懐かしき光景
「え……くみ…ねえ、匠。匠、起きて」
誰かに揺さぶられて匠は目を覚ました。蝉の声が聞こえる。
「な、んだ…」
懐かしい感じがする。匠が寝ぼけていると何かが額に勢い良く当たった。
「イテッ!」
思わず声を上げ後ろに倒れると、匠の目前には天井が広がった。隣にはチョークが落ちていた。状況が飲み込めない。匠は駅にいたはずだ。匠がそのままの状態でいると、笑い声が聞こえて来た。
「匠、大丈夫?」
天井を遮るように長い黒髪の女の子が覗き込んで来た。
「琴音?」
声に出ていた。匠は立ち上がると目の前に広がる光景に言葉を失った。
「嘘だろ…」
見覚えのある光景が広がる。間違いない。匠の前に広がる光景は、匠が高校1年生だった時のクラスだ。
「進藤!昼休み、職員室来てくれるな?」
40代くらいの少し禿げた教師と思われる男に言われた。
「あ、はい…」
匠は言われるがままに返事をした。
「じゃあ、授業続けるからな。教科書の40ページを開いてくれ」
「ボーッとして、どったの?」
隣の席の琴音が心配そうに声を掛けてきた。
「あ、あぁ、何でもない」
匠はその後の授業など全く聞いていなかった。チャイムが鳴ると琴音に促され職員室へ向かう。覚えている通りだった。職員室の場所も、当時の先生も、匠が高校生の時と全く一緒だった。職員室を訪れた匠がこっぴどく叱られたのは言うまでもない。匠は教室に戻った。
「匠、平井先生の授業で寝るなんてやるじゃんか。結構怒られたろ?」
教室へ帰ると男子生徒が駆け寄ってきた。
「お前は、鈴木か?」
その男子生徒は首を傾げる。
「そうだけど、何言ってんだ?さっきので頭でも打ったか?」
「あ、いや、そうかもなー」
匠は笑って誤魔化し、自分の席に向かった。
「どうしたんだ、あいつ」
匠は一番後ろの列にある自分の席に戻ると辺りを見渡す。何度見ても間違いなく匠の高校だ。状況を理解しようと考え込んでいると、聞き覚えのある名前を耳にした。
「りん?どこ行くの?」
「ちょっと用があるの思い出したの。授業までには戻るわ」
匠が声の聞こえた方向を向くと、肩くらいの短い髪の女子生徒が丁度、教室を出て行ったところだった。匠は勢い良く立ち上がり、話していた女子生徒に話しかける。
「古川!今、誰と話してた!?」
「進藤くん、どうしたの?そんな顔して。ちょっと怖いよ」
「あ、ごめん。それよりも、今誰と話してたんだ?」
匠は落ち着いて質問し直す。
「りんだよ」
「りん?そんな奴このクラスにいたか?」
「えっ!?ひどい!もう7月だよ?クラスの子の名前も覚えてないなんて、ダメだよ?」
「いや、そう言うわけじゃなくて」
「言い訳してもだめ。りんには言わないであげるから、ちゃんと覚えなよ?あの子は真中凛ちゃんだよ」
匠は顔色を変えて教室を飛び出した。
「どういうことだ?なんであいつがいる?そもそも、高校生じゃないだろ」
廊下を走っていると匠は3階の窓から中庭を歩く女子生徒を見つけた。
「あいつか」
急いで階段を駆け下り、中庭に向かう。匠が中庭に出るとそこには誰もいなかった。
「どこ行ったんだよ。くそ」
匠が悔しそうな表情をしていると、後ろから匠を呼ぶ声がする。
「進藤くん」