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仲違い? と、嫌がらせ?

※2021年10月4日 冒頭部に「脳死で」という表現を用いていましたが、こちらを修正いたしました。俗語・ネットスラングに関しては今後も使用する可能性はございますが、このワードに関しては、ご指摘いただき自分の中で考えた結果、小説としてはあまりに不適切と判断したため修正させていただきました。

 朝食を食べた後、自室に戻り、私は伝達帳に「読んだ。わざわざありがとう」と、書いた。すぐに「なんかわからないことは?」と返事があったので、ううんと唸って「特には」と書く。


 私は、昔からよく「詰めが甘い」と言われるたちだった。


 大事なところで深く考えるのをやめてしまうのだ。

 ハリクルートもリヒトルートもプレイしたことがあるのだから、自分も知っている内容と変わりないのだろうし、その他のルートに関しても、最早今生では関係なさそうだと、それ以上突っ込んで考えたり、スヴェンに尋ねたりすることをしなかった。

 浅慮である。だから私は抱いた違和感の正体に、あるときまで気づけないままでいたのだ。



 事件が起きたのは、スヴェンが夜のうちに各ルートの内容を伝達帳にまとめてくれたものを読んだ日の、二日後ーー山唄の月、第二週、一日のことである。


 休日明けでどこか気だるい光の日の朝。

 魔術院にオベリスクで登校し、銀音ぎんおん塔へ向かう。


 大した距離ではないのだが、各学級塔にもオベリスクがあればいいのにとか思いながら渡り廊下へと差し掛かる。

 するとちょうど、前方に見慣れたピンクゴールドの髪をおさげにした後ろ姿が目に入った。

 もうずいぶんと親しい仲になったし、周囲も魔力測定用水晶粉々事件というレジェンドを作ったアリアを、一目置いているようなところがあったので、上位貴族と下位貴族が親し気にしていても胡乱な目つきで見られるようなことも少なくなったーー気兼ねなく話しかけようと、やや足早に追いつこうとして、彼女がひとりであることに気が付いた。


「アリア様、ごきげんよう」

「あ、ピエリス様、ごきげんようーー休み明けは眠いですね」


 背後から彼女に追いつくと、彼女は何故だか照れ隠しのように笑った。貴族令嬢にあるまじき、あくびでもしていたのかな?

 私も苦笑しながら「そうね」と言って、続けざまに気になったことを口にした。


「スヴェン様は、本日はお休みなの?」


 そう、スヴェン。

 アリアの影の如く、いつも隣にいるシスコン兄である。それが今日に限っては姿が見えない。そのため不思議に思って尋ねたのだがーーアリアは眉を八の字に下げて「それが、先に登校したと……」「え?」思わず聞き返す。


「朝、いつもエントランスホールで、おにーースヴェンが待っててくれるんですけど、今日はいなくて……私の方が支度が早く済むことなんてほとんどないので、珍しいなって思ってたんです。そしたら、使用人さんが『スヴェン様はもう登校されましたよ』って」

「何か用事があったのかもしれないですね」

「はい……たぶん、そうだと思います」


 アリアは深く頷きながらも、どこかその表情は心配げである。

 この様子では、アリアを置いて先に行くーーという状況は彼らにとってかなり珍しいことなのかもしれない。


 何があったんだろうか。私も不思議に思って銀音ぎんおん塔へ入ると、談話室に複数人の銀音ぎんおん令息たちと楽し気に談笑するスヴェンの姿があった。

 彼らの話し声は特別大きいわけでもないのだが、朝の静かな談話室で複数人で談笑していれば、意図せずとも会話の内容が聞こえてきてしまうものである。


「ネイビーストリートにある『ウミウシ亭』は行ったことあるか?」

「ウミウシ亭? ないな」

「そこのクラゲバーガーはおすすめ」

「そうかぁ? だいぶ人を選ぶと思うけど」


 上位貴族が輪にいないからか会話に固さがなく、まるで前世の男子高校生たちを彷彿とさせた。

 ……しかし、女子も男子も話す内容はほぼほぼ一緒である。食べ物のことくらいしか話のタネはないのだろうか、我々は。


 彼らが笑いながら話している様子を、アリアはしばらく静かな目でじっと見つめたかと思うと、不意にこちらを振り返って、へにゃりと困ったように笑った。


「よろしければ、授業が始まるまでご一緒させていただけませんか?」

「ええ、もちろん」


 あの輪の中に割り込んでスヴェンに声をかけるのも気まずいだろう。私が快諾すると、そこにローラがやって来た。私たちはいつものように挨拶をして、近くにあったソファ席に腰かける。


「スヴェン様がおひとりでしたので、本日はアリア様お休みなのかと心配しておりました」

「心配してくださって、ありがとうございます。……なんか今日は兄に置いて行かれちゃいました」

「まあ! 珍しいこともあるんですね」


 こちらは一応のひそひそ声である。

 しかしまあこれはいったい、どういうことなんだろうか?


 少しして予鈴が鳴って、一限目の授業は魔法理論なので、三階にある実習室へと移動する。

 スヴェンは移動する際も、他の男子生徒たちと一緒だった。今まで、関わりを全然持っていなかったように思えるのに、すっかり打ち解けている様子である。


 三階の実習室は、教室の造りとしては魔法史の授業などが行われる講義室と同じである。ゆったりとした三人掛けの長机が並んでいる。


「……アリア様、よろしければこちらにどうぞ」


 魔術院に入学して以来、いつもアリアの隣に座って授業を受けていたスヴェンは、実習室に着くなりさっさと他の男子生徒たちとともに、前方の席へと座ってしまった。


 それを見て所在なげにしているアリアの姿が何だか見てられず、私は思わず声をかけた。こう……どうにも庇護欲をそそられてしまっているのは、彼女がヒロインであるからなのか、それとも中の人の天性によるものなのか。


 アリアは、一番後ろの長机の席に座る私とローラの間にすっぽりと収まった。スヴェンがアリアをまるで無視したような態度でいたから、ずっとしょんぼりした顔のアリアだったが、初めてこの世界でできた女友だちと、隣の席に座って授業が受けれるのが嬉しい! といった調子に頬を綻ばせてくるので、こちらがむず痒く感じてくるものである。


「みなさま、ごきげんよう」


 授業の開始を告げる鐘の音が鳴って、勢いよく開かれる実習室の扉。

 耳障りの良いハスキーボイス。高いハイヒールの踵を鳴らし、ばっさあ! と紫色のローブを翻して自習室へと入って来たその人は、水色のわざとらしいボブカットヘアーが特徴の、優に百八十センチは越えているであろう長身の女性? の魔法理論の担当教員である。

 名前はディタアウレド・パターロド。

 みなはディタ先生と呼んでいるが、私は心の中でオネエ先生と呼んでいる。そう、この人は性別は男性だが心は乙女な先生なのだ。


 見た目のインパクトが強い先生だが、私は密かにこの先生に、少しの懐かしさと親しみを覚えている。

 日本に生きていたかつて、音楽大学生時代に私がピアノで師事していた先生もまたオネエであったのである。彼女は出会った当初に「あたしのことはオネエ先生って呼んでちょうだいね」と、ウインクをしつつ言ったものだった。まるで漫画の世界の住人のようだと面食らいつつ、オネエ先生と呼び、なんだかんだで慕っていた。


「今日は、前回予告した通りーー魔法による物体の破壊と再生を行うわよ」


 オネエ先生は右へ歩き、ローブをばっさあ! と翻して今度は左に歩く。


「この単純魔法は、基本的に今後、みなさんがそのまま使うことはないものでしょうーーで、す、が」


 行ったり来たりしていた足を、カカンッと踵を鳴らして不意に止める。今度はビシィ! と聞こえてきそうな勢いで、一番後方の席に座っている私たちに指を向ける。いちいち効果音がうるさい先生だ。眠くならなくてとても良い。


「アリア・モロン? 今日ーーあたしはこの単純魔法を、みなさんに八十分まるまる行ってもらう予定です。それは、な、ぜ、か? わかりますか、アリア・モロン?」


 本当に濃ゆいなこの人……。


 指を差されたのは私の隣に座るアリアだった。

 アリアは突然名指しなれたことに驚いた様子であったが、すぐに落ち着いた声で問いに答える。


「様々な魔法の基礎となり、構成を理解するのに最も大事であるからです」

「素晴らしい! その通りよ、アリア・モロン!」


 オネエ先生は大げさに拍手をした。生徒たちもつられてパラパラと拍手をする。


「そう。破壊と再生を行う単純魔法は、これからみなさんが学ぶことになる、あらゆる魔法……例えば空間魔法、保存魔法、それから識別魔法……ほとんどの魔法の礎となるものです!」


 ーーと、私たち生徒の目の前に、手のひら大ほどの正四面体の石が突如として現れた。


「今日は、これをひたすら分解し、再生します。ーーみなさん、呪文はお忘れでなくてね?」





「崩れよ、ノイクディスド」


 生徒たちのそれぞれ呪文を唱える声が、部屋中にごちゃごちゃになって溢れかえっている。


「繋がれ、ノイクドロペア」


 私は机の上の石を、砕いては戻し、砕いては戻しーーという作業を何回もひたすらに行う。

 かつて映画に見たとある魔法授業の風景はもっと楽しそうだったなあ……と、この地味な作業にガッカリせずにはいられないが、まあ現実とはこんなものだ。何事も基礎と反復が大事。小学校、中学校で教わったことである。


「朽ちろ、ノイクディスド」


 しかし、さすがにこの単純魔法は難しいものではない。

 破壊のパターンを変えつつ、また石を砕いて……何度も繰り返していると、意識もやや上の空となるものである。


 スヴェンは何を考えてるんだ……?


 もちろん、今朝から今に至るまでのアリアへの態度のことである。

 シスコンと言っても過言ではない彼が、急に変な態度でいるので、その意図を問い質したくなりもする。だが、今は実習であるから、ノートの類は開かずに、教科書と重ねて机の端にある。ここで伝達帳をおもむろに開きでもすれば目立つこと間違いない上に、隣はアリアで日本語がわかってしまうのだから、当然そんなことができるわけもなかった。


「合わされ、ノイクドロペア」


 眉をわずかに潜める。

 石の結合が甘かったようだ。だが、見た目は問題ないので、再び呪文を唱えて粉々にする。



 微妙にもやつくなあ……。


 春には飽きるほどあった座学も、今ではほとんどない。今日のこの後の授業は魔法薬研究に、攻撃魔法基礎である。特に三限目はグラウンドなのだから、伝達帳を開けるはずもなく、かと言って直接声をかけることもできない。


 夜まで我慢するしかないか。


「砕けよ、ノイクディスド」


 何百回目かに石を砕いたとき、授業の終わりを告げるベルが鳴った。私は無言で石を元の形に戻す。その瞬間、私たちに配られていた石は消えた。


「はい、そこまで! みなさん、よく頑張りましたわね。それでは、本日の授業は終わりとしましょう。みなさん、よく休むように」


 そう言ってオネエ先生は、来たときと同じく、ローブを翻して颯爽と実習室を後にした。

 途端、ぐったりと長机に上体を倒す銀音ぎんおんのクラスメイトたち。はあはあと肩で息をしている。魔力を消耗しすぎたためだろう。初歩の初歩と言われる単純魔法でも、魔法を習いたての子どもが、八十分ずっと休みなくやらされていればこうなるのも無理はない。


 しかし隣を見てみれば、疲労の「ひ」の字も見えないけろっとしたアリア。さすが魔力測定用水晶粉々レジェンド。私より何列か前の席に座るプリンス・トリオたちも平然としている。ローラは普通に疲れて見えた。



 さて、二十分間の休憩を挟んだ後は、魔法薬研究である。

 各学級塔には様々な科目別専用教室があり、授業は基本的に学級塔内で行われるのだが、魔法薬研究だけは本棟の研究室での授業となっている。そのため、二限目が始まる前に本棟へ移動する必要があるのだがーー


 スヴェンは、やはり一度もこちらをーーアリアを振り返ることなく、クラスメイトとともに実習室を出て行った。


「…………」


 無言のアリア。

 兄妹の間に何かあったのだろうかと考えたローラが、少し視線をさ迷わせてから口を開く。


「申し訳ございません。魔力を使いすぎてしまって……少し休んでからでもよろしいでしょうか」

「ええ、ゆっくりしていきましょう」


 疲れているのも本当だと思うので、十分ほど時間をおいて実習室を出ることにした。

 他のクラスメイトたちはすでに研究室へ向かったようで、実習室から談話室へ降りても、辺りに一回生の生徒たち姿はない。


 銀音ぎんおん塔を出て渡り廊下を通り、大広間を抜けた先に中庭と、それをロの字型に囲う回廊がある。ここを右手に進んで、先の階段を下に進んだところが研究室だ。


 授業開始五分前を告げる予鈴が鳴った。

 私たちはやや足早に、回廊を進む。ーーと、そのときだった。



 ーーザパァン!


 突然水しぶきが左腕にかかって「え?」と、そちらに顔を向ける。

 私たちは立ち止まった。というよりは、思わず固まった。


「え?」


 ()()()()()アリアが気の抜けた声を上げる。


 私とローラは、目を丸くして凝視した。

 左腕にかかった水しぶきは、アリアに突如として降り注いだ大量の水が跳ねたものだったのだろう。それにしては跳ね方が控えめでーーというか急に水が降り注ぐなど普通にあり得ない。


 そして今目の前にある状況は、何かに酷似していると思った。

 頭からつま先まで、全身水浸しのアリア。


 スチルなどがあったわけではない。だが、確かにゲーム作中にあったはずだ。ヒロインである彼女が、中庭を囲う回廊で、頭上から魔法で何者かに水をかけられるシーンが。いや、何者っていうか、ゲーム内ではピエリス・アシュレイかキャメル・イレイザのどちらかでしかないのだけれど。


「だ、だいじょうぶ……?」


 私は驚愕で目を見開いたまま、何とか声を絞りだす。


「びっ……くりしました」


 呆然とした様子のアリア。

 とりあえず今が夏でまだ良かったと、少しズレたことを考えながら、私は習いたての魔法で濡れたアリアの体を全身乾かした。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >脳死で「特には」と書く。 こういう意味不明な表現は止めたほうが良いでしょう。 どこからの匿名掲示板で通じるスラングとかですか? そういえば、2話くらい前に、スヴェンが「にわか」記述…
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