第31話:魔王討伐2ー⑨/千の魔核
「思ったより鈍間だな、骸騎王」
意図的に挑発するよう口角を上げ、文楽は短剣を構える。
だが、顔が骸骨ゆえに骸騎王の表情は読めなかった。
骸騎王は機械的に逆手で槍を持ち直すと、肩の上で構えて投擲の姿勢を取る。
構えて一秒にも満たないタイミングで、槍の矛先がバチバチと激しい音を鳴らし始めた。気づけば槍全体が青白い雷電に包まれ、その本領を発揮しようとしていた。
『――必中の神槍』
底冷えする声で骸騎王は唱えた。
その詠唱で、骸騎王の周囲には青白い雷撃だけで構成された槍がいくつも出現する。その数は十や二十ではなく、五十は優に超えていた。
「来たか……必中の神槍」
これだ、この厄介極まりない神槍が、一体どれだけのゲーマーの心をへし折ってきたことだろうか。あまりの懐かしさに、そして現実であの神槍を拝む日がきたことに、文楽は思わず口元を弧にしていた。
ゲームを始めた当時の文楽も、この神雷属性が付与された槍に何度も泣かされたものだ。
この攻撃は避けることができない。全ての槍が、必ず狙った相手に必中する。しかも当たれば下等勇者など即死だし、上等勇者でも三度浴びれば死ぬだろう。
さらにどんなに回避が得意な勇者だとしても、絶対に避けきれない攻撃なのだ。こんなの序盤で出していい魔王なわけがない、他のゲームなら間違いなく苦情が殺到するだろう。
だからどうにか勝つ方法がないか、と多くのゲーマーが頭を悩ませたものだ。
神槍に耐えられる耐久値の高い勇者と回復適性の高い勇者がでるまでリセマラしたり、雷への耐性を持つ武具をあちこち探し回ったり、避雷針でどうにかできないかとフィールド内の環境を利用してみたりと。
そうして何度も何度も何度も――英雄廃人たちが試行錯誤してたどり着いたのが、この方法だった。文楽もこの方法を知ってからは、これ以外に勝つ方法などないと思っていた。
ウエストバッグから硬貨サイズの魔核を取り出す。
掌にそれを乗せて「リリース」と呟くと、魔核が拳サイズの元の大きさへと戻ったのだ。
魔核の大きさを一時的に小さくしてくれたのは、佐々原たちの拠点にいた勇者の一人だ。
物の大きさを一時的に小さくする――最小化というスキルを所持していたことで、骸騎王との戦闘がだいぶ楽になりそうだった。最小化は一日に使用できる制限回数は存在するが、それでもこうしてウエストバッグに収まるほどに小さくなり、携帯性が増したのはありがたいことだ。
とはいえ現在携帯しているのは五十程度だけだ。
手元の在庫が無くなってしまえば、新しく補充する必要がでてくる。
あくまでこれは今をしのぐための一時措置に過ぎない。
『――ッ!』
骸騎王構えた神槍をほんの僅かに動かすと、矛先が文楽を捉えた。
(ここだ)
文楽は冷静に考えながら、タイミングを合わせて魔核を前に突き出した。
何度も戦った相手だ、攻撃のタイミングや小さなモーションは全て頭に入っている。タイミングさえ間違わなければどうってことない。
無数の雷撃槍での攻撃が文楽を襲う。
轟音を響かせながら空気を切り裂き、全ての雷撃槍の矛先が文楽の胸元目掛けてやってきた。
全弾――魔核へと直撃した。
『――ッ!?』
自分の真骨頂である必中の攻撃が受け止められたことで、骸騎王は動揺していた。
骸騎王の瞳には全くの無傷で佇む男が映っていて、その手には攻撃を一身に引き受けて黒焦げになってぷすぷすと煙を立てる魔核が残っていたのだ。
「あーあ、ダメになっちゃったじゃないか」
挑発するように、文楽は黒焦げになった魔核をぽいっと地面に捨てる。
避けられないならば、身代わりを用意すればいい。
これが英雄廃人たちが出した、最適解だった。
結果として骸騎王のゲイ・ボルグによる雷撃槍の必中攻撃は、攻略されたのだ。魔核さえ手元にあれば、何度だってその攻撃を回避できるのだから。
まだウエストバッグの中には、数十個の魔核がある。
「さあ、反撃といこうか」
短剣を構えて、文楽は駆け出す。
辿り着く間に再びゲイ・ボルグを唱えた骸騎王は、もう一度必中の範囲攻撃を放ってきた。
文楽は反射的にウエストバッグから魔核を取り出す。
先ほどと同じように魔核を身代わりにして、その攻撃を難なく回避した。
邪魔だと言わんばかりに骸騎王に向かって、投げる。
ハエでも追い払うように骸騎王はそれを振り払う。
しかしほんの一瞬骸騎王が目を離した隙を狙って、文楽は足に全力の力を込めて地面を蹴った。気がついたときには骸騎王の懐に入り、場所を悟られないようにできるだけ姿勢を低くする。
短剣を骸騎王に向かって突き出し、武器の固有能力を使用するための詠唱をする。
「――罪の解放」
短剣から解き放った極太のレーザーは、骸騎王に直撃した。
しかし鎧に当たったそれは、反射してあらぬ方向へと飛んでいき、遠くにあったビルの外壁に大きな穴をあけていた。
肝心の骸騎王は、まったくの無傷でそこに堂々と佇んでいる。
(この個体は『乱反射型』か)
現象を瞬きせずに観察し、文楽は情報をインプットしていた。
骸騎王の纏うあの白銀の鎧は、物理も魔法も特殊攻撃も全てを反射する効果を持つ。
遠距離はおろか、近接での物理攻撃も反射され力を外側へと跳ね返されてしまう。
その跳ね返す方向はリセットされるたびに変わるため、このタイミングで検証する必要があったのだ。力のベクトルを逆にする反転型の個体や、加えられた力を吸収し自動追尾攻撃に変換するカウンター型の個体や、今回のようにランダムで方向を跳ね返す乱反射型の個体が存在する。
その中でも一番厄介なのが、今回の「乱反射型」である。
全ての事象に乱数が設定されているので、運要素がどうしても加わってしまうのだ。
(だが……これで攻略の道筋は確定した)
ひと通りの検証を終えると、文楽はバックステップで一時距離を開ける。そのまま骸騎王を警戒しながら、ひたすらに西側へと走り出す。
骸騎王はターゲットになった文楽を猛スピードで追ってきた。
(よし、ついてきたな。しっかりタゲ取りは成功だ)
骸騎王の行動を一つ一つ分析していた文楽は、さらに加速した。
走って逃げる間も絶え間なくゲイ・ボルグが召喚した雷神槍が襲ってくるが、タイミングを合わせて手に持つ魔核を消費して難なく回避する。
その攻防を繰り返しながら一キロほど走ると、ようやく目的地に到着した。
そこは歌舞伎町のあたりだった。
道端のあちらこちらには魔核が適度に隠されており、見渡す限りでも十個はありそうだ。
(しっかりと仕事はしてくれたみたいだな)
計画が順調に進んでいることで、文楽はほっと胸を撫でおろしていた。
文楽が骸騎王を引きつけている間に、佐々原たちは新宿のあらかじめ決めたスポットに大量の魔核を仕込んでおいてくれたのだ。
周囲を観察していると、何をよそ見していると言いたげなタイミングで、背後から雷の神槍が十本ほど襲ってくる轟音が聞こえてきた。
文楽は路地裏に見つけた魔核に対して、即座に手を伸ばしていた。
スキル――鹵獲解体を発動し、地面に落ちていた魔核を手元に引き寄せる。振り返って背後に突き出すと、雷撃の槍の身代わり人形として使用することに成功する。
そう、これでいい。
千回――いや、それ以上の攻撃はこれで完全に無力化できる。
文楽が骸騎王を引きつけ対峙している間に、佐々原たちに魔核を要所に配置してもらうだけでいいのだ。そうすれば三日間の鬼ごっこは、ほぼ文楽の勝ちと言っていい。
黒焦げになった魔核を放り投げ、文楽は再び短剣を構えた。次は逃げるだけじゃなく、攻勢にでるときがきた。足に目一杯の力を籠め、骸騎王に向かって短剣を振りかざす。
その単調な攻撃に対し、骸騎王はゲイ・ボルグで防いできた。
つばぜり合いになる二人は、お互いに笑っていた。
骸騎王は好敵手と出会い、それに高揚した騎士の笑みだった。
対して文楽は違った、どこまでも勝つことしか考えていない不敵な笑みだった。
神話級スキル――呪い之王、発動。
体中から勢いよく呪いの煙幕を吐き出すと、骸騎王を一瞬で包み込んだ。
「騎士道なんてクソ喰らえだ」




