パパの、という言葉
やがて時がたち、アリゴブリンの数が三匹になった。
グレンは剣にこびりついた血を一振りして飛ばし、レイドの方を向いた。
「俺だけ楽しみ過ぎて悪いな。あとはお前がやっていいぞ」
無数の屍を築き上げたグレンは、よそ見をしながらアリゴブリンの攻撃を捌き、レイドにそう言った。
レイドは正直なところ、この後に戦うのは気が引ける。だが他の冒険者がいる手前、自身もある程度の力を見せなければならないと、渋々アリゴブリンとの戦闘に身を投じる。
(でもこれぐらいなら、グレンとの力の差は如実には現れないはず)
グレンの攻撃は大雑把な物、慎重に技を駆使して戦えば実力差が如実に表れることはないだろうし、うまくいけば自身の実力の証明にもつながる。
が、そう簡単にはいかないことだ。
グレンの圧倒的なパワーは見るものすべてに衝撃を与える。レイドも例外なくだ。
それに見劣りしないほどの技を見せるとなれば、レイドも気を引き締めなければいけない。
「グレン、そこをどいて」
いまだアリゴブリンの攻撃を捌き続けるグレンにそう言い、剣先を正面に向ける。
出来るだけ華麗に、流麗に、見る者の心を奪う戦いを心掛け。
(敵の数は三匹、まずは一匹を即に殺す。そしたら残りの二匹は切りかかってくるだろうから、その攻撃を受け流してカウンターを決める)
戦闘をシミュレートし、残り三匹となったアリゴブリンに切りかかる。
「ハアッ!」
レイドの剣は確実にアリゴブリンの首を捉えている。その攻撃に反応して剣を振りかぶるも、レイドの攻撃の方が数段速い。防御は間に合うことなく、まず一匹の首が飛ぶ。
「おお、中々速いな」
レイドの剣速に感嘆の声をあげるグレン。その言葉は嘘偽りない物であり、心の底から実力を認めている物だった。
しかしその言葉を真摯に受け止められるほど、レイドはまっすぐな人間ではない。
(バカにしてるのか。こんな攻撃、君のものに比べれば子供の遊戯と変わらないだろうに)
ひねくれていると言われれば正直に認めよう。それほどにねじれている自覚はある。
心の中にモヤモヤを抱えながら、次の標的に狙いを定める。
「次来るぞ」
(言われなくても分かってるよ!)
グレンの言葉にさらなるいら立ちを覚え、迫りくるアリゴブリンの剣を受ける。
剣と剣がぶつかり合う時、レイドは剣を握る力を少し緩める。敵の剣はレイドの剣を滑るように落下し、勢いよく地面に落ちていった。
そして隙を見せたアリゴブリンの胴体を、真っ二つにする。
「上手いもんだな。見事な受け流しだ」
(うるさい! 黙って見ていろ!)
敵は残り一匹、攻撃を終えたレイドに対し間髪入れずに攻撃を繰り出す。普通の冒険者なら反応できずに致命傷を負う攻撃を、レイドは手首の動きだけで剣を動かし、防御する。
攻撃を受け切り、敵の動きは一瞬だが硬直する。
無防備となったアリゴブリンにレイドは、容赦のない攻撃を与える。
「死ねっ!」
縦にまっすぐと振り下ろされた剣が、一匹の生命体を二つに両断する。
地面を彩る深紅の血を一瞥し、レイドは剣を渾身の力で握りしめる。
(こんなもの……ただの憂さ晴らしだ!)
英雄とは程遠い自身の行動理由に、自己嫌悪に陥る。
そんなことを考えているとは一切考えていないグレンたちは、称賛の声をあげる。
「やっぱ強いな。技は俺以上かもしれねえな」
「さすがですレイドさん! やっぱりこの街で最強はレイドさんですね!」
「アリゴブリン三匹を瞬殺だもんな。俺にゃ到底できない芸当だ」
「はぁ~、レイド様、かっこいい……」
(……うるさい)
称賛の声がこんなにも苛立たしいのはなぜか。
これでレイドの評判はさらに上がり、英雄への道を着実に歩んでいるというのに、なぜこんなにも腹立たしいのか。
理由など、分かっている。
(グレンのせいだ)
グレンの言葉の一つ一つがレイドの心の急所を着実に突いてくる。
皆の前だ、その感情を表に出すことはない。いつも通りの笑顔を浮かべ、決して外れることのない仮面を被る。
それでも、心に巣くうグレンへの苛立ちだけは、どうしても消せなかった。
「……グレン、想像以上に早く終わっちゃったね。どうする? 他のとこでモンスターを狩る?」
「んー…………いや、やめとこう。こんな程度のモンスターじゃ憂さ晴らしにもならねえし」
その言葉に、冒険者は目に宿す羨望をさらに強める。
「さすがです! アリゴブリンを憂さ晴らしにもならないなんて、カッコよすぎます!」
さらなる憧れを引き起こした言葉も、それは普通の人間に対してのみだ。
捻れた感性を持つレイドには、さらに機嫌が悪くなるものでしかない。
(こんな程度、か。さすがに英雄様は言うことが違うね)
グレンとの会話の中で、いったい何度イラついたことだろうか。
言葉を交わすごとに神経が逆撫でされる。正直言えば、この場で斬りかかりたいほどに。
端的に言おう。生理的に無理なのだ。
この男のことは生涯好きになることはないだろう、常に嫌い続けるだろうと、確信していた。
「そう言えば、レイドさんが強くなった理由って、なんなんですか?」
(……そんな話、してたっけ)
心に募るいら立ちで忘れていた。
戦闘が開始する直前に会話していたこと。強い理由について。
グレンは英雄として相応しい言葉を伝えた。これ以上ない答えだろう。
戦闘中にそれ以上の答えを模索しようとしていたが、生理的に無理な男に散々声をかけられたのだ。何も考えられなかった。
「おお、俺も聞きてえな。あんだけの強さ、どうしたら身につくんだ?」
(……どうしようか)
特に不正解でない答えなら、簡単に用意することが出来る。
だがレイドの中ではどうしても、グレンを超える答えを導き出したかった。
この男よりも下に位置することはどうしても許せなかった。
力では叶わないことはわかった。ならばせめて、考え方だけは自身の方が英雄に近いと、そう確信したかった。
それでも、時間は無情に過ぎてゆく。
さしてふさわしくない考えばかりが乱立し、答えをまとめるどころか、より一層の混乱がレイドを襲う。
「レイドさん?」
いつまでも答えを出さないレイドに、冒険者やグレンは心配そうに見つめる。
この時に怪訝な顔を見せず、心配する顔を見せられることは、レイドにとって非常に喜ばしいことだ。願ってもないことである。
同時に、プレッシャーでもあるが。
「僕がここまで頑張ってきたのは……」
意を決して、レイドは口を開く。
どれだけ考えても、適した考えなど浮かび上がらない。沈黙がこの場において最も悪手だということは理解できる。ゆえに、まとまらない思考でも答えを示さなくてはいけない。
混沌の中、レイドの導き出した答えは……
「笑顔が見たいんだ」
事実を述べることだ。
心の底からの願い、それを真摯に述べること。それがレイドの答えだった。
もっとも、パパの、という言葉を抜いた答えだが。
「モンスターを倒すことが、僕が頑張ることが笑顔につながると、そう信じているから頑張れるんだ。だから、強くなれたんだと思う」
なるほど、パパの、という言葉を抜けばレイドの考え方も立派なものだ。
グレンの解答は悲しむ顔を見たくないというもの。
レイドの解答は笑顔が見たいというもの。
大切な者の悲しみに耐えられない。大切な者の笑顔が見たい。
どちらも尊い行動理由であることに変わりはない。
その証拠に、
「なるほど……なるほど! 分かりました! つまりはそれも、大切な何かのため、ということですね!?」
冒険者の目の輝きが、レイドの解答を正解だと証明していた。
そのことにほっと胸をなでおろすレイド。
ここで一つの事実を得る。
パパの、という言葉を除けば、自分の考えは基本的に正解だという事実に。
「やっぱり大切な何かがないと、人は強くなれない物なんですね」
「……確かにそうだが、大切な物ってのはたくさんあるぞ?」
決意に燃える冒険者の言葉に、グレンが訂正を入れる。
「別に大切な何かを人間に固定する必要はないし、なんなら形のない物でも構わない。自分のプライドなんかも、大切な物にしていいんだぞ」
「プライド……ですか?」
「ああ、何よりも大切な物であれば、それは自分勝手な物でもいいんだ。己を奮い立たせることが出来れば、それだけで十分なんだよ」
「……そう、ですか……」
グレンの言葉に重みを感じる。
数多くの修羅場を潜って来たからだろう。
その言葉の裏に壮絶な過去の積み重ねがあり、それがグレンの言葉に重みを与えている。
この男の言葉は何も間違っていない。
そう確信させる重みが。
「なんにせよ、大切な物が何か知ることがスタートラインに立つってことだな」
話を締めくくり、グレンは街に戻ろうとする。それにつられ、他のみんなも歩き出す。
結局のところ、何かのために行動することが強くなる唯一の方法だと。
そうすれば勝手に頑張れるし、強くなってくると。
ただそれだけの理屈だ。
しかし、それだけというにはあまりにも簡単すぎる。
問題は、その大切な物のために命をかけられるかどうかだ。
グレンは誰も悲しまないことこそが幸福と考える。他者は自分以上に大切な存在だと。
誰かが傷つかないためならば、死地にも躊躇いなく踏み込むと。
レイドは父の笑顔を求めている。
その一人は自分以上に大切な存在だと。笑顔さえ見られるのならば死んでもいいと。
そこまでの覚悟が二人にはあった。
ただし、レイドの覚悟は非常に危うい。
たった一人だけのために戦う。その人のためなら死んでもいい。非常に強固なものだ。
その覚悟は死の恐怖を前にしても揺らぐことはないだろう。
……対価があれば、だが。
グレンは今までの戦いで数多くの悲しみを刈り取り、笑顔をもたらしてきた。
住民たちの心からの笑顔、対価は十分すぎるほどに得ていた。
だがレイドは一度も対価を得られていない。
父の言葉すら少ししか聞いたことがなく、笑顔など一度も見た事が無い。
得られることのない対価を望み、日々邁進する。
どれほど辛いことだろう。
いばらの道を歩いているのに、一切の対価も得られない。
ただの苦痛。生きながら地獄を味わっているに等しい。
この先に希望などない。レイドの覚悟は、いつか壊れてしまうかもしれない。
いずれその覚悟は、崩壊するだろう。
それは……最悪の形で……。




