銀音学級
学級分けが終わった後、ざわめく大広間を教師シアの「静粛に」という低音ボイスが一瞬で静まり返らせる。
不愛想な表情といい、典型的な攻略対象クール枠といった感じだ。
どうして私が教師シアルートを一度もプレイしたことがないのか。それはただの好みの問題である。クール系やツンデレ系が一定の人気を博していることは私も知っているが、私はそういった属性男子より、素直で人当たりの良いキャラの方が好きだった。それは現実の生身の人間相手でも変わらない。……人当たりの良さもレイラークレベルまで行くと軽薄に感じて抵抗あるが。
さて、不機嫌そうな顔の教師シアを眺めながら、ぼけっとしていると、大広間にひとりの老人が遅れて入ってきた。
ーーあ。
見覚えのある立派な白い顎髭。グリフォンを誘導してくれた森番のおじいちゃんだった。しかし、大広間の前方へ堂々と歩くおじいちゃんは、あのときと違って、いかにも上等そうな魔導士のローブを着ている。他の教員たちとは違う”特別感”を覚えるローブだ。
「みなの者、まずは入学おめでとう」
おじいちゃんは前に立つと、朗らかに声を発した。
あのとき言った「また後で」は、こういうことだったかと、次の言葉を聞くまでもなく、私はひとり勝手に納得していた。
「わしがネロガン魔術院の院長、ケヴァンじゃ」
おじいちゃんーーもとい王立ネロガン魔術院、ケヴァン院長。
レベッカの授業で、この人がいかに偉大な人物であるかは前もって知っていた。だが、この世界にはまだ写真というものはないので、魔法史の教科書には肖像画しか載っておらず、それも若かりし頃のものであったので、高台で出迎えてくれた老人が、まさかかの高名なケヴァン院長であったとは夢にも思うまい。
粗相とか、してないよね……。
少し前の記憶を探るがーーうん、大丈夫だ。たぶん。
というかなんでわざわざ院長自らグリフォンの誘導なんてしたんだ。あれか、上の立場の人間に多い気まぐれか。心臓に悪いからやめてほしい。
そんな人の気など知らず、目前に立つケヴァン院長はにこやかに笑みを浮かべた。
「みなも理解の上だと思うがーーここでは魔術への学びを得るのに、身分は考慮されない。誰であっても、我々は等しく魔術の道を示し、修練と研磨の助けとなろう。外では主従にあったとしても、この島へ一歩足を踏み入れたときには、同じ学問を志す仲間であることを決して忘れぬように。ーー諸君らの明日に学びの歓びがあることを祈る」
ケヴァン院長の有難い祝辞をいただいた後、既に名乗っていた教師シア以外の各学級の担当教員が自己紹介を行って、入学の儀は終了となった。この後は、それぞれの学級ごとに分かれて、院内の簡単な案内がある。
「それではピエリス様、また後ほど」
「ええ、終わったらエントランスホールで待っていてね」
クリスは”金漣”なので、自然と分かれての行動となる。
帰りはグリフォンではなくオベリスクを使うつもりだが、島にある街を観光して帰るつもりなので、エントランスホールでの待ち合わせである。事前に入手した情報だと、ここのジェラートが絶品らしい。
楽しみだなあと放課後のアイスに想いを馳せつつも、銀音の生徒が集まっている方へ向かう。やたらと眩しいな……。
王子ハリクに、騎士家のリヒト。そして三大公爵家かつ神官見習いのレイラーク。彼らは幼少時から仲が良いので、自然と三人で並んで立っているわけなのだが、攻略対象三人衆なだけあって、それだけで絵になる。そこに銀音の担当教員であるシアが加わりーーなるほどプリンス・カルテットである。ゲームのパッケージみたいだ。
だが、そんな強烈な四人に引けを取らないのがヒロインである。
他の銀音の令息たちが頬を赤らめて見惚れている。今のところ攻略対象プリンス・カルテットたちに胸を打ちぬかれた様子はないが、この分では時間の問題ではないだろうか。いやリヒトはキャメルとくっついてほしいな……。
そして先ほどは遠目だったので、気がつけなかったが、ヒロインと一緒にやって来た青年ーースヴェン・モロンといったか。栗色の髪をした彼もまた、かなりの美形だった。文句なしのイケメンである。プリンス・カルテットどもと並んでも引けを取らないのではないかーーと考えて、ひとつの推測が頭に浮かぶ。
もしかして隠しキャラ、とか……?
移植版には隠しルートがふたつ追加されていたはずだ。
私はそのふたつのルートをプレイしていないし、隠しルートを出すためにはいくつかの条件を満たさないといけなかったので、隠しキャラの顔も拝めていない始末だったのだ。これほど悔やまれることはない。でも、その隠しキャラ(かもしれない)が既にヒロインと一緒にいるのはどういうことだろう。既にヒロインは隠しキャラ解放の条件を満たしている?
「ーーピエリス様と同じ学級になれて光栄ですわ」
ひとり悶々と考え込んでいると、不意に声がかけられた。ハッとして顔を上げる。
「あら、ローラ様。こちらこそ光栄ですわ」
声をかけてきたのは、アシュレイ家の派閥に属するクラレイン伯爵家の令嬢だった。ブラウンの緩くウェーブした天然パーマが特徴の美人である。……ちなみにだが、彼女も『かなメロ』の登場人物であって、悪役令嬢ピエリス・アシュレイの手先その一という役回りだ。
悪役令嬢ピエリス・アシュレイは、王子ルートに進んだヒロインに、あの手この手で嫌がらせを行うのだが、その嫌がらせを率先して行うのが、この伯爵令嬢ローラ・クラレインである。
他の生徒たちも雑談などせず、教師の引率を待っていたので、私とローラも先の挨拶だけして、その後は喋ることなく待機していた。
やがて教師シアが人数を確認した後「それでは案内する」と、言って歩き出したので、私たちもその後を追うように続き、大広間を出る。
大広間を出て、しばらく進むと外廊下に出た。
眼下には城下街が広がり、その先には青い海が広がっている。
「すごいねぇ」
後ろから小さくはあるが、感嘆の声が聞こえた。
後ろを歩いていたのは、ヒロインのアリア・モロンと推定隠しキャラのスヴェン・モロンである。スヴェンの「そうだな」という声を聞きながら、ふと彼らが大広間にやって来たときのことを思い出す。
そういえば、エントランスホールの方から彼らもやって来てはいなかっただろうか。
ゲームではヒロインも男爵家のオベリスクを使って魔術院へやって来ていたはずである。しかしエントランスホール側の扉から大広間へやって来たということは、彼らも私と同じように飛行生物を使って魔術院へやって来たのだろうか?
「ここが西塔。基本はここが銀音の区域となる」
外廊下は魔術院に複数ある塔のひとつに繋がっていて、そこは談話室的スペースとなっていた。
石造りの塔の内部ではあるが、趣味の良いアンティークな調度品や、座り心地の良さそうなソファ、敷きつけられた絨毯は温かみのあるダークグリーンで、そこに無骨さは至って感じられないーー落ち着いた内装の談話室だ。
「座って」
教師シアが短く指示し、銀音の生徒たちはそれぞれ思い思いの場所ーーソファに腰を下ろす。
私はローラを隣にソファへ座ったのだが、
「…………」
特別な意図はないのだろうが、ローテーブルを挟んだ向かいに、モロン家のふたりが腰かけてきた。ひとりで勝手に気まずさを感じる。
チラリと横目で彼らを盗み見てみる。
…………っ、ひえ。
真っすぐな焦げ茶の瞳。
バチリと、視線がぶつかった。……スヴェン・モロンと。
思わず、すっと視線を逸らしてしまった。軽い会釈でもすべきところではなかっただろうか、貴族令嬢として。それでも、吸い込まれそうな不可解な感覚に、考えるよりも早くーー反射的に目を逸らしてしまった。相手が特別気にしなければ、良いのだが。
内心ひやひやしていると、教師シアが腰かけた生徒たちを見渡して、ひとつ咳払いをする。
「銀音の諸君らが使うことになるこの西塔だがーーまずここが談話室。塔の構造上、ここが一階ということは当然ないのだが、利便上我々はここを一階と呼んでいる」
シアは奥の扉を顎で示した。
「あそこが地階に繋がっている階段だ。基本地階は物品保管庫となっているので、立ち入らないように」
物品保管庫。ゲーム中ではヒロインがそこに閉じ込められるイベントもあった。今いる談話室も、よくよく記憶を掘り返してみれば、背景として描かれていたような気がしなくもない……か?
なんだか、いざこうしてゲーム内で登場した場所に来ると聖地巡礼というわけではないが、妙にそわそわする不思議な感覚だ。
それから塔内部の施設について簡単に説明が行われ(直接歩いて全ての場所を案内されるわけではなかった)、銀音学級はものの一時間あまりで解散となった。はやすぎない?
どうしよう。一応塔の上層階も見に行こうかしらーーと、談話室にある螺旋階段に目を向けていると、隣に座っているローラが「ピエリス様」と、話しかけてくる。
「この後のご予定は何かございまして?」
「ええ、街を散策しようかと」
「あら! それは素敵ですわね。なんでもジェラートが美味しいと聞いておりますのよ!」
知っている。それを食べに行く予定なのだ。
ローラはキラキラと目を輝かせていた。誘われ待ちなのは目に見てわかる。
別に嫌いではないのだ。ローラとは何度もお茶会で会ってもいるし、ゲーム中ではピエリス・アシュレイ御用達の嫌がらせ職人ではあったが、目の前に今いる彼女はそんな意地悪そうな性格の令嬢でもない。ただ、クリスとふたりであれば余計な目を気にしなくて良いので気楽、というだけで。
……まあ、これも人付き合いか。
同じ学級となったのだし、今後も仲良くした方が良いとは思うので「よろしければ一緒に参りませんか?」と、ローラも誘うことにした。
「あっ、あのっ!!」
と、思いもがけない方から声が飛んできて、ビクリと肩を跳ねらせる。
目を向けると、向かいに座っていたヒロインーーアリア・モロンである。ひえっと変な声が出そうになった。
「私、モロン家が娘、アリアと申しますわ。……ずっとピエリス様にご挨拶したく思っていたんですの」
胸元で祈るようにぎゅっと手を結び、上目遣いでこちらを伺う美少女。
「そ、そうでしたの……ご挨拶が遅れて申し訳ございませんわ。アシュレイ家が娘、ピエリスでございます。どうぞ仲良くしてくださいませね?」
少し声が上ずってしまったが、恐ろしく動揺していたわりには上手く話せたのではないだろうか。
ニコリーーと、レベッカの授業で習った社交用の笑みでなんとかダメ押しする。
「はい!」
私の言葉に、アリアは嬉しそうに破顔した。
そこで、私の脳裏にピーン! と走るものがあった。
「せっかくですので、この後お時間があるようでしたら、一緒に城下街を回りませんか? アリア様がよろしければですけど」
「私もご一緒してよろしいのですか?」
「もちろんですわ。せっかく同じ学級になれたのですもの……ええと、そちらの方は……」
そう言って、無視し続けるわけにもいかないので、アリアの横に座る栗色の髪のスヴェン・モロンに視線を向ける。学級分けの際に彼の名前を知ったが、相手に改めて名乗ってもらうのが丸いだろう。
「……ご挨拶が遅れました。モロン男爵家が長男、スヴェン・モロンと申します」
モロン男爵家にいたかなこんなやつ。と、本日何度も抱いた記憶違いに頭を痛めつつ「スヴェン様ですね。スヴェン様もご一緒にいかがでしょうか」と、誘っておく。
「お誘いいただき感謝いたします。せっかくですので、私も同行させていただきますね」
そう言ってスヴェンは二コリと笑みを浮かべた。
はうっと隣でローラが胸を射貫かれた音がする。
ーーなるほど。これは腹黒枠なのかもしれない。
その笑顔で多くの令嬢たちを虜にしてきたのかもしれなかったが、私からしてみれば、どうにも胡散臭い笑顔にしか見えない。
「では、参りましょうか」
密かにスヴェンに対する警戒心をマックスにして、立ち上がる。
作戦名「断罪も王妃も嫌だ! ヒロインと王子をくっつけよう☆ドキドキ・ キューピット大作戦」遂行のため、とりあえずヒロインと仲良くなれるかトライしてみることにしたのである。あちらから声をかけてきてくれたのだし、ゲームとは違ってもしかしたら仲良くなることもできるかもしれない。それに、まずは友人にならねば恋バナだってできやしないのだ。




