波に揺られて5
「伯父さん……」
「何だ?」
古川と伯父は少し陽の落ちた海岸を並んで歩いていた。波の音だけが二人の間に流れた。
「どうして、さっき私のこと怒らなかったの?」
「怒って欲しかったのか?」
「ううん、伯父さん怒ったら怖いもん。」
「はは、俺はそんなに怖いか。」
伯父は笑いながら言った。
「俺はな、本当に悪いことをしたら怒るさ。確かに手段は間違っていたな。でも、それ以上に俺は、お前の気持ちを無視して怒ることなんてできなかったんだよ。」
「えっ?」
古川は俯いていた顔を起こし、大柄な伯父を見上げた。
「エマちゃんだっけ?その女の子も辛かったんだよ。言語も文化も違う場所に来て、すぐに馴染める方がおかしいんだ。人っていうのは自分と違うもの、異質なものには敵意を示すんだ。特に子供はそういうとこ残酷だったりするんだよ。まだ、お前にはわからないかもしれないけどな。」
伯父の背中は大きく見えた。それは単に大人だから、伯父の体が大きいからというわけではない、本当に尊敬できる人の背中は頼もしく見えるのだ。
「なんか、ここら辺がモヤモヤしたの。」
古川は右手を胸のあたりに当てた。
「莉子にはエマちゃんの気持ちが分かったのかもしれないな。」
「エマちゃんの気持ち?」
「そう。莉子とエマちゃんは同じ気持ちだったんだよ。」
「でも、私エマちゃんが辛い思いしてたの気付いてあげられなかった。友達じゃなかったのかな……」
古川は悲しそうな顔で言った。
「いいや、エマちゃんはお前の気持ちに気付いていたと思うぞ。お前はとっくにエマちゃんの友達だったんだよ。」
「友達……そっか、私エマちゃんの友達なんだ。私は友達の助けになれたんだ!」
「そうだな!でも、喧嘩は良くないことだな。」
「うん。ごめんなさい。」
「よし!今日の晩ご飯は刺身だ。良い魚が釣れたんだよ。」
伯父は古川の頭を撫でる。
「えぇー、またぁ?昨日もおさかなだったよ。」
莉子は魚料理に飽き飽きしたようだ。
「なんだ?嫌なら食べなくて良いぞ。」
「食べる!」
気付けば空は朱く染まっていた。
外は真っ暗になり、少数の街灯と月明かりだけが暗闇を照らしている。蒸し暑さの中、蝉の鳴き声が響き渡っている。
「進藤君、君は後悔したことはあるかい?」
匠は古川の伯父と縁側で話をしていた。朝が早かったのか琴音に古川、鈴木は壁にもたれかかって眠っている。
「そうですね、後悔のない人なんていないと思いますよ。俺もその内の一人です。」
「そうか、君も後悔しているのか。」
「えぇ、だから俺は後悔しない選択をするんです。」
「ほぉ、面白いな。君には後悔しない選択ができるのか?」
「さぁ?ただ、自分ができる最大の選択をすれば、少なくとも自分の中では後悔しないで済むんじゃないかって思います。」
「そうだよな。すまんな、こんな話をして。」
伯父は近くに置いていた缶ビールを一口飲んだ。
「いえ……」
「明日は朝早いからな、君ももう寝なさい。バリバリ働いてもらうからな!」
伯父は笑いながら匠の肩に手を置いた。
「あ、はい……」
匠は苦笑いした。




