表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜王都で虐げられた私が魔法商会を支配する〜  作者: レノスク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/35

第35章 数字

十日目の朝、街は静かだった。

 騒がしさが消えたわけではない。

 声はある。足音もある。

 だが、迷いの音が減っていた。

 人は、もう立ち止まらない。

 掲示を見る者も、少ない。

 なぜなら――

 立場を決めたからだ。

 市場の入口。

 魚を扱う露店主が、短く言う。

「俺は、南から入る」

 理由は語らない。

 周囲も、聞かない。

 ただ、別の者が言う。

「じゃあ、俺は西だ」

 互いに、干渉しない。

 それは、平和にも見えた。

 エリナは、その光景に違和感を覚えた。

「静かすぎる」

 アーロンが応じる。

「衝突は、減っています」

「違う。固定されたの」

 午前。

 巡回兵から、報告が上がる。

「案内を断られました」

「断られた?」

「『自分で決めてる』と」

 それは、拒絶ではない。

 自立でもない。

 選択肢が、消えている。

 エリナは、巡回兵を集めた。

「“あなたはどう思う?”と聞かれたら、答えなさい」

「判断を、ですか」

「意見を」

 彼女は、言葉を選ぶ。

「正解じゃなくていい。理由を話して」

 午後。

 倉庫街。

 荷運びの男が、巡回兵に聞く。

「安全だと思うか?」

 巡回兵は、少し考え、答える。

「昨日までの数字なら、問題は少ない」

「でも?」

「人が増えています。今は、別の道を勧めます」

 男は、頷いた。

「分かった」

 選択は、固定されなかった。

 一方、別の場所。

 露店主が、別の巡回兵に言う。

「危険だって言ってたよな?」

「はい」

「じゃあ、通るのは無責任だよな」

 言葉に、圧がある。

 巡回兵は、答えを選ぶ。

「危険性はあります。ただ――」

「だったら、止めろ」

 選択が、義務に変わる。

 ルーヴェル商会。

 ガルドは、報告を聞いていた。

「立場が、固まり始めています」

「いい」

 彼は、静かに言う。

「人は、一度選んだ立場を、否定できない」

「では、次は?」

「次は――コストを払わせる」

 夕方。

 一つの通達が、非公式に流れた。

 ・南側を使う商人に、割引がある

 ・西側は、遅延が出るらしい

 根拠は、薄い。

 だが、選んだ立場に利益と不利益が付く。

 人は、怒らない。

 ただ、言う。

「仕方ない」

 その言葉が、固定を強める。

 エリナは、その噂を把握した。

「来たわね」

「介入しますか」

「……正面からは、しない」

 彼女は、紙を取る。

「選択の“結果”を、可視化する」

 夜。

 掲示が、一枚増えた。

 ・南側利用者:遅延なし/事故率低

 ・西側利用者:遅延あり/事故率同等

 数字だけ。

 評価は、ない。

 人は、初めて立ち止まる。

「……思ってたのと違う」

 固定が、わずかに緩む。

 ガルドは、報告を聞き、舌打ちした。

「戻そうとしているな」

「数字で」

「なら――数字を、疑わせろ」

 夜更け。

 エリナは、日誌に書く。

 ――人は、選んだ立場を守る。

 ――だから、選び直せる余地を残さねばならない。

 ――敵は、その余地を潰しに来る。

 十日目は、終わった。

 街は、まだ割れていない。

 だが、立場は、根を張り始めている。

 十一日目。

 敵は、数字そのものを揺らす。

十一日目の朝、掲示板の前に人だかりができていた。

 珍しいことではない。

 だが今日は、読むためではない。

 指差し、首を振り、囁く。

 数字は、昨日と同じ。

 配置も、文言も変わらない。

 それなのに。

「……これ、本当か?」

 誰かが言った。

 疑念は、静かに広がる。

 ・集計の仕方が恣意的だ

 ・事故の定義がおかしい

 ・数字を良く見せている

 具体的な指摘は、少ない。

 だが、“疑っていい理由”だけは十分だった。

 エリナは、報告を受け、深く息を吐いた。

「来たわね」

 アーロンが言う。

「数字への攻撃です」

「ええ。ここからは、言葉じゃ止まらない」

 午前。

 市場で、口論が起きる。

「南は安全って数字だろ!」

「その数字が嘘だって話だ!」

「誰が言った!」

「……皆、言ってる」

 “皆”という言葉は、強い。

 誰も、責任を持たないから。

 巡回兵の一人が、困惑していた。

「数字を示しても、信じてもらえません」

「説明は?」

「“どうせ操作してる”と」

 数字が、権威を失っている。

 ルーヴェル商会。

 ガルドは、静かに報告を聞いていた。

「疑念は、十分に回っています」

「根拠は?」

「ありません」

 ガルドは、頷いた。

「それでいい」

 疑念は、証明を必要としない。

「次は?」

 部下が問う。

「代替の数字を出せ」

「公式とは違う形で」

 正午。

 別の表が、出回り始めた。

 紙質は、粗い。

 印刷も、揃っていない。

 だが、内容は具体的だ。

 ・体感危険度

 ・不安を感じた回数

 ・知人の被害談

 数値化されている。

 測れないものを、測ったふりをしている。

 人は、そちらを見る。

 理由は単純だ。

 感情に近いから。

 エリナは、その表を手に取った。

「巧妙ね」

「嘘ではありません」

「ええ。だから厄介」

 体感は、否定できない。

 評議会。

「公式数字が信じられていない」

「対抗して、反論するか?」

「……逆効果だ」

 エリナは、静かに言った。

「数字を、降ります」

 場が、凍る。

「降りる?」

「“判断の唯一の根拠”から外す」

 午後。

 掲示が、変わった。

 事故件数は、残る。

 だが、強調はされない。

 代わりに。

 ・現場の状況

 ・時間帯

 ・人の密度

 数値化しない情報が、増える。

 人は、戸惑う。

「分かりにくい」

「前の方が、はっきりしてた」

 不満は、出る。

 だが、疑念は向かない。

 数字が、争点ではなくなったから。

 ガルドは、報告を聞き、眉を寄せた。

「逃げたな」

「はい。数字の土俵から」

「……だが」

 彼は、考える。

 数字を疑わせる計画は、半分成功。

 だが、決定打にならない。

 夕方。

 一人の商人が、巡回兵に言った。

「結局、どうすればいい」

 巡回兵は、答えた。

「今の状況を見て、決めてください」

「それだけ?」

「それだけです」

 商人は、少し考え、頷いた。

 夜。

 エリナは、日誌に書く。

 ――数字は、信頼の道具。

 ――信頼が壊れたら、道具を下ろす。

 ――敵は、次に“判断そのもの”を奪いに来る。

 十一日目は、終わった。

 街は、完全には戻らない。

 だが、崩壊もしない。

 十二日目。

 敵は、決断を迫る事件を起こす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ