失われた記憶
匠は家に着くと、食器棚を漁る。
「お、あった。最近使ってなかったから少し汚いな」
匠が取り出したのは、少し埃のかぶった土鍋だ。匠が一人暮らしを始める際に実家から持って来たものである。
「最近少し寒いし、今日は時間に余裕もあるから鍋でも作るか」
鍋を洗い、冷蔵庫を見る。ある程度の蓄えはあった。
「あちゃー、肉が無かったか。コンビニ行くか」
匠が部屋を出ると、偶然にも隣の部屋の住人に出くわした。
「あ、日比野さん、今帰りですか?」
日比野は同じエリアの別店舗で匠と同じく店長を務めている男で、匠が疲れている時によく冗談を言って元気付けてくれる先輩だ。
「お、進藤、スーツなんか着て今から仕事か?」
「勘弁してくださいよ。さっき帰って来たんですから。今日はあまり仕事にも集中できなくて、バイトの人たちが休んで下さいって言うのでお言葉に甘えて帰って来たんですよ」
「なんかあったのか?」
「いや、大丈夫ですよ。大したことじゃないんで」
匠は悟られないように笑顔を見せる。
「お前、飯食ったか?」
日比野は何かを悟ったように尋ねる。
「え?いや、まだです。鍋作ろうと思ったら肉がなかったんで、買いに行こうとしてたんですよ」
「じゃあ、丁度いいな。肉ならあるからお前の部屋でご馳走になっていいか?」
「いいですよ。ちょっと部屋汚いかもしれないですけど」
「いいよいいよ。俺の部屋に比べたらお前の部屋なんて新築みたいなもんよ。」笑いながら冗談を言う。
「じゃあ、俺準備しておくんで、勝手に入ってきていいですよ」
「おう」
日比野は自分の部屋に入っていった。
男二人で鍋をつつくのは大学生以来になる。匠は鍋を食べながら手紙の話をした。
「その手紙はあるのか?」
日比野は部屋を見渡しながら言う。
「ちょっと待ってください」
匠は立ち上がって引き出しから手紙を取り出し、日比野に見せる。
日比野は黙って手紙を見続けた。
「『記憶の破片』?なんのことなんだ?」
日比野は手紙の文字を指で指しながら匠に訊く。
「わからないです…ただ、なんかモヤモヤするんです。知らないけど、知ってるような気がして」
「知らないけど、知ってる?」
「はい。何のことか分からないのに、俺の心の奥底に残っている、思い出せないだけ、そんな気がするんです」
匠は俯きながら言う。
「それで、指定された日は行くのか?」
「仕事があるんでわからないです。有給貰えるとは思えないし」
「そうか。俺にはよくわからねえ。だけどよ、そんなモヤモヤした気持ちをずっと持ったまま仕事したってキツイだけだぞ。お前は頑張って働いてるんだ、一度くらいサボってもバチは当たらないさ。なんか言われたら俺も加勢するから、マネージャーに言ってみるだけ言ってみろ」
日比野は笑いながら匠の肩を軽く叩いた。
「日比野さんにはいつも元気付けられてばっかですよ。ありがとうございます。後で連絡してみます」
日比野が自分の部屋に戻ると匠は後片付けをし、マネージャーに電話をする。
「お疲れ様です。進藤です。○日なんですけど、有給貰えませんか?」
「え?急には無理だよ。君の店は人が少ないんだから困るよ」
「そうですよね。わかりました。失礼します」
電話を切ると携帯をテーブルに置き、ベッドに横たわる。
「ま、無理だよな」
匠は近くにあった手紙を手に取り、眺める。
「真中凛、誰なんだ。俺は本当にこいつのことを知っているのか?」
匠は少し考えた後、1つの覚悟を決める。
「考えても分からないなら、行ってみるしかない……けど、場所がわからない。なんで、こんな分かりづらい言い方するんだよ。直接場所言えばいいのに」
考えていると、突然頭痛が匠を襲う。
「な、なんだ…」
匠は頭を抑える。