ!」

 快楽に溺れている私をジーク様の優しい声が、救い上げてくれた。私は恥ずかしさを誤魔化す様に咳払いをして、急いで起き上がり、乱れてしまった衣服を直した。

 そんな私を見て護衛のキャサリンが顔をしかめている。殿方の前で見せてはいけない表情をしていたのかもしれない。気を付けなくちゃと気を引き締める。

 芝生の上に敷いたシートの上、何気なく見上げた先では、一羽の鳥が気持ち良さそうに舞っていた。

 こんな毎日がずっと続けば良いのにと思っていた。


 キャサリンが、衛兵によって捕らえられたのはそんな時だった。

 私が無実の罪を着せられそうになり、婚約破棄を告げられたあの事件にキャサリンが関わっていた可能性が出て来たのだ。

 そんな訳がない!

 そう思いたかったけれど、ジーク様を敵視している姿を思い出し、それが理由だったのかと納得もしてしまったのだ。

 また裏切られてしまったのだろうか。

 そんな私を励ますように、手を握ってくれたジーク様の言葉が胸を締め付ける。

「大丈夫ですよ。私だけは、どんな時もアイリス様の味方です」

 嬉しかった。

 同時に、ジーク様の事が好きになってしまっている自分に、はっきりと気付いてしまった。

 でも以前、自分の口からこぼれ出た『決して結ばれる事はない』という言葉を思い出し、どうしようもない程に切ない気持ちにさせられた。

 気付いてしまった恋心は、自分でも制御できない程に、加速度的に膨れ上がっていった。

 真っ直ぐで、真面目で、心優しいジーク様と、ずっとずっと一緒にいたいと思ってしまったのだ。



 *****



 楽しくも切ない毎日の中で、確実に私達の距離は縮まっていた。ジーク様の方は、最初から好意を明らかにしてくれていた訳だから、後は私次第なのは分かっていた。でも色んなしがらみが、私達の邪魔をする。たった一言「好き」と伝える事さえ、簡単には叶わないのだ。

 このまま、何も変わる事無く、時間ばかりが過ぎていってしまうのだと思っていた。


 魔王が攻めて来るその時までは。


 圧倒的なその力を前に、この国の最高戦力であるはずの勇者様達が、あっという間に魔王の前に倒れ伏してしまったのだ。

   

 もうダメだと思った。

 平穏で幸せな日常が終わってしまう。

 ジーク様に気持ちを伝える事さえできないままで。


 そんな事を考えている時、不意に聞こえたおぞましい声。

「気に入った。その女を貰うとするか」

 顔を上げれば、厭らしく嗤う魔王が、私を見ていた。

「――ひっ!」

 あまりの恐怖に身体が固まってしまう。そんな私を護るように前に立つジーク様に向けて、魔王が言った。

「これは驚いた。勇者以外にも少しは骨のある奴がいるようだ。見た所、その女の護衛のようだな。ふむ…… よし! 良い事を思い付いた。お前の手でその女を差し出せば、他の奴らは助けてやっても良い。もちろん勇者は殺すけどな。さぁ、どうする?」

 気付けば、ジーク様の手を強く握り締めていた。

 絶対に大丈夫。そう信じてはいても、やっぱり私は怖かったのだ。何よりも、ジーク様に見捨てられてしまう事が……。

「おい、あんた! アイリス様を差し出すんだ」

 私の不安を煽るように、民衆たちが騒ぎ出し、それを見た魔王が嗤う。

「実に醜いな。わが身可愛さに、簡単に人を売るのか」


「ジーク様……」

 私は縋るような気持で見つめた背中は、微かに震えていた。それは怒りなのか、哀しみなのか、恐怖なのか、それとも別の何かだったのだろうか。

「大丈夫ですよ」 

 優しい言葉と共に振り返ったジーク様に、強く抱きしめられた。続く言葉に感じていた恐怖が薄れていく。 

「ご安心ください。どんな状況に陥っても、私は、私だけはアイリス様の味方です」

 何よりも欲しかったその言葉。

 ジーク様は私の髪を優しく撫で、あの時と同じように涙を指で拭ってくれた。魔王を前にしても変わらないその態度を見て、こんな状況なのに嬉しくなってしまう。


 大丈夫!

 もう、怖くない。


「おい! 何やってるんだ! ふざけた事するんじゃねぇ!」

「私達を見捨てる気なの!?」

「勇者様でも無理だったんだから、無理に決まってるだろ!? 諦めてアイリス様を差し出すんだ!」


 追い込まれた民衆達が私を生贄に捧げようとしている醜い声も、今は助けを呼ぶ悲痛な声にしか聞こえない。

 私を凌辱すると言っていた魔王の言葉を聞いても、冷静でいられた。


 大丈夫。だってジーク様は私の味方だから。


 魔王の言葉に怒ったジーク様は、初めて見る険しい表情をしていた。こんな顔で怒るんだなって、呑気にも思ってしまった。

 張り詰めた空気の中でゆっくりと歩き出した魔王を前に、それを迎え撃とうとするジーク様。私は、そんなジーク様の後姿を見て、思ったのだ。

 この人を好きになって良かったと。

 だから私は何も気負う事なく叫んでいた。

「待ってください!」

 やっぱり嘘。

 本当はちょっとだけ怖かった。

 でもジーク様が全てを投げ出して私を護ってくれるように、私も全てを投げ出してジーク様を護りたいと、心から思ったのだ。

 

「アイリス様、何をするつもりですか?」

 ジーク様が悲しそうな目をしていた。

「申し訳ありません。ジーク様のお気持ちはとても嬉しいのです。でも…… 民を見捨てる訳にはいきません。私一人の犠牲で皆が助かるのなら、私は……」

「泣けるねぇ」

 私の言葉を聞いた魔王が、茶化すように嗤った。諦めの表情を浮かべていた民衆達の目に、僅かに希望が宿るのが分かった。

「いけません! アイリス様が犠牲になる必要などないのです」

 やっぱりジーク様は優しい。

「ありがとうございます。でも…… 良いのです」

「アイリス様……」

 悲しみを湛えたジーク様の瞳を見て、どうせ助からないのなら、せめて最後くらいは自分に素直になろうと思った。

「ジーク様。最後まで私の味方でいてくれてありがとうございました。婚約を破棄されたあの時も、魔王を前にした今も。全てをかけて私を護ろうとしてくれて、本当にありがとうございました。あなたに会えて私は幸せでした」

「そんな事言わないでください。俺に最後まであなたを護らせてください」

 素直に嬉しいと思ってしまう。

 決意が鈍ってしまいそうになる。

「ご自分の事を『俺』と言われるんですね。そっちの方がカッコ良くてお似合いですよ」

「今はそん……」

 もう限界だった。

 これ以上ジーク様の言葉を聞いていたら、私はそれに甘えてしまう。だからその言葉を遮るように、自分の気持ちをぶつけるように、ジーク様へと思いっきり抱き付いた。

「ごめんなさい。私は、民を見捨てる事ができません。私の身を捧げます。でも、その前に…… 最後くらい我がままを言わせてください。私は、ジーク様の事をお慕いしています。身分違いの恋だという事は分かっているつもりです。でも、今だけは…… 今だけは許してください」

 ジーク様の胸に埋めていた顔をゆっくりと上げる。見上げた先には、私の最愛の人。望む事は一つだけ。ジーク様ならきっと分かってくれるはずだ。

 私は恥ずかしさを誤魔化すように小さく笑って、目を閉じた。


 視界が閉ざされ、真っ暗になった世界。

 不意に肩が掴まれて、反射的に身体が震えてしまった。でもそれがジーク様の手だとすぐに気付いて、私は安心して続きを待った。目を閉じていても、ジーク様が近づいてくるのが分かった。ゆっくりと、ゆっくりと。

 そして、そっと触れた唇。

 温かくて、優しくて、涙が出る程嬉しかった。

 僅か数秒間の幸せな時間は、あっという間に過ぎ去って、離れていく唇に少しだけ寂しさを感じた。

 でも、やっぱり……。

「――嬉しい」

 ついつい漏れ出てしまった私の本音。

 聞かれてしまったら恥ずかしいけれど、きっと大丈夫。小さすぎてジーク様の耳には届いていないはずだから。


「最後の挨拶は終わったか?」

 そんな時、不意に聞こえた魔王の声が、私を一気に現実へと引き戻した。

「ジーク様…… ありがとうございました」

 最後の挨拶代わりにお礼を告げて、ジーク様から離れて魔王へと向かう。


 さようなら。

 私は、ジーク様に出会えて幸せでした。

 私は、私は……。


 震える足で、地面を踏みしめて魔王を睨みつけた。


 ――次の瞬間。


「アイリスたんは俺が護る!」


 突然現れたジーク様が、剣を抜いて叫んでいた。

 何が起きたのか理解出来なかった。

 気付いた時には、魔王の胸に剣が突き刺さり、その口からは大量の血を吐き出していた。魔王がジーク様を睨みつけながら口を開いた。

「本当に、聖剣ではない、のか。その上まさか、勇者でもない、ただの人間に、やられるとは、な……。だが、ただでは、済まさん。全員道連れに、して、やる」

 凄まじい程の魔力を感じて頭上を見上げれば、勇者様を倒した黒炎が出来上がっていた。

 ああ、終わりだ。

 そう思って視線をジーク様へと向けると、落ちている石を拾い上げて、それを黒炎に向けて投げたのだ。驚くべき程のスピードで飛んでいった石が、黒炎へと吸い込まれるように入っていくと同時に、大爆発を起こした。

 衝撃を予想して反射的に腕で顔を覆った。

 しかしいくら待っても何も起きない。恐る恐る腕をどけると、広範囲に広がった障壁魔法によって完全に防がれていた。

 どうして?

 一瞬だけ沸き起こった疑問は、すぐに氷解し、慌ててジーク様へと視線を向けた。

 なぜならジーク様から感じられる魔力が極端に小さくなっていたのだから。

 そんな私の視線に気付いたらしいジーク様が優しく微笑んだ。

「お怪我はありませんか?」

 自分の事を棚に上げて、私の心配ばかり。

「はい……」

「良かった」

 力強く抱きしめてくれたジーク様に身を委ねながら、私はまるで夢を見ているような気さえしていた。


 少しだけ落ち着きを取り戻し後で、私はジーク様に尋ねてみた。

「魔王はどうなったのですか?」

「倒しましたから、ご安心ください」

 なんでもない事のように言ってのけるジーク様の魔力は、やっぱり小さいまま。

「そうですか。ジーク様の魔力が小さいのはなぜですか?」

「やはりバレてしまいましたか。実は数年間貯め続けていた魔力を一気に解放した事で、魔力回路が傷付いてしまったのです。でも数日もすれば回復しますのでご安心ください。それに日常生活やアイリス様の護衛をする分には、全く問題ありませんよ」

「ジーク様……」

 やっぱり優しい。

 自分の身を犠牲にしてまで魔王を倒してくれたのだ。

 私だけじゃなくて、民までもしっかり守った上で。

 こんな人を好きになれて、本当に良かった。


 私は色んな気持ちを胸に押し込んで、再びジーク様へと強く抱き付いた。胸元から香る柔らかな匂いが私の心を落ち着かせてくれるような気がした。



 *****



 魔王を倒して英雄となったジーク様。

 彼はいつか私に言ったように、地位も名誉も富も求めなかった。

 欲しがったモノは、ただ一つだけ。


 私を、こんな私を求めてくれたのだ。


 嫌われて、婚約を破棄されたこの私を。

 何の力もない、こんな私を。

 初めての出会いさえ、覚えていないダメな私を。


 私は。

 私は……。



 *****



 多くの人に祝福されて結ばれた私達。

 でも私は知っている。

 私達の結婚パレードで、笑顔を浮かべていた人達の多くが、私を魔王に捧げようとしていた事を。人間と言う生き物の心は小さくて、酷く醜い。


 でも、そうでない人もいる。

 どんな絶望的な状況であっても、私を見捨てずにいてくれた、たった一人の愛しい人。


 だから私は。

 何があってもジーク様に一生ついて行こうと思った。

 どんな時でもジーク様を信じ続けようと心に決めた。

 誰がなんと言ったとしても、何が起きたとしても、私は、私だけは、ジーク様を愛し、信じ続けてみせる。

 ジーク様が、私にそうしてくれたように。



 *****



 少しだけ大きくなった私のお腹を愛おし気にジーク様が撫でる。

 なんて幸せなのだろう。

 幼い頃から夢見ていたモノが今ここにある。

 恋をして、大好きな人と結ばれる事ができた。

 そして、私のお腹に宿った小さな命を、最愛の人との愛の結晶を、大切に大切に育てていくのだ。

 真っ直ぐで、優しくて、大切な誰かを護れる強い心を持った人になれるように。


 私の最愛の人。

 ジーク様のような素晴らしい人になれるように。


 










絶対にバレてはいけない。


改めまして、読んで頂きありがとうございました。

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