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f.w.06(忘れの花火)


   *


 今にも陽が沈もうとする海と空の間を、潮騒のさざめきが海風に運ばれてきた。薄い雲が流れ、白波が寄せて返していた。


「あの日、キミと別れた後、──」


 サリは独り言のように続けた。


「ボクはね、一人で戻ったんだ」サリは小さな溜め息を吐き、「ボクは、施設を燃やそうとした。でも出来なかった」彼女は涙を堪えて続けた。「あんなものあってはいけない。でも、ボクも同じ過ちを犯すところだった」今やサリは泣いていた。「ボクも同じになってしまった」


「違うよ、サリ。キミはしなかった、違う?」


 サリは頭を振って、否定した。「同じことだよ」ぐいと、頬を伝う涙を拭って、「さよなら、本。……」と呟いた。「さようなら、文化」


 トムはそっとサリの肩を抱いた。彼女は彼の胸に顔を埋め、声を立てずに泣いて泣いて、そして彼のジャケットで洟を拭いた。


   *


 ──ねぇ、トム。ボクは、自分が頭脳の残して、〝転換の処置〟を受け入れなければならなかった。その時、もし、頭の中身もそっくり入れ替えられたらボクはニンゲンでなくなる。ニンゲンだったものの何か。ニンゲンのような何か。キミと同じになれたかもしれない。それだったらボクは自分を〝新時代の人類〟として受け入れられたかもしれないんだ。──


   *


「大丈夫だよ。サリ」トムは云った。「サリは、サリのままだよ」


「そうかい……」ふ、とサリは微笑んだ。それからサリはトムの頭に手を添えて、二人は無言で見つめあってやがて、サリが少し屈んでトムにキスをした。


 驚くトムにサリは、「機械油の味がする」


 彼女の言葉の中に、トムは何も感じ取れぬまま、ただ、背を向けて丸まった彼女から取り残されたように感じた。汐のにおいを風が運んだ。細い月が夜空の低いところで引っかかっている。


 出し抜けにサリが吹き出した。彼女が笑ったので、彼も冗談に気が付き、一緒になって笑った。二人の笑い声が陽の落ちた夜の波間に響いた。


 ひとしきり笑うとサリは、「トム、キミはキミの奇跡を考えたかな?」

 サリは、(やっぱり)トムの答えを待たずに続けた。「奇跡ってのはね、向こうからやってきた時、ちょっと相手してやるくらいでちょうどなのさ──ほら、花火が始まるよ」


 言葉通り、ひうっと、細く甲高い音を伴い、花火が上がって夜空に咲いた。光と音と、火薬の匂いが潮騒に乗って浜辺に届く。どおん、どおん、と花火が鳴って、ぱら、ぱら、と散っていく。「サリ?」


「ん」とサリは(小さく)頷いた。「ありがとう」


 うん。トムは微笑む。こちらこそ、ありがとう、サリ。大好きだよ、サリ。


   *


 かつて本は信仰だった。信仰は希望だった。

 ヒトが信仰から離れ行く中で世界にゆらぎが生まれた。言葉は世界の秩序だったから。

 文化文明の飛躍した新しい世界の秩序のためにヒトは信仰とは別の倫理や道徳を求めた。でも、この惑星にはもう誰も期待してなかった。

 残ったのは、かってヒトだった者だけ。苗を積んでヒトは新天地へ向かった。もう、この惑星では今までのように暮らせなくなったから。

 かつて本は言葉だった。言葉は祈りだった。

 今はもう、誰も応えない。


   *


 旧世紀の終わりで外出を控えていた多くの者が新世紀の幕開けを祝いに集まっていた。老いも若きも、男も女も、大人も子供も──ニンゲンもメカも。


 どこから集まったのか、防護のマスクもコートも身に着けない((プレーン)な)人々が集まってくる。それはいつか見た光景そのままで、誰もが思い偲ぶ(旧世紀)時代だった。皆、ふるい身体を旧世紀の最後に、肌も口も目も耳も覆うことなく、自由な姿で、思い思いの(色取り取り)格好で浜辺に集まっていた。


 立て続けに大きな玉が打ち上げられ、色取り取りに咲く大輪の花・花・花。鮮やかに空と海に煌めきが弾けて散った。耳を聾する音と、鼻を刺すにおい。汐と炎の混じったにおい。全身で花火を感じ残り香が夜風に乗って届く。


 どさっと、砂袋が落ちたような音がした。花火は次々と上がっては破裂し、空気を震わせ、どさり、どさりと、浜辺ではひとが倒れていく。


 最後の花が咲いて散って、地球でいちばん長い日が始まって終わった。大輪の煌めきと、遅れて届く爆発音。全身を震わすように海から(おか)へと流れていく。今や砂浜に立っているのはサリとトムだけだった。


「忘れの花火、か」サリの顔は闇に溶けて見えなかった。


 耳の奥で、未だ炎の花が咲いて散っていた。潮騒を遠くに、残響が消えるその前に、──


「トミー?」


 呼ばれて彼は彼女(サリ)を見た。はからずも見つめ合う形になって(旧世紀)彼女の瞳の中に(旧世紀)見つけた感情の色、それは(旧世紀)変わっていなければ()いのに、と、(トム)は願った(新世紀)


 了

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