女神の依頼
18歳の青年、アマチュア探偵・本花尋夢は、自宅の玄関前で立ち止まった。
ドアの向こうから、押し寄せるような圧迫感を感じ取ったからだ。
彼にとってあまりに馴染みのある、その圧迫感を。
何度も迷った末、思い切って息を吸い込み、ドアを開けて中へと足を踏み入れた。
「ベイビー、おかえり〜〜」
リビングの中央には、いつものローテーブルは消えていた。
代わりに置かれていたのは、高級そうな沈香木のデスクと革張りの椅子。
そこに、金髪のウェーブがかった長身の女性が、肘をついてほほえみかけている。
目は細められ、声にはほんのりと甘ったるい響きが混ざっていた。
彼女のスタイルは抜群で、黒いスーツが魅惑的な曲線を描いていた。
「……ルシフィット大人」
「あらあら、つれないね〜。『ママ』か『お姉ちゃん』って呼んでくれてもいいのに?」
「……何か御用でしょうか」
ルシフィット――その存在を知る者は誰もいないが、確かにこの世界を創り上げた創造神である。
尋夢は前の事件の終盤で彼女に出会い、決定的な助力を得た。文字通り、形勢を逆転させてみせたのだ。
以来、彼女はしょっちゅう尋夢の家を訪れるようになった。最初のうちは尋夢も熱心にもてなし、数々の未解決の謎を彼女に尋ねたものだ。
「ルシフィット大人、この世界に本当に幽霊はいるんですか?」
「いるよ。」
「宇宙人は?」
「いるよ。」
「マン・モスは?」
「まだいないね。でも見たいなら、ひとつ作ってあげようか?」
しかし次第に女神の訪問は頻度を増し、距離感もなくなっていった。
そして彼女のわがままな一面が徐々に明らかになるにつれ、尋夢も薄々感づき始めていた――この神様、この世界を創った神様は、どうも良い神様ではないのではないか、と。警戒心を抱くようになったのだ。
ここ三か月、彼女は姿を現さなかった。そのため主人公はほっとしていた(「ああ、ようやく俺に飽きたか」)。気楽な三か月を過ごし――そして今日に至る。
「とにかくさ、ベイビー。君、銃に興味ある?」
「……銃ですか?」
「銃。
群青の腔線の中には
一万回の日の出が潜んでいる
あなたは安全装置の向こうで黙し
稲妻の刃を山脈のように収める」
「いえ……銃くらいは知ってますよ」
「知ってるだけじゃ全然足りないよ〜。ママはね、すごく厄介で急ぎの案件を抱えてるんだ。君に別の世界で調査してもらいたいの。向こうの人たちは銃が大好きだからね。」
「無理ですよ。もうすぐ中間テストなんです」(べ、別の世界……!)
「ママのお願いだから〜」
「本当に無理なんです〜。今回のテスト、すごく大事なんですから〜」
「こっちの世界の時間は止めてあげる。」
ルシフィットが突然真剣な表情を見せたので、尋夢もこれ以上は断れなかった。
「わかりました……ルシフィット大人。」
「いいベイビーだね〜。でも、あっちの世界で一人で生きていくのは難しいだろうし、探偵業もね。だからママが助手兼・お世話役を用意してあげたよ。……起きて、カックリー〜」
ルシフィットが身をかわして足をどけると、デスクの下から一人の少女が這い出てきた。
十八歳ほどの、茶色い瞳の少女である。
灰白色の長い髪――いや、長い髪というより、むしろ静電気を帯びた爆発したようなもじゃもじゃの雲だ。
毛先は重力に逆らうほどに広がり、それぞれがばらばらの方向へと跳ねている。まるで小型の腔内爆発に巻き込まれた直後のようでありながら、その乱れの中に不思議な調和が保たれている。
白いセーターと灰色のプリーツスカートのほこりを軽くはたいてから、彼女はすぐに決めポーズをとった。
「よっ。」
「この子がカックリー・ライフリング・トリガーフィールド。ママの親友なんだよ。でも『おばさん』って呼ばなくていいからね。」
「呼びたければ呼んでもいいんだよ? 恥ずかしがらなくて大丈夫だから〜」
このトリガーフィールドという少女が、八重歯を見せてさわやかな笑顔を浮かべた。
「あ、ああ……これからよろしくお願いします。じゃあ、今から荷物を――」
「荷物はいいからね〜」ルシフィットが尋夢の言葉をさえぎる。
「ママがもう詰めといてあげたよ。短パンにタオル、歯ブラシ……さあ、今すぐ出発しよう!」
「今すぐですか!?」
「こっちはもう待ったなしなんだ。」
指を鳴らすと、灰色のゲートが空気の中に現れた。
カックリーがスーツケースを提げて尋夢をゲートの中へと押し込む。
その後ろで、女神は手を振りながら笑顔で見送った。
「ちゃんとご飯を食べるんだよ〜」




