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断れないレイド

「すごかったぜ二人の戦いは! 思わず見惚れて、感動しちまったよ!」


「はぁ~……レイド様も良かったけど、グレン様もカッコよかったわ」


 二人の戦いを見ていた冒険者たちはそれぞれの感想を伝え、他の冒険者たちはそれを羨ましそうに、恨めしそうに聞いていた。

 自慢ともとれる口調だ。当然、不評も買うだろう。

 それでも、見てきた感動を伝えたい気持ちがある。この興奮を伝えずにはいられない。

 そして、自分も見たかった、そんな嫉妬に近い気持ちを持っていて、自慢話なんか聞きたくないと思っていても、やはり気になってしまう。

 このギルドの中では、二人についての話で持ちきりだった。

 その様をグレンは非常に満足そうに見ていた。

 自分の武勇伝が語られるのは慣れているのか、所々で聞こえてくる会話にうんうん頷く。

 一方のレイドは、いら立っていた。


(いつもなら何かしらのモンスターを狩りに行くところじゃないか。それなのに……)


 普段の行いすら忘れ、グレンという男に魅了されていたすべての人間が腹立たしい。

 自分についても語られていると?

 ちがう、問題はそこじゃない。

 自分が何年もかけて築き上げてきた地位に、グレンがいともたやすく割り込んできたのだ。

 何年もこの街に貢献し、何年もこの街の人のために行動してきたゆえの結果。

 それを、ほんの数時間で上り詰めたのだ。

 無論、グレンにも過去はある。かつて他の街で活動していた記録が。

 だがそんなものがどうした?

 レイドはこの街で、この街だけで活動してきたのだ。

 それなのに今日初めてこの街のギルドに顔を出した男が、レイドと並んでいる。

 何人かはレイドに見せる以上のまなざしをグレンに向けている。

 今までの努力が嘲笑われているような、無駄な時間だったのではないか。

 そう思わせるほどのグレンの存在感が。

 ただただ腹立たしい。


「どうしたレイド? んな表情で。なんかヤなことでもあったのか?」


(しまった、顔に出ていたか……)


 グレンに言われ、すぐさま仮面を被る。

 いら立っているなどとはつゆとも思わないほどの、満面の笑顔の仮面を。


「別に、何もないよ。ただ、グレンほど高名な人と戦えて、感極まっちゃりはしたかな」


 心にもない言葉を吐くのには慣れている。

 嫌いな人間に笑顔を振りまくことも、好意を抱いていると思わせることも。

 すべて慣れている。


「そうかそうか、お前みたいな強い奴にそう思ってもらえるんなら、光栄だな」


 レイドの言葉を疑いもせず、笑顔で応答するグレン。

 思えば、グレンは常に笑顔を保っている。死にそうな母の話をするときは一瞬だが表情を変えたが、それだけ。それ以外では誰に対してもわけ隔てなく接している。

 これはレイドのような打算的な笑顔か? いいや違う。

 本心からの行動。今日初めて会った人間すらグレンにとっては守るべき対象。

 犯罪を犯すなどをしない限り、己の愛を惜しみなく分け与えるだろう。

 それを察したからか、レイドは笑顔を保ちつつも、己の矮小さに沈み込む。

 人としての器の違い、それを見せつけられているようで。


「そうだレイド、この後ヒマか? もしよかったらこの街を案内してくんねえか?」


「案内? でも君は昔ここに住んでいたんだろ?」


「そうだが、それは何年も前のことだ。さすがに街の様子も様変わりしていてな。特に街の真ん中にある大きな店、俺が住んでた時にはなかったが、あれは王都にあっても不思議じゃない店だぞ。案内してもらいたいぐらいだ」


 その言葉で、レイドの心は少し平穏を取り戻した。

 我ながら単純だと思う。だが嬉しかったのだ。

 この店の真ん中にある大きな店は三年前に設立された、今やこの街の名物と言える店。


(パパの店に興味を持つなんて、なかなか見る目があるじゃないか)


 そう、グレンの言っている店とは、レイドの父が設立し、運営している店だ。

 そこに興味を持たれたことはいら立ちが緩和するほどうれしく、レイドの気分を良くする。


「僕で良ければ何時間でも案内してあげるよ」


「何時間でもか。あんがとよ」


 グレンはレイドの、何時間でも、という言葉を精一杯の気遣いだと感じていた。

 だがこの言葉は事実だ。

 父の店は中央にそびえたつ店以外にも複数ある。それらに案内し、レイドの補足説明を加えるのならば、数時間どころか一日あってもたりないことだった。


「じゃあ早速行こうか」


 今日一の、本心からの笑顔をグレンに向けて、体を翻す。

 ウキウキと、まるでレジャー施設に足を運ぶ子供の様な足取りだ。

 そんな態度を見てグレンは、心に何かしらの違和感を抱いた。

 それが何かは、まだ分からない。


     *


「で、あそこはこの街で一番大きな武器屋なんだよ! この剣はイレイ鉱山にある上質な素材を使って作ったもので、こっちの盾はサルサ地域に住むゴーレムを素材にしてるんだ! 他にもこの大鎌はかつて名のある冒険者が使っていたり、このモーニングスターは千以上のモンスターの血を浴びたって有名なんだよ! それにそれに……」


 レイドはグレンをあちこち連れまわした。聞かれたことは必要以上の過剰な説明を施し、さらには聞かれてもいないことも十全に説明する。

 武器屋防具屋道具屋エトセトラ、父が経営している店の商品のすべての特徴はレイドの頭の中に入っている。それらを事細かに一瞬の間もなく答えることは、レイドには容易だった。

 その説明は普通の人ならばうんざりするものかもしれない。いくら憧れの存在だとしても、聞きたくもない情報をこうも延々と語られてしまえば飽きが来る。

 正直うざい。

 だがグレンはレイドの説明を終始楽しそうに聞き、一度も口を挟むことはなかった。

 むしろ次は何を教えてくれるんだろうと、楽しみにしている節すらある。

 そのことを知ってか知らずか、レイドは長々とした説明を続ける。

 そして時間はあっという間に経過し、すでに日は落ちていた。

 周囲には街灯がともり、街は薄暗くなる。

 さすがに夜になったことでレイドの観光案内は終了の時を迎える。


「そろそろ宿屋でも取るか。なんかいい店あるか?」


(……ハッ!)


 グレンの言葉で、レイドは正気に戻る。


(僕は今まで何を……)


 今までの自分の行動を思い返し、急激に体温が上昇していく、

 あれほどイラついていた男に、父の店に興味をもたれたから喜んだこと。

 まるで子供の様に単純な自分の姿を思い出すと、恥ずかしくて堪らないといった感じだ。


「どうしたレイド? 疲れちまったのか?」


 心配するようにグレンはレイドの顔を覗き込む。


(うん、ちゃんとイラつく。僕は子供なんかじゃない)


 自分にそう言い聞かせ、グレンのさきほどの問い、いい宿屋について答える。


「何でもないよ。ここら辺でいい宿屋っていうと、西地区のマーサさんのところかな」


「おお、西地区の宿屋だな。そんじゃ善は急げだ。いくぜ」


 そう言ってグレンは一目散に西地区まで走っていく。


「あ、ちょっと! 道知らないだろ!」


 バカのように無鉄砲に走るグレンの背中を追い、レイドも走る。

 そうして無駄なかけっこをして、息を切らしながら宿屋にたどり着いた。


「はぁ……はぁ……なんで、こんなに疲れなくちゃいけないんだよ」


「アハハ、お前って足速いけど、体力はないんだな」


 愚痴をこぼすレイドだが、グレンは実にあっけらかんとした様子だ。

 やはり身体能力はグレンの方が数段高いらしい。元々の才能もそうだが、やはり男と女では差が激しい、ということだ。


「付き合ってくれた礼だ、飯ぐらい奢るぜ?」


「別にいいよ。見返りが欲しく案内したわけじゃないし」


「そうか。でも一緒に飯は食おうぜ」


「はぁ~……分かったよ」


「んじゃ俺は部屋取ってくるから、どの飯屋に行くか決めといてくれや」


 グレンは宿屋に入り、あとのことをレイドに任せた。

 自分勝手な言い分に腹を立てたが、もう怒ることすら億劫だ。

 こんな日は簡単な夕食で済ませ、早く寝るに限る。


(ご飯なんてジャンクフードで大丈夫だろう。僕は味は分からないし、グレンも味なんてわからなそうだし)


 心の中で軽くディスる。

 レイドの中ではグレンはすでにバカに入っている。実力は認めよう。しかし頭は弱い。

 そしてそんな頭の弱いというレッテルを貼られた男は、慌てた様子で宿屋から出てきた。


「おいレイド! 部屋埋まってた! どうしよう!?」


「……めんど」


「ん? なんか言ったか?」


「ううん、なんでもないよ。それより部屋が埋まっちゃってたか。まあ時間も時間だし、しょうがないか」


 時刻は夕方、有名どころの宿屋はすでに満室でも仕方ない。

 レイドはすでに二カ月先までの代金を払っているから問題ないが、今日、久しぶりにこの街に来たグレンにはそんなものはない。

 必然的に、ボロイ宿屋に泊まるか、野宿のどちらかになるだろう。


「というか実家の方は? こんな時間ならお母さんも家にあげてくれるんじゃない?」


「うんや、ダメだ。うちのおふくろはオニババだからな。そう簡単にゃ家のドアを開けてくれんさ」


「厳しいお母さんだね」


「だから、何か他に良い宿屋は無いかなレイドさん!?」


「……なら、ちょっと古くなるけど、北地区の宿屋かな」


「おお、屋根があればそれだけで上等さ。なんせ普段は野宿ばっかだからな」


「はは、野性的だね。それじゃこっちの方に宿屋はあるから、今度は歩いて行くよ」


 歩いて行くとグレンに念押しし、レイドは歩き始める。

 時間も時間、早く家に帰って寝たい気持ちを押し殺し、さっさと終わらせようとする。

 が、そんなレイドの気持ちをあざ笑うかのように、一人の青年がやってくる。


「あ、レイドさんじゃないですか。グレンさんも。何してるんですか?」


 冒険者の青年が駆け寄ってくる。憧れが二人もいる、そのことに興奮を隠し切れない様子だ。

 レイドはうんざりした心を隠しつつ笑顔で、グレンは心の底から嬉しそうに対応する。


「今からレイドに空いてそうな宿屋に連れてってもらうところだ」


「うん、早くいかないと埋まっちゃうかもだから、もう行くね」


「……あー、多分ムリですよ?」


「え? それってどういうこと?」


「なんでもこの街に新しい店を構えようって人がいるらしくて、その従業員が北地区の安い宿屋を三つ四つ貸し切っちゃったんですよ。だから多分、泊まれる宿屋はありませんよ?」


「あー……」


 今朝、レイドは父にモンスターが一時的に減ったことを話した。

 それを理由に新たな店を出そうと父は考えていた。そのための人をもう寄越したのだろう。


(さすがパパ、すごい決断力と行動力だな。もう行動を起こすなんて)


 父の行動に感心し、だが同時に頭を抱えた。


「どうしようか。ねえ君、他に空いてそうな宿屋に心当たりはないかな?」


「すいません、僕の知ってる限りじゃ、ちょっとないですね」


「そう……か。どうしよう、グレン?」


「うーん……酒場にでも入り浸るか」


 妥協に妥協を重ね、それも仕方ないかと思い始め、レイドは内心シメた、と思っていたが。

 青年はレイドにとって、非常にめんどくさいことを提案する。


「そうだ、レイドさんの部屋って確か、結構おっきかったですよね?」


「う、うん……」


「泊めてあげたらどうですか?」


(冗談じゃない!)


 と、叫びたかった。

 だが頭ごなしに否定しては、自身の信用に関わる。

 叫びたい衝動を抑え、やんわりと断ろうと口を動かそうとした、その時、


「いや、さすがにそれはわりいよ。いきなり部屋に泊めてくれなんて」


 そう言われれば、レイドは断りづらい。

 グレンが慮った発言をしたのだ。それなのに自分が断るのは、バツが悪い。

 そもそもグレンは宿屋が無くて困っている。それを見捨てることは、今までのレイドとしてはしてはいけない行動だった。


「べ、別に構わないよ僕は……」


 実際は、いきなり部屋にあげろなんて言われても断るのが自然だ。

 レイドがグレンの同居を拒んだところで、それを咎める者などいはしない。


「そうか、なんか悪いな。やっぱり今日は飯奢るよ」


(……今日はお風呂、入れないな)


 冒険者の余計な言葉のせいで、女とバレる行動が出来なくなってしまった。

 お風呂はもちろんのこと、気軽に着替えを行うことすら憚られる。

 女性としては苦痛そのものだが、しかしこれも英雄になるためのこと、我慢もしよう。


「僕が泊まってる宿屋は向こうだから、早く行こう」


 お風呂に入れないのならせめて早い段階で眠りたい。この疲れを癒したい。

 そう思い、迅速な行動を心掛ける。

 しかしまたしても、冒険者の青年は邪魔をする。


「お二人とも、夕食はまだなんですよね? だったらこの先の店で一緒に食べませんか? みんなで飲む予定なんですよ」


(余計なことを!)


 これ以上邪魔されてなるものかと、レイドは断ろうとした。

 だがそれよりも早く、グレンの受諾が早かった。


「おおいいぜ! んじゃ、早速行こうぜ!」


(勝手に決めるな!)


 もはやレイドに決定権はないのか、話はどんどん先に進んでいく。

 グレンが行くとなれば、レイドも行くほかない。宿屋の場所を知らないグレンを一人にしておくわけにはいかず、まして自分だけが断れば心証を悪くするかもしれない。

 そう考えると、レイドに選択肢はない。


「今日は俺がおごってやる! 好きなだけ食っていいぞ!」


 喜ぶ青年と、項垂れるレイド。

 グレンがこの街に来て、一体どれほどのストレスがレイドに与えられただろうか。

 こんな生活を続ければ胃に穴が開くだろうということを、レイドは直感していた。

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