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五人の悪役令嬢  作者: 九葉(くずは)
ソフィア編

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第7話 それが問題です

証拠は、一通の封書に入っていた。



差出人は不明。消印はクラウディア王都。宿の女主人が「朝届いていた」と渡してくれた。


封を切る。中身は帳簿の写し。数字の羅列。日付と金額と──聖女マリアベルの名前。


わたくしは蝋燭を近づけて、数字を追った。


神殿への奉納金の記録だ。ただし公式の帳簿ではない。公式帳簿と照合するための裏帳簿──つまり、公式には存在しない資金の流れが記されている。


奉納金の一部が、聖女の私的な口座に流れている。金額は小さくないが、巨額でもない。月に数十リーゼ。年に換算すると──


(……これは)


断罪の前から追っていた案件だった。


七年間の情報網運営の中で、聖女の資金の流れに不自然な点があることは掴んでいた。神殿の奉納金と、マリアベル個人の支出が、微妙に連動している。けれど証拠が足りなかった。帳簿の原本にたどり着けなかった。


それが今、写しとはいえ手元にある。


誰が送ったのか。わたくしの元情報網の誰かが、まだ動いているのか。それとも──


(考えても分からない。今は、この帳簿が本物かどうかを検証することが先よ)



三日間、宿の部屋に籠もって帳簿を分析した。


日付の形式。使用されている通貨単位。金額の端数処理の癖。記帳の筆跡──複数人が書いている。少なくとも三人。これは組織的な記録だ。


前世で学んだ帳簿分析の基本。数字は嘘をつかない。ただし、数字を並べる人間は嘘をつく。だからこそ、数字そのものではなく、数字の「癖」を見る。端数の処理。桁の揃え方。記帳の順序。──この帳簿の書き手は几帳面だ。意図的に残した記録だという印象を受ける。


奉納金の公式記録は、港の商人ギルドを通じて入手できた。大きな祭事の奉納額は公開情報だ。公式記録と裏帳簿を照合すると、差額がある。毎月、一定額が「消えて」いる。


消えた金の行き先は──この帳簿の写しによれば、マリアベル個人の支出に充てられている。衣装代。宝飾品。そして「支援者への謝礼」。


支援者。


(……マリアベルの権力基盤を支えている貴族たちへの謝礼。つまり、奉納金で買収をしていた)


帳簿を閉じた。


記事にできる。この帳簿と公式記録の差額を示すだけで、「聖女の管理する奉納金に不明な支出がある」という事実を報じることができる。断定はしない。数字を並べるだけでいい。


けれど──


記事にすれば、聖女の権力基盤を揺るがす。反撃が来る。今まで以上の圧力が。この小さな印刷所に。


そして、情報源の安全。この帳簿を送ってきた人間を、特定されないようにしなければならない。


(情報は出すタイミングが全てだ。──いつ出す? どういう形で?)



考えがまとまらないまま、印刷所に向かうと、オスカーが待っていた。


第八号の定期確認。紙面をいつも通りチェックし、「問題ありません」と言い──そのまま帰るかと思ったら、席に座った。


珍しい。普段は立ったまま確認して帰る。


「……少し、話があります」


オスカーの声がいつもより低い。


「管理局の内部で、あなたの新聞を問題視する動きが出ています。港湾情報を超えた内容が増えているとの指摘が──正式な調査が入る可能性があります」


「調査というのは?」


「最悪の場合、発行停止命令です」


空気が冷えた。


発行停止。一枚の紙切れで、ここまで積み上げたものが消える。断罪の夜と同じだ。権力者の一声で、七年間の仕事が──


(……いいえ。同じではない。あの時と違って、今のわたくしには読者がいる)


「それで、オスカーさん。あなたはわたくしに何を伝えに来たんですか。発行停止の予告ですか? それとも──」


「事前通告ではありません。管理局の検閲官として、法的に問題のある記事がないかを確認しに来ただけです」


「今の号に問題は?」


「ありません」


「では次号も、法的に問題がなければ?」


「通します」


オスカーの目がわたくしを見た。表情はない。けれど──目の奥に、何かがある。


「ただし」


「ただし?」


「もし今後、大きな記事を出すつもりなら──法的に完璧な形で出してください。一点の瑕疵もなく。さもなくば──」


「さもなくば、検閲する?」


「検閲します。それが私の仕事です」


沈黙が落ちた。


わたくしはオスカーの目を見た。まっすぐな目。法の番人の目。──けれど、その目は「やめろ」とは言っていなかった。


「記事にするなら、法的に完璧な形で」。


それは警告であると同時に──


(……「やれ」と言っているのね。あなたは)


「オスカーさん」


「はい」


「あなた、検閲官に向いていませんわね」


オスカーの耳が赤くなった。


「……うるさい」


初めて聞いた。この人の、仕事以外の語彙。


わたくしは笑った。声を出して。フランツが奥から「何がおかしい」と怒鳴った。



オスカーが帰った後、帳簿の写しを机の上に広げた。


法的に完璧な形で。


一点の瑕疵もなく。


それはつまり──裏取りを徹底し、全ての数字に根拠を示し、法令に抵触する表現を排除し、名誉毀損にならない書き方で、事実だけを並べるということだ。


できる。前世で何度もやった。調査報道。数字と証拠で構成する、反論の余地のない記事。


ただし、一号では出さない。


(連載にする。三回に分けて。読者が自分で真実に辿り着くように構成する。前世の雑誌でやったことと同じだ。一話完結じゃない。読者を引き込んで、最後まで読ませる)


ペンを取った。構成案を書き始める。


第一回──五人の令嬢の功績と、聖女の「奇跡」の実績。事実の羅列。読者にまず「五人は何をしていたのか」を知ってもらう。

第二回──奉納金の公式記録と、不明な支出の存在。数字の対比。疑問を提示する。

第三回──「支援者への謝礼」の意味。聖女の権力構造の全貌。読者が自分で結論に辿り着く。


前世の調査報道の鉄則。結論を記者が押しつけてはいけない。事実を並べ、読者に考えさせる。怒りも判断も、読者のものだ。


三回分の構成が、頭の中で組み上がっていく。前世で何百号も作った雑誌の、あのリズムが蘇る。


(これはわたくし一人の復讐じゃない。五人全員の七年間を、正しい形で世に出すための記事だ)


蝋燭が二本目に移った。


窓の外は闇だ。けれど、港の灯台の光が一定の間隔で回っている。


光は止まらない。闇の中でも、ただ回り続ける。


──わたくしの記事も、そうありたい。

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