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王立ネロガン魔術院

 魔術院の上空まで来た私は、ぐるぐるとグリフォンを旋回させて、合図を待っていた。

 入学するにあたって予め学院から送られてくる『入学の手引き』という名の、まあパンフレットのようなもの。そこには登校時の注意としてこう書かれている。


『当院への移動は、オベリスクもしくは馬車、飛行生物のみとします。オベリスクでの移動の場合は、以下の方法で座標の記録を(中略)飛行生物で移動する場合には、その旨を当院に事前に伝えた上、当日は案内員の魔道ランプの誘導の元、所定の場所へ着陸ください』


 ううむ、しっかりしている。

 ついでに、飛行生物の場合、この世界には様々な飛行を可能とする魔法生物が存在するのだが、体長何メートル以内との記載もあって、それさえ守ればドラゴンだろうが、ペガサスだろうが、何に乗って来ても良いのだと言う。ちなみにドラゴンはアシュレイ家には生息していないが、母の生家である北方のオルド辺境伯領、それからレイラークのウェンディル領に生息しているのだそうだ。数も少なくなってしまっていて、希少な存在である。


 ーーと、上空を旋回していると、チカチカと魔道ランプが点滅しているのが見えた。


 遥か上空であってもしっかり目視できるのは、そのために開発された誘導用ランプだからだろう。ちゃんとわかるのかなぁ……という不安もこのときまでは少なからずあったため、ほっと体の力が抜ける。グリフォンの頭を一度優しく撫でると、賢い魔法生物であるグリフォンは「あいわかった」とばかりに、ゆっくりとランプの元へ降下し始めた。



「ほほう。さすがはアシュレイ公爵家。こんなに見事なグリフォンは久々に見る」

「そうでしょう。この子は自慢の子ですのよ」


 誘導の元、学院の敷地内と思しき高台に降り立てば、そこには白い顎髭の長いおじいちゃんが立っていた。


「誘導いただき、感謝いたしますわ。私はアシュレイ家が娘、ピエリスでございます」

「これはこれは、丁寧に。わしは案内役を請け負った森番じゃ。ーー帰りはオベリスクで?」

「ええ、そのつもりでございますわ。この子はこのまま領地に戻らせます」


 そのためグリフォンのお仕事はここで終了だ。


「うむ。気を付けて帰るんじゃぞ」


 そう言っておじいちゃんは右手に持ったバケツの中から、巨大なミミズ肉を取り出してグリフォンへと投げる。

 グリフォンは嬉しそうにそれをもしゃもしゃと食べてピィと鳴いた。見た目の貫禄に反して、鳴き声がかわいいのがグリフォンの特徴だ。


 グリフォンがバサバサと羽ばたいて、瞬く間に空の向こうへと消えていくのを見届けて、私はおじいちゃんに向き直る。


「ええと、それで学院へは」

「おお、そうじゃな。この道を真っすぐ上ればすぐじゃよ。ーーほらあそこに見えるじゃろう」


 高台は飛行生物が着陸しやすいように開けているのだが、示された砂利道は森の中に続いている。だが、目を凝らして見てみれば、確かに、その先にあれが城だろうかーー石造りの壁が見えた。


「ありがとうございます。それでは私はこれで」

「また後で会おう」


 最後に優雅に一礼して、「また後で」というおじいちゃんの言葉に首を傾げつつ、私はクリスとともに森の方へと歩いていくことにした。





 森はほどなくして抜けることができた。

 高台から見えていた壁はどうやら城門であったようで、砂利道は城門横に繋がっていた。無人の城門を潜ると、そこにあるのは宙に浮かぶ石造りの大橋である。


「おおう……」


 小島の中でも、もうずいぶんと高い位置にいる。

 石橋の下は海であろうが、遥か下方にあって、その水面をしっかりと目視することができない。

 橋の先に鎮座する古城は、いかにも堅牢そうで、そびえるいくつもの塔はその先端を雲の合間に霞ませている。


 私は圧倒された。


 真下から見上げる古城の圧すごい。

 古城ーーと言ったが、事実、王立ネロガン魔術院は設立から一千年の歴史を誇る学府である。一千年の重みを持つ堂々たる佇まいに、自分という人間があまりにもちっぽけな存在であるかのように感じさせられた。


「ね、ねえ。クリス。髪とか、乱れてない?」

「完璧に整ってますよ、ピエリス様。旦那様が魔法をかけてくださいましたから」


 グリフォンに乗って学院に向かうにあたって、せっかくセットした髪型や着こなした制服が、風にはためいて崩れないようにと、父が魔法をかけてくれたのだ。そのおかげで恐らく私は、とても大空を飛んでやって来たとは思えないような、一糸乱れぬ姿恰好であるはずだ。


「そうよね」


 ふぅ……と、静かに息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。……隣に立つクリスは、いつも通りの鉄仮面ぶりで、至って平然としているように見えた。


 ゲーム作中では、名前すら出てこない暗殺未遂の実行犯という立場であるクリスだが、やはり乙女ゲームのキャラクターであるからか、その顔は文句なく整っている。というか、この世界全体的に顔面偏差値高すぎである。


 十年前にロークルイド修道院からアシュレイ家に引き取って以来、私はクリスと姉妹同然にーーと言ったら過言だが(クリスはあくまで侍女であるため、そういった仕事をこなしていたのだから)、まあそれなりに仲良くやってきた。

 その結果、クリスは基本的には”侍女らしく”振舞うが、それでも一般的な侍女に比べれば、仕える先の私に対して気安くーー言い換えればフレンドリーである。

 文句や小言も漏らすし、冗談も言う。

 しかしクリスは性質なのか、十年が経った今でも表情にバリエーションがない。冗談だって真顔で言うし、怒っているときももちろん真顔だ。この鉄仮面はどうにかならんのかと思ったものだが、十年かけてどうにもならなかったので、これはもう個性なのだろうと諦めている。


 それに表情に表れずとも、この迫力ある古城を前に、彼女が私と同じように実は緊張しているのであろうことは、不思議なもので十年も一緒にいれば、わかるのである。


「クリスも似合ってるわ」

「そうでしょうか」

「ええ、素敵よ」


 クリスは紫色の癖のないストレートの髪を、侍女らしくシニヨンヘアにしているが、着ているものはいつものメイド服ではなく、魔術院の制服だ。私もクリスも、制服の上に魔術院の規格である黒のローブを羽織っている。


 クリスに魔力があったため、父の計らいで共に魔術院へ入学することになったのだ。実年齢が曖昧なので、十五歳ということになっている。


「それにしても、本当に誰もいないのね」


 城門から橋の上まで、人っ子ひとりいない。


「警備は魔法で賄えているのでしょうし、わざわざオベリスク以外で通学する学生も、普通はいないでしょうからね」

「あら? でもグリフォンで来て良かったなってクリスも思ったでしょ?」

「……まあ、素晴らしい景観でした」


 クリスと話しながら橋を渡る。


 ドキドキと、胸が高鳴っているのがわかった。

 魔法を学べるという期待半分、忘れがちだが、ここから原作が始まるという不安半分である。


 橋を渡り終え、少しの石段を上るとーーそこにはエントランスホールへ繋がるのであろう、重々しい扉がある。

 それは手を触れる前に、私たちを招き入れるかのように開かれた。





 さて、ここで軽く『かなメロ』のおさらいだ。

 公爵令嬢ピエリス・アシュレイは、第一王子ハリク・ラ・メルローの婚約者であって、ヒロインが王子ルートに突入すると、ライバル役としてあの手この手でヒロインへ嫌がらせ等々を行ってくる。


 ーーが、実はこの魔術院入学の日時点で、私はハリク・ラ・メルローの婚約者となっていない。


 そこに「絶対王子の婚約者なんかになってたまるものですか!」みたいに奮起した私の努力があったわけでもない。ぶっちゃけ何もしなかった。何もしていないのだが、私は王子の婚約者にならずに済んでいる。


 しかし、どうして原作と違い、ピエリス・アシュレイは王子の婚約者となっていないのかーー理由は少し見当がついていて、恐らく、三年前に王都に広まった”ある噂”がためであろう。


『ーーモロン男爵家に聖女の資質を持った子が生まれた』


 男爵家。モロンかマロンかはわからないが、『かなメロ』のヒロインも男爵令嬢であったはずだ。


 ”聖女”と言うのは、女神メルディスの加護を受けた女性で、かつ大神殿に認められた者を指す。

 女神メルディスの加護を持つ者は、その時点でとても稀有な存在であるには変わりないのだが、大神殿がその者を”聖女”と認めるのには、これまた複雑な条件があるため(詳細は公に開示されていない)、ここ百年以上、”聖女”は存在していないのである。

 だが、今回現れた女神メルディスの加護を受けたそのモロン男爵家の娘というのは、”聖女”となる可能性が非常に高いらしい。


 聖女はその身分に関わらず、聖王国の歴史からして王妃となるのに相応しいとされているからーーつまるところ、そのモロン男爵令嬢が聖女と認められた場合、王家としては、三大公爵家の私やキャメル以外に王妃候補者が増えるので、早期での婚約はいったん保留して、大神殿の見解を待とうーーと言ったところではないのだろうかと、推測している。


 それ絶対ヒロインだよね。


 記憶ではモロン男爵家に「生まれた」ではなく、「引き取られた」だったと思うが、そこは噂で耳にしただけだから事実と異なっているのかもしれない。


 それにしても、なんでそんな噂が王都に流れたんだろうか。


 原作では、ヒロインが女神メルディスの加護を持っていると言うことは、入学までは一部の人間にしか知られていなかった、はず……。

 それが今では、その噂はまあまあ結構有名である。

 私の立ち振る舞いによって「なんか原作と印象違くない?」となってしまったキャラもいなくはないので(主にキャメル・イレイザであるが)、私の”原作ピエリス・アシュレイ”と乖離した行動が回り回って、思いもよらないところに影響を及ぼしている可能性はなくはないが、何がどうなったらそうなるのか皆目見当つかない。


 まあ、考えてもわからないことだし、”原作ピエリス・アシュレイ”ではない私ーーピエリス・アシュレイの意思による行動で、何かが変わってしまったのだとしても、だからとて原作を踏襲しようとはいまさら思わない。その行く末にあるのは暗い未来であるし。原作ストーリー云々よりもわが身がかわいいのは、この世界で覚醒し、ここが『かなメロ』の世界と察したときから変わらないのである。


 それよりも、だ。


 その噂を耳にしたとき、気が付いてしまったことがある。


 私はまだ王子の婚約者ではないのだし、これってヒロインには王子とくっついてもらえば万事解決なのでは……!?


 ここが『かなメロ』の世界だと悟ったときには、ヒロインが別のルートを進むことを切に願ったものだが、私がハリクの婚約者となってない今、話は別である。


 それに”あのお茶会”以来、三大公爵家はもちろん、王子とも交流は持つことになって話す機会は度々あったのだがーー端的に言ってしまえば、やはり恋愛対象としては見れないもので。側近のリヒトとも既に邂逅済みだが、あれだけ前世で攻略したキャラであるにも関わらず、恋のトキメキが私の胸に湧きおこることはなかった。ふたりとも良い友だちである。


 まあ恋愛感情なくとも王子と婚約するよりはマシとの理由で、王家よりも婚約の破談難易度が低そうな侯爵家のリヒトの方と、婚約ができればーーとも、確か五歳のときには考えていたが、リヒトの方は、もうひとりの王妃候補であるキャメルがお熱である。こちらもまだ正式に婚約をしてはいないものの、リヒトもリヒトで何だかまんざらではなさそうなので、私はリヒトを諦めた。お二方にはそのままくっついてもらいたい次第である。


 そうなってくると、三大公爵家の王妃候補は私だけになってしまい、ヒロインが王子ルートに進まない限り、私はこの聖王国の王妃となってしまう未来が待っている。断罪されるのも嫌だが、よくよく考えれば王妃などという立場になるのも嫌だった。



「集合はこの先のようですね」


 自動ドアがごとく、ひとりでに開いた扉の先ーーそこは記憶していた通りにエントランスホールだった。

 品の良いワインレッドの絨毯を踏んで、さらにその先の扉(やはり勝手に開いた)を潜ると、ロの字型の回廊と中庭に出る。中庭を挟んだ向かい側にあるのが入学の儀が執り行われる大広間だ。

 ……『入学の手引き』に魔術院内マップが添付されていたので、現在地さえわかれば構造はバッチリである。




 王立ネロガン魔術院での三年間。

 魔法をエンジョイすると同時に、私は全力でヒロインとハリクをくっつけるため尽力しようと決意した。

 考えれば、悪い状況でもないのだ。以前考えていた「入学の時点で誰とも婚約を結んでいない」というベストな状態にある。王子の婚約者枠にヒロインに立ってもらい、私は女公爵としてお家を継ぐのだ。母は反対するかもしれないが、父なら泣いて喜びそうだ。そんな予感がする。


 ーーというわけで「断罪も王妃も嫌だ! ヒロインと王子をくっつけよう☆ドキドキ・ キューピット大作戦」である。具体策はまだない。


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