学生コンクール4
演奏ホール
琴音たちは、舞台の脇で待機していた。
「琴音、横になって。」古川は琴音の耳に薬を差した。
「ありがと。なんだか緊張するね。」
「そりゃそうよ。私たちにとって初めての演奏会だもん。やれるだけの事をやるだけよ。」
「そうだね、頑張ろう。」
1番目の学校の演奏が終わり、大きな拍手が聞こえてきた。
「終わったようだね。よし、みんな頑張ろう。」吹奏楽部の部長がそう言うと、部員は楽器を持って舞台に出て行った。
「すごい…」琴音はステージから見る光景に圧倒された。
多数の学生によって埋め尽くされたホールは、もはやただの演奏ホールではなかった。予選会の意味もあり重苦しい空気がホール全体に漂っている。審査員は何か資料の様なものを凝視している。
指揮者の学生が指揮棒を振ると、調律が始まった。
オーボエが音を出す。それに合わせて、次々とチューニングをしていく。
ドクンドクン
琴音の心臓の鼓動が早くなった。
(あ、あれ、音が…)微かに聴こえる音を頼りに
琴音はチューニングをする。
「ちょ、琴音、音違うよ。」古川が隣から小声で言った。
「えっ?」琴音は耳を傾けた。
「だから、音違うよ。もしかして、聴こえないの?」
「う、うん。」琴音は何とか口の動きから古川の言わんとする事を読み取った。
「やっぱり…でも、もう始まる。琴音、あなたなら大丈夫。信じてるから。」
指揮者の学生が指揮棒を振り上げ、演奏が始まった。
静かに始まり心地よい音色がホールに広がった。
「G線上のアリアか。いい曲だ。」
審査員は演奏に聴き入った。しかし、少し経つとすぐにおかしい事に審査員は気が付いた。微妙な音のズレ、コンマ数秒のズレが目立って聞こえる。一般人ならば気が付かないであろう微妙な音のズレだったが、音楽に精通している者であれば気が付いた。当然、演奏している琴音以外の部員たちも。
「ほんの少しだが音がズレている。ヴィオラか。」審査員が口ずさんだ。
それでも、演奏を止めるわけにはいかない。演奏はそのまま続けられていく。
(耳を研ぎ澄ませるんだ。大丈夫。あれだけ練習したんだから。)
琴音は自分に言い聞かせる。
ドクンドクン
琴音の耳に入ってくる音は大きくならない。
"琴音、大丈夫だよ。私があんたに魔法をかけておいたから。頑張れ)
古川は心の中で必死に応援した。
希望科学館講堂
コンクールは円滑に進んでおり、既に何校かの発表は終わったいた。
「なかなか興味深いな。」当麻は興味を示しながら聞いている。
「なぁ、匠、お前開会式始まる前どこ行ってたんだよ?」鈴木が小声で話しかけてきた。
『そろそろ開会式が始まるが、戻ってこれるか?』
当麻が荒川からのメールを受け取った後、匠は携帯を確認すると
「当麻先輩、先行っててもらっていいですか?すぐに戻りますんで。」
「もう開会式が始まるんだぞ?すぐ戻ってこいよ。」
「はい。」
「あぁ、あの時か、何でもない。ちょっとトイレに行きたくなっただけだ。」
「なんだ、そんなことかよ。心配させやがって。」
「なんだ、心配してくれてたのか?」
「う、うるせぇ。」鈴木は少し照れ隠しをする。
『琴音、頑張れよ。』匠は強く願った。
(大丈夫、まだ追えてる。あっ!)
琴音は楽譜をめくる際、汗で上手く捲れなかった。
(どうしよう。早く捲らないと。)
琴音は更に焦った。周りの音など一切聴こえなかった。
ようやく捲れた頃には1小節遅れていたが、琴音にはどこを弾いているのか分からなかった。
完全に取り残された琴音だったが、捲ったページの端に何か書かれているのを見つけた。
『琴音、俺はお前の側にいるから安心しろ。だから、お前はやれるだけ頑張ってこい! 匠 』
琴音の中で何かが吹っ切れた。その瞬間から琴音に音が戻った。息を整え、演奏に参加する。
(琴音、メッセージに気付いたんだね。やっぱり、進藤くんは琴音にとって…)
「ん?何かが変わったような。演奏に変化が現れた。繊細だが力強い。」審査員は音の変化気付き、目の色が変わった。
演奏はクライマックスを迎えた。優しく、それでいて力強く、次第に音は小さくなっていき終わった。
指揮者が台から降り審査員に一礼すると、拍手が一斉に沸き起こった。
「匠、あなたのメッセージちゃんと届いたよ」




