真中凛
匠が振り向くと、先程の女子生徒が立っている。肩くらいの短めの髪に、頭には向日葵のピンが付いている。
「お前が真中凛?」
「ええ、そうよ」
「何が起こったのか説明してくれ。お前は子供じゃなかったのか?」
「そうでもあるわね。あなたを連れてきたのは私の責任でもあるから、この姿でここにいるのよ」
「お前が連れてきたって言うのか?どうして?」
「言ったでしょ。あなたの失われた記憶を取り戻して欲しいの」
「『記憶の破片』って言うやつか。俺は何を忘れているって言うんだ!?何故お前はそれを望む?」
「質問が多いわ。もう、昼休みも終わるから戻りましょう。質問には改めて答えるわ。あなたは普通に学校生活を送って、その時が来るのを待てばいいわ。でも、忘れないで。記憶を取り戻すだけ。どうあがいても過去は変えられない。プロセスは違えど結果は同じなのよ」
凛は校内に戻って行った。
匠が教室に戻り席に着くと、琴音が話し掛けてきた。
「匠、真中さんと仲良かったの?」
「えっ?」
「いや、さっき中庭で二人で話してたみたいだから」
「いや、中庭出たら偶然会ってさ、あんま喋ったことなかったから話してただけだよ。ほら、そろそろクラスの人がどういう人なのかくらいは知ってたほうがいいかなって。社会に出たらまずは名前覚えるところから始まるしさ」
琴音は不思議そうにこちらを見ている。
「な、何だよ?」
「私たちまだ高校生だよ?どったの、社会人みたいなこと言って」
匠は焦った。思わず社会人としての匠が出てしまった。
「あ、いや、そうなんだろうなって思っただけだ。気にすんな」
「ふーん、変なの」
匠は愛想笑いで誤魔化す。
「あっ、匠、薬さしてもらっていい?」
「薬?」
「いつも、やってくれてるじゃん。どったの?」
何となく思い出した。『どったの』は琴音の口癖だ。
「冗談冗談。薬貸してくれ」
琴音は匠に薬を渡すと片耳を上に向けて、机に伏せる。その瞬間、匠は思い出した。琴音は難聴の持病を持っていたのだ。匠は琴音の耳に投薬した。
「ありがと」
「な、なぁ、琴音。耳、大丈夫なのか?」
「今のところはね。この薬がどれほどの効果があるか分からないし」
教室のドアが開き、教師が入ってくる。
授業が終わり放課後になると、鈴木が部活に行こう、と誘って来た。
「部活?何部?」
「はぁ?お前は何言ってんだ?科研部だろ」
「科研部?」
「科学研究部だよ!お前、部活休んで病院行った方がいいんじゃないのか?」
匠は特にやりたいこともなく、最初に誘われた『科学研究部』に入ったのだ。
「わりぃ、寝ぼけてただけだ。行こうぜ」
「お、おう。篠崎は部活か?」
鈴木は隣にいた琴音に話し掛ける。
「うん。吹部だよ。コンクール近いんだ」
「中学からやってたんだろ?」
「そだよ。どっかの誰かさんは一緒に始めたのに、1ヶ月も経たないうちに辞めちゃったけどね」
琴音はニヤニヤしながら匠のことを見る。
「ま、まぁ、それはいいじゃんか。鈴木、行こうぜ。琴音、またな」
匠は鈴木を急かすように教室から出て行く。