学生コンクール5
「さぁ、次はいよいよ俺たちの番だ。みんな心の準備はいいか?」
当麻の問いに対して誰も何も言わなかったが、それぞれの覚悟が顔に表れていた。
「よし、行こう。」
当麻を先頭に、荒川、鈴木、匠と続いていく。
登壇すると当麻が自己紹介をし、発表を始めた。
「私たちは『パラレルワールド』の存在について研究してきました。」
プロジェクターに『パラレルワールド』の文字が大きく表示される。
「パラレルワールドとは平行世界のことです。同じ次元にしながらもう一つの世界でもある。これは科学や物理学、量子力学の観点からも証明は極めて難しい。ただ、存在しないことも証明はできないと我々は思っています。有名な実験で『シュレディンガーの猫』というものがあります。皆さんならご存知かと思いますが、箱の中には猫が入れらており、同じ箱の中に放射性物質とその放射性物質を検知する装置を入れる。その放射性物質は完全にランダムに発生し、その際放出した放射線を装置が検出すると青酸ガス発生する。当然、青酸ガスが発生すれば猫は死にます。そして、観測中は蓋を閉め中を観測できないようにする。この実験の場合、猫の生死は放射性物質のミクロな振る舞いによってのみ決定すると仮定する。
さて、一定時間経過したら箱の中の猫は死んでいるのか生きているのかどっちか、という問いです。」
当麻は荒川にマイクを渡した。
「この実験の意義はご存じのとおりではありますが、放射性物質が発生する確率はランダム、つまり、青酸ガスが発生し猫が死んでいるかどうかは50パーセントの確率でしかないのです。これは観測理論と言われるもので、猫の生死は箱を開けてみなければわからない。即ち、箱の中身は観測者が認知して初めて確定する。科学とは往々にしてそういうものです。前置きが長くなりましたが、『パラレルワールド』とはまさにシュレディンガーの猫が入れられた箱の中である。」
荒川は鈴木にマイクを渡した。
「では、何故我々がそれを認知できないのか。それは、そこにあるのに気が付いていないからか、我々が認知できる枠の外に存在しているからか、どちらかだということ。そこで考え方を少し変えてみましょう。パラレルワールドは実存する世界と言うよりも、一種の観念的存在に近いのかもしれないと。ある一例を出してみましょう。ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て重力を発見しました。しかし、ニュートンは既に認知されていた力を重力と名付けて世に知れ渡らせました。これに限らずですが、発見とは事象や存在を認知して初めて発見に至ります。しかし、パラレルワールドは事象として認知されたわけでもないのに概念として存在します。我々は、パラレルワールドを『観念的な存在』として研究しました。」
「はぁ、はぁ」琴音は講堂に向かって走っていた。
「莉子、ごめん。あの…」
「見に行きたいんでしょ?行って来なよ。こっちは私が見とくからさ。でも、帰るまでには戻って来なさいよね。」
「う、うん!ありがとう。」琴音は講堂に向かって走り始めた。
琴音が講堂の扉を静かに開けると、丁度マイクが匠の手に渡ったところだった。
(匠、頑張って。)
匠はマイクを台に固定すると話し始めた。
「パラレルワールドは対となるもう一つの平行世界に干渉することはできない。だから、俺たちは実存するものとして認知することもできない。我々4人はこの研究に強い思いを抱いています。」
「匠!?」
他の3人は驚いたように匠の方を見た。何故なら、打ち合わせにそんな台詞は無かったからだ。
「5人1組のコンクール、本来ならここにもう一人いるはずだったんです。その人は家庭の事情で転校することになりました。だから、このコンクールを最後にしようってその人は言っていました。でも、その人は今この壇上に居ません。俺は、俺はもう後悔したくない。何もできなかった無力の自分のままでいたくはない!」
匠は必死に訴えかけるように言った。会場はどよめき、ざわつき始める。
「転校してしまうその人の名前は、近衛千里。ちー先輩!いるんだろ!?」
暫くしても、匠の呼び掛けに答える者はいなかった。
「お、おい、君…」審査員が匠に声をかけようとした瞬間だった、
「なんだ、その腑抜けた顔は」
「ちー先輩!」
声のする方を見ると千里が立っていた。
「まったく貴様は、私がいないと何もできんのか。」
千里はゆっくりと客席の間を移動し、壇上に上がってきた。
「千里」荒川は千里が横を通ると口ずさんだ。
「まったく、揚羽、あれ程匠には言うなと言ったはずだ。」
「私は言っていない。」
「何?そうなのか?まぁ、良いわ。」
「これで全員揃った。これが滝嶋高校科学研究部です。」匠は他の4人の方を見た。
「匠、残り時間は?」千里は匠の近くまで行くと質問した。
「約5分ってところですね。」匠は腕時計を確認しながら言った。
「マイクを取れ。」
「えっ?」
「いいから、マイクを外して貸せ。私の背じゃ届かんのだ。」
「わかりました。」匠は固定されているマイクを外すと、千里に渡した。
「コンクールだと言うのにこのような話をしてしまい申し訳ありません。しかし、私はこのような機会を私にくれたこいつらに感謝しています。先ほども言いましたが、私はこのコンクールを最後に違う学校に転校することになっています。当麻と揚羽とは小さい頃からずっと一緒でした。匠と鈴木は腑抜けた奴らではありますが、強い信念を持った良い後輩です。私がいないとすぐ不安がって、何もできない馬鹿者です。だから……」
千里は俯き、言葉に詰まった。
「だから、私が最後まで面倒を見てやりたかった。私はこいつらに色々なことを教えてもらいました。一緒にいた時間は短くても、過ごした時間の質は何年もの価値があります。それに、まだまだ私自身も未熟なんです。この学校で学んだこと、こいつらと一緒に経験したことは忘れられない一生の宝物です。」千里は大粒の涙を流した。
客席で見ていた琴音も千里につられて涙を流していた。




