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大切なもの

 レイドとグレン、そして四人の冒険者は森の中まで来た。

 木は生い茂り、視界はそれほど広くない。もしも道に迷えば長いこと遭難し、時には街に戻ることは出来ないほどだ。

 だがその時のために目印はある。所々の木に切り傷をつけ、目印とする。

 それを辿って行けばよっぽどの方向音痴でない限り、街に辿りつくことが出来る。


「ここらへんにアリゴブリンはいるのか?」


 先頭を歩くグレンが振り返り、レイドに問いかけた。

 聞くぐらいなら先頭を自分に譲れ、後ろについて来い。そう思いつつも、レイドは笑顔とともにグレンの質問に答える。


「うん、この先を言ったところに崖があって、その下にアリゴブリンの拠点があるんだよ」


「ふーん……なんで総攻撃をかけて絶滅させないんだ?」


「アリゴブリンは複数の拠点を持ってるんだ。いくら絶滅させようとしても湧いてきて、僕らが知らない拠点が他にもたくさんあるらしい」


「なるほどね、まあでもアリゴブリン程度、絶滅させるまでもないか。使い道もあるし」


「使い道?」


「なんだ、知らないのか? アリゴブリンの皮や骨は素材になるし、血液は薬にもなるんだぜ」


「へぇ……物知りなんだね」


「ま、これでも世界中を回ってモンスターを狩ってるからな」


 楽しそうに談話をしながら、一行は目的地まで進む。

 冒険者四人はレイドとグレンの会話に参加しようかどうか、しどろもどろとし、グレンはレイドとの会話を心の底から楽しんでいる。

 普段は多くの人間から崇められるほどの人間、こうして普通に会話することは少ない。

 だからレイドのように、自分を呼び捨てにしてフランクに接してくれることは新鮮で、素直にうれしかった。

 その会話相手のレイドは、


(はぁ……めんどくさい)


 少しでもいい顔を見せようとしているだけで、実際にはこの会話は面倒な物だった。

 世界規模の英雄に不快な思いをさせてはいけない、だが冒険者たちに遜る姿は見せたくない。

 絶妙なラインを見極めながら会話をすることは億劫でしかない。

 本来のレイドは、父とメイドと話すとき以外は基本めんどうだと感じてしまう人間だった。


「あああああの、グレンさん、レイドさん! 少しお聞きしたいことが……!」


 後ろからついてくる冒険者たちが、意を決して二人に話しかけた。

 グレンは笑顔で振り返り、レイドもまた笑顔で振り返る。

 二人の内心には大きな差があるが。


「なんだい? なんでも聞いていいよ」


「おお、俺で良ければ何だって答えてやるぜ」


 二人の満面の笑顔を見て冒険者たちの緊張が少し緩和したのか、さきほどのように無駄に「あああ」と連呼することなく、すんなりと質問をした。


「お二人は、どうしてそんなに強いんですか?」


 冒険者の目には憧れがあり、真摯な物だった。

 この質問に対する返答は自身の評価にも繋がると、レイドは気を引き締める。

 一体どう答えるのが一番よい返答なのか。

 正直に言う? 論外だ。

 レイドがここまで強くなったのは、英雄と呼ばれたいため。

 その根幹にあるのは、父に関心を持ってもらいたいという些細な物だ。

 そんなことを正直に言えば、拍子抜けもいいところ。

 レイドはこの端的な質問に苦悩した。が、グレンは間髪入れず、思ったありのままを伝えた。


「別に、特に理由はねえぞ? ただ目の前の敵を倒していったら、勝手に強くなっただけだ」


 参考にならない答え、レイドはグレンの言葉に少し安心した。


(そんな答えが正解なはずがない。見てみろ。みんな間抜け面で見ているじゃないか)


 グレンと、ついでに冒険者たちの顔にも毒を吐く。が、レイドの思惑とは外れ、冒険者たちは再び真摯な目を向け、さらなる質問を重ねる。


「どうして、目の前の敵を倒そうと思ったんですか?」


「は? どういうことだ?」


「グレンさんはすごく強いですけど、元からそんなに強かったわけじゃないですよね?」


「まあな。冒険者を始めた頃は、どこにでもいるただの冒険者だったな。多分、今のお前らよりも弱かっただろうな」


「けど、グレンさんは自分よりも強い相手に立ち向かってきたんですよね? そうやって強くなったんですよね?」


「そう……だな。自分よりも明らかに強い奴と戦ったことは結構あるな。というか、常に俺よりも強い奴らだな。モンスターは人間なんかと比べ物にならないほどの強さだし」


「どうして、立ち向かえたんですか?」


「ああ、そういう質問か」


 グレンは納得したような声をあげ、冒険者たちの質問に答える。


「単純に、守りたいものがあった。それだけだ」


「守りたいもの……ですか?」


「自分の命よりも大事なものがあった。だからどれだけ強い相手だろうと立ち向かうことが出来たんだ。そして、守るために戦ってきたからこそ、俺は死なずに今日まで生きてこれた。知ってるか? 人ってのはな、自分のためより、誰かのために戦う方が強いんだぜ」


「……なるほど! つまり強くなるためには、大事な物が何かを知らなきゃいけないということですね?」


「そうだ。自分のために戦うんじゃない。大事な何かのために戦おうと思ったとき、人は強くなれるんだ」


 グレンの言葉に、冒険者たちは目を輝かせて頷いた。

 なるほど、大層ご立派な考えだ。

 戦うのはあくまでも誰かのため。うむ、英雄と称えられてもおかしくない、この質問における最適解なのかもしれない。

 だがレイドに言わせればそんなもの、偽善でしかなかった。


(誰かのためなんて、結局は自分のためじゃないか)


 大切な何かが傷ついたら悲しい、だから戦う。

 それは人のために戦っていると、そう錯覚してもおかしくない。

 だが違うのだ。誰かのために戦うというのは、自分のためだ。

 ただ単純に、悲しみたくないから戦う。

 偶然、偶々、グレンは人の悲しむ顔が耐えきれない人間だっただけのこと。

 ただそれだけなのだ。決して誰かのためなんかじゃない。


「ありがとうございます、グレンさん。僕たちもこれから、大切な何かを見つけ、精進します!」


(……無理だよ)


 決意に燃える冒険者たちの言葉を、心で否定する。

 大切な何かなど、見つけるものではない。気付くものなのだ。

 それが何か知ろうと行動すること、その動機が自分の強さのための不純なものなれば、決して本当に大切な何かに気付くことなどできない。

 そう、永遠に。


(僕の大切なものは……決まってる)


 なによりも、誰よりも、父が大切だ。

 たとえ一切の関心を持たれなくとも、冒険者という稼業を続けながら一片も心配されなくとも、レイドにとってたった一人の家族なのだ。

 父に振り向いてもらうために英雄を目指し、強くなったのだ。


「レイドさんはどうしてそんなに強いんですか?」


(パパに見てもらいたいから!)


 一切の思考が入る余地などなく、レイドは即答する。口に出さない、心の中の即答だが。

 英雄を目指しているのに、父に関心を持ってもらいたいなど口が裂けても言えるはずがない。

 もしも全てを話す時が来たのなら、それは父が自分を見てくれた時だけだ。

 ゆえに、レイドは正直になど話さない。


「……みんな、目的地に着いた。その話は後にしよう」


 ちょうどいいタイミングで目的地にたどり着いた。

 レイドはこの戦闘中に冒険者からの質問、なぜそんなに強いのかという問いの答えを模索する。最適解でなくとも、ちょうどいい解答を求め。


「グレン、先に行っていいよ」


「いいのか?」


「もちろん。グレンがここに来た理由は気晴らしでしょ? だったら、一番槍は君にあげるよ」


「そうか……そんじゃ遠慮なく、暴れさせてもらおうか!」


 グレンは剣を構え、アリゴブリンの群れの目の前に立った。敵を視認したアリゴブリンもまた武器を手に取り、応戦しようとする。

 敵の総数は五十体ほど、普通の冒険者にとっては絶望的な戦力だが、グレンにとってはアリが集っているのと大差ない。いくら数がいようと、アリが人間に勝てる道理などない。


「よっしゃあ! ぶっ倒すぜ!」


 敵の群がる地へと何の躊躇もなく踏み入れるグレンに、それを目の当たりにした冒険者は憧れの気持ちをより一層強くした。

 自分たちでは絶対にできない芸当を難なく行う強者に、畏敬の念を抱く。

 いつかこのような戦士になりたいと、夢を見る。

 たとえどれほどの年月をかけてもたどり着けない高みであると理解していても、夢を見ずにはいられない。

 それほどまでに鮮烈で、鮮やかな物だった。

 しかしレイドは、グレンの行動にいら立ちを感じていた。


(まるで本気じゃない)


 レイドから見て、グレンの行動は適当なものとしか映らなかった。

 油断、慢心、驕り、それゆえグレンは何も考えず、ただひたすらに剣を振るう。

 力任せの雑な攻撃、確かに強力だ。まともに受けて立てば骨に異常を来たすものだということは容易に想像できる。が、雑は雑だ。どれだけ強力かつ速度のある攻撃であろうとも、ああも単調な攻撃、レイドの実力があれば簡単に受け流すことが出来る。

 常に英雄を目指し必死にもがくレイドからすれば、適当な戦いを繰り広げ、それでいて冒険者たちの羨望のまなざしを受けるグレンは、ただただ腹立たしかった。


「うおりゃああああ!」


 まだ五分も経っていないというのに、五十匹いたアリゴブリンはすでに十以下になっていた。このまま進めば、あと二分もかからず終わってしまうだろう。


「やっぱすげえなあ、グレンさんは。俺だったら一分でミンチだよ」


「ホント、私は一体も倒せずに逃げ出していたでしょうね」


(……あんな適当なのに)


 ロクに頭を働かせず、ただ強いという噂があるから、曇った眼で戦いを見守る冒険者が腹立たしい。

 適当に戦いながら羨望されるグレンが妬ましい。


(これが……本物なのか)


 いら立ちはする。だがこれも英雄の在り方としてはありなのか、もしくはこれこそが英雄の在り方なのかもしれないと、参考にはする。

 したくないことをするのには慣れている。

 たとえむかつく相手だとしても、吸収できる物があるのならすべて吸収し、己の糧とする。

 グレンのような生まれながらの英雄ではなく、英雄の器を持たないレイドが英雄になれるとしたら、プライドを捨てることは必須だった。

 英雄になれるのなら土下座をしよう。靴を舐めよう。裸で踊ってもいい。

 もしそれが本当に自身の望む英雄になれるものだとしたら、なんであろうと実行する覚悟はあった。たとえ自己を限りなく傷つける行為も、容赦なく行おう。

 それで父が自分に関心を持ってくれれば、安い物だと。

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