その手で、握ってくれたから
オーク。漢字で書くと豚鬼。
俺はこの呼び方があまり好きではない。
なぜなら豚さんは可愛いから。
俺たちは、悲しい事に豚肉を食べる。でも、だからといって命を奪って生きる事に対する敬意と感謝を忘れたことは無い……と思う。
それと比べたらなんだコイツは。食べる訳でもなく本能のままに襲い、殺す。個体によっては女を犯すやつまでいるらしい。見た目だって醜悪だ。
こんな奴を豚鬼と呼ぶのは豚さんに失礼極まりない。名付けた奴、反省しろ。そして全国の豚さんに謝れ。
「彼方、多分コイツは上位豚鬼だ。俺と二宮でやるから、荷物とたぬ子を頼む」
「任せて。でもサポートする時は合図するからなるべく動くなよ」
「まあまあ、ハイオークでしょ。楽勝楽勝♪」
「油断するなよ。豚鬼系はタフさが売りだからな。来るぞ!」
「グオオオオォ!」
自分を鼓舞するようにオークが吠えた。
コイツら系はいつもそれだ。大声をあげて相手を威嚇することしかできない。高ランクモンスターといっても、そこいらのチンピラ共と同程度の脳みそしかないのだ。
「じゃあ先制攻撃、いっくよー! 魔弾六連、点火——」
絵里が右手を水平に払うと、描いた軌跡から光の矢が煌いてオークに襲いかかった。
絵里の異能は《魔弾の射手》。
魔力の矢や弾丸を生成し、相手に放つ。貫通弾、炸裂弾、拘束弾、閃光弾、牽制弾など、弾種の切り替えも自由自在。
しかも、およそ数十メートル先までなら狙った場所へ高精度で撃ち込める。素晴らしく応用が効き、使い勝手も申し分ない異能だ。
今のはスピードから察するに牽制弾だろう。腹から頭に満遍なく矢が叩き込まれる。
ハイオークといえど、無傷じゃ済まない。
「よし、勝ったー! って、あれ?」
「油断するな絵里!」
予想が外れた。
思ったよりもてんで浅い。
僅かによろめいたのも、効いたというよりは驚いたといった感じだった。
流石に今ので倒せるとは思っていなかったが、コイツは想定よりもずっとタフみたいだ。
そして今の攻撃で脅威ではないと感じたのか、オークは絵里に狙いを定める。
「わっ、こっち来ないでよ!」
「オーライ!」
すかさず宗平がカバーに入った。
割って入った宗平を目掛けて、オークが棍棒を振り下ろす。
《闘気》——。
宗平の身体と盾に黄色いオーラが迸る。
武具に纏わせれば硬く、鋭く。
肉体に纏わせれば強く、速くなる。
単純だけどだからこそ強い。前衛最強クラスの異能。
「……この、豚が!」
ズシリ、と足が地面にめり込むほどの一撃を何とか受け止め、盾で押し返す。
そしてオークが押し返された瞬間の隙を突いて、すかさず持った剣で足を切りつけた。
が、これも浅い。
恐らく腱を切るつもりだった筈の一撃は、薄皮一枚程度を裂いただけだった。
「硬ってえ!」
これでハッキリした。
宗平の《闘気》を乗せた一撃でも致命傷を与えられないとなると、コイツは多分ハイオークのもう一段上、豚鬼長だ。タフさだけなら相当なものだ。
少しだけ亜人少女を見る。
なんでこんな浅い所に……なんて考えてる暇はないか。このままでも勝てるけど、この子もいるし、長引かせるのは良くないよな。
「二人とも! 俺も手伝うから一旦集合!」
大声に少女がビクッ、と震えたので慌てて振り返ってごめん、とジェスチャーする。
多分意味は分かってないだろうが、目が合うと少しだけ安心が伝わってきた。
二人がこちらに背を向けたと同時に、案の定オークがこちらに走ってくる。バカな奴……隙だらけだ。
「《空気圧縮》——紙切」
その瞬間、突進してきたオークの足の指が突如として落ちる。
「ギ? ギャァアアアァーー!?」
そりゃあいきなり足が千切れたらパニックになるよな。そう、俺の仕業だ。
今あいつは、不可視のギロチンに自分から足を置いた。その太った体で爪先に体重を乗せたら、当然そうなる。
そして俺の異能、《空気圧縮》は一定範囲の空気を固めて、好きな形で好きな場所に置ける。固めた空気は俺以外には見えない、という味方にも厄介な異能だけど……こうして無策で突っ込んでくる敵には最悪の初見殺しになる。
指が落ちて慌てたオークチーフがよろめく。
残念。
そこも罠だ。
今度は途端にザックリと腕が裂けた。悲鳴をあげながら尻餅をつくと、今度は太腿に刃が刺さる。どこに何を置けば、どういう反応をするのか、それを先読みして幾つものトラップを設置してある。
目の前の相手はおののきながら逃げ場所を探し、より深い傷を負っていた。どこに逃げようがこの檻からは出ることができない。
お前は何が起こってるのか理解出来ないまま死ぬ。俺に出来るのはせめてその最期をきちんと見届けてやることくらいだ。
「絵里、悪いけど……トドメを刺してやって」
「……任せて」
絵里は力を貯めると弓矢の構えをとって光刃を束ねる。流石は元弓道部、何度見ても美しい構えだ。
光の矢を耳の後ろまで引いた後、ふっと手を開く。放たれた光の柱は一直線で、血塗れでのたうち回っていたオークの頭を消し飛ばした。
残された身体がビクン、と一度跳ねて、その動きを止める。
俺たちの勝ちだ。
っていうか、俺が殺した。
「うっ……」
張り詰めていた空気が緩んだせいか、急に血の気が引いた。吐き気と眩暈がする。気圧のせいだろうか。頭も痛い。
「……ゴメン、ちょっと貧血かも」
それだけ言ってその場に倒れ込んだ。
目が赤くなるのを宗平たちになるべく悟られないよう、腕で隠す。
あー……やっぱり俺、探索者向いてないのかも。人がモンスターを殺すのはなんとも無いのに、自分が殺したと思ったらすぐこれだ。本当、卑怯で嫌になる。
「あー、う?」
「え?」
その声が聞こえると同時に、顔の上に置いた手にじんわりと熱が伝わった。
思わず目線を上げる。さっきまで壁に張り付くように座り込んでいた亜人の少女が俺の手を両手で包み込んでいた。
彼女の大きな目には、心配な色が浮かんでいた。
でもその心配はきっと、さっきまでとは少し違う。
「わう」
「はは、ごめん。何言ってるか分かんないよ……」
口をついて出た声は、震えていた。
何言ってるか分からないなんて嘘だ。
だってこんなにも伝わっている。彼女は俺を慰めてくれている。痛みに寄り添おうとしてくれている。
きっと君の方が俺なんかより何倍も孤独で、何倍も辛かっただろうに。
「でも、ありがとう……」
顔の上の手はどけられなかった。
そして俺が泣き止むまで、少女もずっと俺の手を離さなかった。




