ガールズトーク
最近お茶を飲んでばかりな気がするが、今日も例に漏れずやはりお茶会である。
舞風の月、第三週、七日ーー音の日。
昨日ハーベストの町でもらったハーベンアプリコットジャムを手土産に、オベリスクでやって来たのはイレイザ家である。
今まで深い親交がなかったために、初のイレイザ家訪問となるアリアとローラは、今日はあらかじめイレイザ家のオベリスク空間登録票をもらってやって来ている。オベリスクとオベリスクを繋ぐには、この空間登録票なるものが必要となるのだ。
「ピエリス~、遅いわよ!」
「あらあらあら、みなさまお揃いで……ごきげんよう」
指定された時間ぴったりにイレイザ家へ向かうと、中庭にはすでにアリアとローラがお茶会の席に着いていた。
彼女たち三人の共通の友人というポジションは私だけなので、互いに距離感をじりじりと測りあっているような微妙な空気が形成されたいた。遅刻したわけでもないのに文句を言われるのは、若干の居た堪れなさがあったからだろう。私発端であるので、それを少し申し訳なく思う。ちょっと早く来れば良かったな……。苦笑いして用意されている席に座る。
「あ、これお土産ですわ。うちの領地で採れるハーベンアプリコットのジャムですの」
「まあ、上品な甘みが好きなのよね。さっそくいただきましょう」
ハーベンアプリコットジャムの小瓶を手渡すと、キャメルはお世辞でなく嬉しそうな顔をする。
そんな市井の者が手作りしたものなんかを口にするなんてとんでもないですわ! みたいなことを言う令嬢はこの場にはいない。アリアもローラも「スコーンにつけていただきましょう」と、ご機嫌そうで良かった良かった。
イレイザ家の使用人が、お土産のジャムを器に移し替えて持ってきてくれた頃には、すっかりアリアとローラの緊張もほどよく解けたようで、ゆったりとした空気が流れ始める。
ちなみに今回のお茶会の目的は恋バナである。
アリアに、ハリクのことをどう思っているのかーーそれを聞きたく開いた会である。
それが何故イレイザ家なのかと言うと、キャメルは私の良き協力者であるからだ。
一応はまだ王妃候補であるキャメルであるが、リヒトと懇意であって、それが公認されているような雰囲気であるために、ほとんど王妃候補からは外れていると言っても良い。
今までキャメルからは、聞いているこちらが思わず、によによしてしまうようなリヒトへの想いを相談されている。それに対して私も友だちとして、ときにアドバイスし、ときに励まし、ときに一緒になって喜びーーそんな美しい友情があるため、「アリア様に王太子殿下についてどう思われてるのか聞いてみたいのよ」と相談したところ、一もにもなく「じゃあセッティングは任せなさい!」とキャメル。
実はキャメルとくらいしか恋バナをしたことがない(しかもキャメルからの一方的なものだ)私であるから、ドーンと胸を張って言った姿は何だかとても頼もしく見えた。
まさかアシュレイ家に、同じ王妃候補のアリアを招待するわけにはいかなかったし、かと言って街中のカフェなどでする内容でもないので、イレイザ家でお茶会を開いてくれたのはとても助かった。カフェを貸切っても良かったが、そこまでぽんぽんと浪費するのは貧乏性故か抵抗があったのである。
イレイザ公爵夫妻は、娘のキャメルのリヒトへの恋心をすでに知っているので、王室へ嫁がせることを諦めているようだった。
そこに悶着がひとつもなかったかと言うと、そうでもないらしいのだが「政略結婚であっても、そこに愛があるのは幸せなことだわ」と、イレイザ公爵夫人が言ったので、もうほとんど認められたようなものだった。エードモロ侯爵家が王室に次ぐ政略結婚先であったのは以前述べた通りである。
ーーで、あるので、イレイザ家に王妃候補とされている、アシュレイ家の一人娘と、聖女の資質を持つモロン男爵令嬢が訪れることに、夫妻からの反対もなく、こうしてお茶会を開くことができている。
そこにローラも参加しているのは、公爵令嬢ふたりと男爵令嬢という面子ではアリアもやり辛いのでは? という配慮故である。
ゲーム作中の嫌がらせ要員ローラ・クラレインとは違って、今テーブルを一緒に囲む彼女は、ただの気立ての良い美人であって学友に他ならない。
「ーーで、どうですの? 銀音学級には良い殿方はいらっしゃいまして?」
座学ばかりは退屈よねぇ、というジャブからそれとなく談笑をして、いよいよ本命の恋バナである。ガールズトークである。キャメルは”白雨”なので、そちらの学級はどうなのだと話を振ってきた。
「素敵な殿方ばかりですけど、あまりにも身分が違いすぎて……」
と、ローラ。
「そうですよねぇ。目の保養として拝ませていただくにはいいんですけれどね~」
と、アリア。
王族や公爵家令息相手に目の保養とか言っちゃうのは、この場でなければ問題大ありだが、最初に「堅苦しいのナシでぶっちゃけましょうよ!」と言ったおかげか、かなりぶっちゃけてくる。
「あら、でもアリア様羨ましいですわ」
「ええ~、何がです~?」
「だって、あのスヴェン様とご兄妹だなんて、羨ましいですわ」
うっとりとした表情のローラ。キャメルが「確かに」と深々と頷いた。
「スヴェン様はとても見目麗しくいらっしゃいますものね」
「えっ、スヴェンですか~?」
アリアは兄妹であるから「そうかな~」と、納得いかない様子のようだが、実際転生者であるスヴェンは隠し攻略対象キャラなだけあって、その顔は実に整っている。
私は「本当に羨ましいですわ」と心にもないことを言いつつ、核心を突こうと言葉を続けた。
「では、アリア様はどんな方が好みでして? ーーたとえば、レイラーク様や王太子殿下はいかがかしら」
まあ! と、お茶会の席が色めき立つ。
前世の女子高校生などにありそうな会話である。「〇〇くん、超かっこよくなーい?」「えー? ××くんの方がかっこいいしー」みたいな? 残念ながら私にはそんな青春は存在していなかったので、想像である。
ちなみに、今回こういった貴族令嬢としてはやや下世話で品性に欠けるーーと言われても仕方がないような会が開かれるにあたって、スヴェンに「アリアはこういうものに抵抗があるか」ということを念のため確認したところ(だって私自身が本来であればやや抵抗があるのだ)、スヴェンからは「いや、あいつ前世できゃぴきゃぴしたOLだったから、むしろ好きだと思うよ」との回答をいただいている。
実際、テーブルを囲む彼女は「ええ~、悩む~」と楽しそうである。彼女の前世には、私が想像したような女子高生時代があったのかもしれない。
「レイラーク様は~……確かにかっこいいんですけど~、なんかプレイボーイって感じがすごくて……仮にお付き合いしたとしても、モヤつきそうじゃないですかぁ?」
「ああ~、わかります、それ~」
イメージが一致しているのか、うんうんと共感するローラ。最初は体を固くしていたはずが、なんだか打ち解けるの早くない? というかローラも女子高生タイプだったのだろうか。いつもとは打って変わって饒舌にきゃっきゃっとガールズトークを楽しんでいる気がする。
「じゃあ王太子殿下は?」
「そうですねぇ……王太子殿下は本当パーフェクトなお方ですよね~……お顔が美しいのもさることながら、私みたいな男爵家の者にも分け隔てなく優しくしてくれますし~」
何かを思い出すかのように、ほうっと息をつくアリア。おや? これは脈ありなのでは?
「えっ、えっ、何ですの? 何か良いことがございまして?」
そこにすかさずキャメルの追撃である。こういった恋バナに不慣れな私にとって、キャメルのような賑やかし要員はとてもありがたい。
「ええ~! いやいや特別なことは何もないですよぉ! ただ階段で足を踏み外したときとかに、少し助けてもらったこととかがあったくらいで……」
それは特別なことと言えるのではないだろうか。完全にイベントですね、ありがとうございます。
アリアは顔を少しだけ赤らめた。
彼女の言葉にキャメルとローラは口に手をあてて「きゃあ!」と興奮した顔である。が、ローラの方は我に返ったのか、次の瞬間には顔を青くさせていた。ちらちらと私を窺う視線が飛んでくる。……ピエリス・アシュレイが王妃候補であることを思い出したのだろう。
そこで私は、はっきりとアリアに宣言をしておくことにした。いかにも興奮した調子で声を上げる。
「まあ! まあ! 素敵ですわ! アリア様! アリア様なら王太子殿下ととてもお似合いですし……私、応援いたしますわね!」
「え?」
ーーえ?
急に赤くなっていた顔をすんと平常にさせるアリア。
あれ? なんかさっきまでいかにも恋する乙女って感じじゃなかった? なんか私が興奮した感じで喋っていたのが急にバカっぽく見えてくる。
アリアは急に「ふふふ」と笑い出した。
「嫌ですわ、ピエリス様ぁ~、私なんかが王太子殿下に釣り合うわけないじゃないですか~」
も~、何言ってるんですか~と冗談めいて笑う姿に打算的な部分はまるでなく。どうやらアリアは本気で言っているらしい。思わずキャメルと顔を見合わせた。
「でも、アリア様は聖女の資質をお持ちじゃないですか。釣り合わないだなんて……そんなことありませんことよ?」
「キャメル様まで! いくら資質を持っていても、聖女になれるかはまた別ですし~……私としては、王太子殿下を遠目にでも見れればそれで満足ですわ」
その言葉に確信する。アリアはハリクに対して少なからず好意を抱いている。私は意を決して爆弾を投下した。
「そんなもったいない! 聖王国内で王妃候補とされているのは、私かアリア様だけですのよ? でも正直……私は王太子殿下を幼い頃から知っておりますので、もう良い友人にしか見れないのです。きっと王太子殿下も、私に対して同じようなお気持ちをお持ちでしょう」
「ま、まあ……! ピエリス様、そのようにお考えでしたのね……!」
この言葉にぽかんとしたのはアリアではなくローラだった。対するアリアは、なんだか申し訳なさそうなーーよくわからない表情をしていた。
「ううーん……でも、私では王妃なんてとても務まりませんわ。分不相応ですもの。……正直申し上げますと、王太子殿下へ確かに憧れと思慕の念はありますが、かと言って王妃になりたいかと言われると……やはり私には無理です!」
普段は間延びした口調のアリアが、珍しくはっきりと喋るので面食らった。キャメルもローラも、「思慕の念はある」というアリアの思いもしないぶっちゃけた告白に、内心ではテンションが上がってるのだろうが、「王妃にはなりたくない」ともはっきり言ってしまっているので、何と反応したら良いのかわからず石像のように固まってしまっている。
私も私で、思考回路は停止していたが、何か喋らなくては……! とーー
「ま、まあ……王妃にはなりたくないわよね」
これが公の場であったら大問題な発言をして、澄ました顔で紅茶を飲んだ。
「うわぁ~、もうほんとオフレコでお願いしますね~!」
アリアもアリアで、自分が結構まずいことを言っている自覚はあるのか、慌てたようにそう懇願するが、この世界では「オフレコ」なんて言葉は通じないぞ。
「お、おふれこ?」
「あっ、ええと……他言無用でお願いします~!」
「もちろんよ」
ようやくキャメルもローラも落ち着きを取り戻したのか、わずかに佇まいを直し、
「それじゃあ、他言無用にしますから、王太子殿下との馴れ初めをお話しいただきたいですわ!」
と、楽し気に仕切り直した。
「ええ~……」
「私も聞きたいわ! 階段で助けてもらったって何ですの?」
「もしかして抱きとめられたのかしら?」
再び、きゃー! と、楽しそうなふたりである。ローラを誘って正解だったなと、私も「早くお聞かせになって?」と、調子を合わせてアリアに促す。
アリアはまたも顔を赤くして、それはもう恥じらう乙女のように、王太子殿下とのイベントエピソードを語り始めたのである。
前世では無縁であった恋バナ、ガールズトーク。「王太子殿下が音楽祭に向けてヴァイオリンを弾かれている姿に、見惚れてしまっていたんです」と、アリアが語る頃には、私もすっかり楽しくなってしまっていた。きゅんきゅんである。いいじゃん、ガールズトーク。




