異常あり ※スヴェン視点
『かなメロ』において、ライバル役を担う彼女たちの運命は物悲しい。
ハリクルートでのピエリス・アシュレイ。
嫉妬に駆られた彼女は聖女を毒殺しようとしたが、結果的に愛する王子がそれを飲んでしまい殺しかけてしまう。殺人未遂を犯した彼女の末路はハリクのセリフでしか語られていないが、王族を殺しかけた者がどうなるかなど言うまでもない。
リヒトルートでのキャメル・イレイザ。
代々この国の司法の中枢を担ってきたお家であることを利用して、ヒロインにいわれなき罪を着せようとする。が、逆に不正を暴かれることになり、自暴自棄に陥ったキャメルは自らの手でヒロインを亡き者にしようとするが、結果それもリヒトに阻まれ失敗に終わり、顔に大きな火傷を負った挙句、大罪人としてやはり裁かれることとなる。
レイラークルートでのジェシー・ヘルベロウ。
彼女は他のライバル役の女性たちの末路よりかはマシと言える。例に漏れず、彼女もヒロインを最終的には殺害しようと企てるのだが失敗。レイラークの意向により表沙汰にはならず、彼女はヒロインと和解した後、自ら修道院へ入ることを望むのだ。
隠しキャラ、ナージャルートでのモニカ第一王女。
魔術院へ留学するためにメルディア聖王国へやって来たナージャの人柄や王子としての考え方に、彼女は強く心惹かれ想いを寄せることになるのだが、パルディキア第一王子との婚約が決まってしまう。そんな最中、ヒロインとナージャが心を通じ合わせていると知り、自由にならない我が身を呪い、そして”聖女にならなかった”ことでナージャと結ばれることができるヒロインを強く憎悪し、凶行に及ぶ。
当然これも失敗に終わり、彼女は廃嫡。その後の彼女の人生については触れられていないが、パルディキアとの国交に関しては、エンディングにて、第一王子の失脚により王太子となったナージャとヒロインが結ばれたことによって、より強固な信頼関係が築かれることになったと語られている。
そして、シアルートの魔女ーーベルリン・ムンドゥア。
彼女の最期は、他のライバル役の女性たちとは違って、ストーリー上にしっかりと描かれていたから、最も印象強く覚えている。
ベルリンはパルディキアで生まれた生粋のパルディキア人である。
彼女の父は行商人だった。母は物心つく前に亡くなっており、他に兄弟もいない。唯一の肉親である父と共に、彼女もキャラバン隊について各地を点々とする生活を送っていた。
そんな中、ここメルディア聖王国に滞在中、彼女の父は突然の心臓病で亡くなってしまう。ベルリンがまだ五歳のときだった。
たったひとりの家族を失ったベルリン。
キャラバン隊に残る選択肢はなかったのか、そこまで詳しく作中では語られていなかったからわからないが、結果としてベルリンは一組の夫婦に引き取られることになる。ーーシアの両親だった。
母親がパルディキア人。父親がメルディア人。
ふたりともキャラバン隊のメンバーだったが、シアを身籠ったことによって、今回の移動を最後に、キャラバン隊を抜け、メルディア聖王国に身を寄せることにしていたのだ。
そんな折にベルリンは父親を失いーー彼女は彼ら夫婦にとても懐いていたらしい。また、夫婦もベルリンを可愛がっていたこともあって彼女を引き取ることを決めたのだという。
そうして、やがてシアが生まれ、養子として引き取られたベルリンとふたり、姉弟同然に育つのだが……ベルリンはシアのことを好きになってしまった。
だが、血は繋がっていないとはいえシアは弟である。
シアから自分へと向けられる愛情が、家族愛以外にただのひとつもないことも強く理解していた。
だからベルリンは、その想いを胸に封じ込めることにした。シアが他の誰を好きになろうとも、それを笑顔で祝福しよう、心に決めていたのだ。
「二階に上がって」
シアに連れられてやってきたツヴァイ・セス書店の扉には「クローズ」の看板が引っ掛けられていた。
店内に入ると、奥の階段からひょこりと褐色肌の女性が顔を出して、二階に上がるよう言い、またすぐに姿を消す。
無言で二階へと続く階段を上るシアに倣って、やや狭い階段に足をかけた。古い造りなのか、ギシギシと木の軋む音がする。
急勾配の階段を上りきると、そこには、まるで屋根裏部屋のような空間が広がっていた。
身長が百八十五センチもあるシアでも、部屋の中心部であれば、背を伸ばして立っていられるが、三角屋根のために、部屋の端の方は天井に頭がぶつかりそうである。
「ちょっと埃っぽいけど我慢してね」
ひとつ窓があったが、しっかりと閉め切られていて、部屋の中は彼女の言う通り埃っぽく、また、じとりとした熱気が満ちていた。
部屋の中心部に、小さな机とイスが置いてある。
机とイスを囲うように、木の床には大きな魔法陣が描かれてあって、そのために普段は真ん中に置かれているのであろう、他の大きな机などが端に寄せられていた。ビーカーや試験管などが無造作に転がっている。部屋のあちこちには床も机も関係なく本が大量に積まれていて、中には雪崩れるように倒れて散乱しているものもあった。整然としていたシアの研究準備室とは雲泥の差である。
「ええと、とりあえず座ってもらえるかしら」
部屋の中心に置かれた机の上に、何やら準備していたらしい彼女がこちらを振り返って言った。言われた通りに彼女の方へ行き、反対側に置かれているイスに腰かける。正面のイスに彼女が座った。
「初めまして、私はベルリン。あなたがスヴェンくんね?」
「はい、スヴェン・モロンといいます」
「シアから事情は聞いているわ。ーー最近、無自覚に自身の意思に反することを行ってしまっている……ということで間違いはない?」
「……はい」
おれは深く頷いた。
「で、何か良からぬ魔法がかけられているのではないかと、シアに調べてもらった……その指輪は護身魔法具ね。いつも身につけてる?」
「はい。入浴時以外は。就寝中も外していません」
「なるほどね」
ベルリンは腕を組み、しばし思案する素振りを見せた。
「そういえば、三時間くらいはかかってしまうけれど、時間は平気かしら」
「え、三時間?」
「あら、シアから聞いてない?」
「……何も」
シアには本当にとりあえずついてくるよう言われただけなので、これから具体的に何を行うのかわかっていない。ベルリンはかなり優秀な魔法使いなので(ゲーム中では「自分よりも才能ある魔法使いだ」とシアも言っている)、魔法がかけられているかどうかの検査を、彼女にも重ねてしてもらうのだろうか程度には考えていたが……三時間とは、かなり大がかりなものでありそうだ。
ベルリンは机の傍らに立つシアをじとりと一瞥した。
「言葉が足りないのは魔術院でも変わらないのね……不安になるわ」
「いえ……良い先生です」
「良い生徒に恵まれて良かったわね」
シアはいつも通りの不機嫌そうな表情を変えることなく、ベルリンを見て、今度はおれの方へ視線をよこした。
「……説明をしていなくてすまなかったな」
「ああ、いえ……」
「彼女はエルメス魔道魔術機構にいたこともあって、優秀な魔法使いだ。昨日の結果が私の力不足だったことを考慮して、彼女に見てもらうのが良いかと考えている」
「わざわざ、すみません。時間の方は大丈夫です」
生真面目なシアである。たかが一生徒のためにここまでしてくれるのだから、その人の好さと誠実さは、ゲームと現実とで変わらない。前世で『かなメロ』をプレイしていたときも、シアには大分好感を持てたものだった。だが、シアルートは唯一ライバル役が死ぬ描写がはっきりしているルートでもあったので、微妙に後味が悪く、どうしても好きになれなかった。
「急にごめんなさいね」
「いえいえ、とんでもないです」
ふわりと微笑むベルリン。
『かなメロ』のライバル役の女性たちは、みな各攻略対象キャラクターの身分や地位、権力に固執していたわけではなかった。物悲しい運命だと思うのは、彼女たちが心の底から彼らを愛していたからである。
「じゃあ、腕を出して目を閉じて」
おれは無言で右腕を机の上へ置き、目を閉じた。
机の方にも床と同じく魔法陣が描かれていた。
「少しチクッとするけど我慢してね」
腕に何か鋭利なものがあたる。恐らく血が必要なのだろう。
「これは、何か魔法がかけられているかーーという以外にも、魔法契約や印の有無、魔力付与についてなんかも色々と調べられるわ。……その分時間はかかっちゃうけどね」
「なるほど……」
魔法契約というのは、この世界での雇用契約に等しい。
前世では署名して捺印するだけのものだったが、この世界ではそこに魔法による”実際の”効力が発生するのだ。
魔力付与はその名の通り、他者によって魔力が付与されることを言い、これは双方の合意があれば特別法に触れるようなものではない。当然、合意なしに相手のキャパシティーをオーバーするような魔力を押し付ける……もしくは、相手の魔力を奪うーーなどという行為は犯罪扱いだ。
おれは静かに息を吐いた。
「ずっと目を瞑っていればいいんですか?」
「ええ、寝てても平気よーーそれじゃあ、始めるわ」
*
とにかく暑かった。
この世界の夏は、日本とは違って湿気が少なく比較的過ごしやすいが、この屋根裏部屋のような部屋は、あまり換気もされていないのかジメジメしていて空気が重くこもっていた。温度調整器も置かれていないため、暑い。汗がこめかみを伝う。
おれは目を瞑ったまま、ベルリンが呪文を小さく詠唱しているのを聞いていた。
ーー何時間が、経っただろうか。
三時間ほどはかかると言っていたが、まさかベルリンはその間ずっと詠唱し続けるのか。この暑い部屋でそれを行うのは、並みの精神と集中力ーーそして魔力がないと難しそうである。
これで何かがわかれば良いのだが……。
これでも魔術院に入学する前から、魔法に関する勉強は行ってきた方なのである。それでも自分のこの状況について、何か魔法がかけられているのではないかという憶測以外に、皆目見当がつかなかった。あるとすれば、やはりシアではわからなかったほどの魔法……とかだろうか? あまりしっくりこないのだがーー……
……。
暑い。いや、熱い。
そろそろ三時間は経つ頃だろうか? いや。わからない。
ぼうっと熱に浮かされる。思わず眉を寄せた。詠唱が始まってから頭が痛む。最初は軽かったそれは、今では強く激しいものとなっていた。大量に滲み出た汗がぽたりぽたりと床に垂れていく。ーー気持ち悪い。小さな異変は瞬く間に全身へと広がっていく。心臓がドクドクと大きく波打っていた。手が震える。堪え切れず、は、は、と、荒い息を吐いた。
詠唱は続いている。
おれは右腕を机の上に置いたまま、左手で頭を押さえた。熱い。苦しい。傍らに立つシアが動こうとする気配があったが、それに意識を向ける余裕がない。圧迫感。意識が朦朧として、歯を食いしばった。
「っ、そんな……!」
不意に、ベルリンの詠唱が途切れる。代わりに発された呟きが、やけに遠く聞こえた。
「これは……」
シアの低い声。
なんだ。何かわかったのか。目を開けていいのか尋ねたかったが、息が荒く、言葉にすることができない。体がぐらりと傾きかけるーーと、誰かが肩を支えてくれた。
「目を……目を開けて、大丈夫よ」
ーー長かった。
ようやく終わりを告げられたが、その声が微かに震えていたことに、何かーー嫌な予感が胸の中に渦巻く。
空気がふっと軽くなったような気がして、瞼をゆっくりと持ち上げた。薄暗い部屋であったが、視野がぼうっとして霞んでいる。頭の痛みは消えていた。依然として心臓の鼓動は早い。頭を押さえていた左手で額の汗を拭った。
「……なにが…………?」
両肩を後ろから押さえてくれているのはシアであるらしかった。だが、そのシアも、目の前に座るベルリンも沈黙している。ようやく目が慣れてきて、ベルリンの顔がやけに青白いことに気が付いた。
後ろのシアを見上げれば、彼の赤い双眸は大きく見開かれている。
「な、にか……わかったんですか」
掠れた声。喉がいやに渇いていた。
「信じられないわ」
「……え?」
ベルリンはおれを見ることなく言った。
ドクリ、ドクリと、心臓が鳴る。
彼女の視線の先ーー右腕が置いてある机の上を見た。
絶句する。
赤黒い血。右腕に覆いまとわりつき、這うようにして蠢いていた。




