第29話:魔王討伐2ー⑦/時差と苦悩
合計で五十七人の手駒を手に入れたことで、文楽の攻略は想像以上に捗っていた。
初日は百と少しの魔核を手に入れて、その日を終えようとしていた。
一人であったならば一日で三十~五十の魔核入手が限界だっただろう。たとえ小神たちの手を借りたとしても、これほどの効率で魔核を集めることは難しかったはずだ。あらためて人海戦術の凄さを身に染みて感じた一日だった。
その日の夜、文楽は一斗缶で焚かれた火の前で無造作に座っていた。
彼らが食料を大量に調達してきてくれたので、いつぶりかのまともな食事――とはいってもほとんどが缶詰だが、栄養価の高い食事を摂っていた。
「よく食うな」
斜め横でキャンプ椅子に座っていた佐々原が、渋い声で言ってきた。
ここには文楽以外に佐々原とその側近の三名が火を囲っていた。興味深そうに彼らは文楽の食事風景を見ていて、感心するような表情をしている。
それも仕方ないことだろう。
なにせ、すでに文楽は十個以上の缶詰を開けてもなお、その手を緩めることがなかったのだから。その細い体のどこにエネルギーがいっているのだ、そう問いたい瞳で文楽を見ていた。
その興味津々な視線に気がついた文楽はぶっきらぼうに答える。
「まともな食事は三週間ぶりだからな」
その言葉を聞いて、佐々原は疑問符を浮かべていた。
「どういうことだ? 拠点でも最低限の食料は出てくるだろ。パンやサラダに、牛乳なんかも最近は支給されるようになった。一週間に一度はレーションのカレーが出てくるぞ」
「そりゃ、そっちは勇者の数が多いからな。俺たちはまだ堅パンと水だけだ」
拠点の施設開放や支給アイテムは、魔王討伐の進捗と勇者の数など様々なパラメーターによって決定されている。佐々原の拠点は魔王討伐1を攻略し、そして勇者の数も五十七人と、中規模拠点へ片脚突っ込んでいるくらいには大きい。つまり、解放されている拠点の要素が異なり、食料もそれに付随して質が高かったのだ。
こと食料においては、文楽たちの拠点では水でふやかさないと食べられないほど堅くて、味もあまりおいしくもない戦時中のようなパンが唯一支給される食料だ。それ以外には無限に飲める水しか口に含むことはできない。加えて、前回の魔王討伐1ではフィールドが山中ということもあり、ゲームに召喚されてから初めて食べるまともな味のする食事がこれだった。
がっつくのも頷ける。
「待て……まさか、嘘だろ?」
食料の情報を聞いて、佐々原は驚いていた。ありない可能性が脳裏をよぎった。
文楽は他と比較できないほどに強い、特等勇者である佐々原すら片手でひねりつぶせるような強さをもっている。だからこそ、文楽の仲間たちが容易に死ぬとは思えなかった。だが魔王討伐1を攻略した――佐々原たちよりも少ない勇者の数で。
思わず、缶詰を頬張る文楽へと尋ねる。
「神々廻はいつからこのゲームに参加している?」
「だから言っただろ、三週間ぶりだって」
「…………ありえん。そんなことがありえるのか?」
佐々原と三人の側近たちは、驚きのあまり言葉を失っていた。
たった三週間であの強さまで成長し、そして魔王討伐1を攻略して彼は魔王討伐2に参加している。非現実的な言葉に思わず、側近の一人――嬉野が反応する。
「横からすみません。神々廻さんが召喚されたのは三週間前ですよね……その前に誰か勇者はいましたか?」
「質問の多いやつらだな。何が聞きたいんだ、回りくどい。結論から言ってくれ」
度重なる質問で、文楽は手を止めて彼らを睨みつけていた。
食事を貰えたので気分よく質問に答えていたが、延々と質問されることに飽き飽きしていたのだ。
そんな文楽の雰囲気を察し、嬉野は即座に言葉の表現を変えた。
「神々廻さんがたったの三週間で強くなった方法を知りたいと思いました」
その言葉を聞いて確信した。
おそらく佐々原たちは、文楽と同じタイミングでこの世界に召喚されたわけではない。
彼らはもっと前からこのゲームに参加し、命のやりとりをしてきたのだ。薄々今までのやりとりでそうかもしれないとは思っていたが、彼らの反応を見て確信に変わった。
文楽は割り箸を置くと、彼らに目線を合わせた。
「少し情報交換をしようか。俺もこの世界について知りたいことが増えた」
◆
佐々原たちの拠点にいる最古参の男は、側近の一人だった。
彼の名前は嬉野忠司――二十九歳の男で、このゲームに参加して半年以上の下等勇者であるという。彼が召喚されたときには、すでに二十人以上勇者たちがいたと言うので、拠点自体はもっと前から運用されていたと推測できる。
だが半年で顔ぶれも一新され、気づけば最古参の勇者となっていたらしい。
毎週のように、ときには三日置きに開催されるクエストで毎回死者を出しながらも、彼はなんとか半年間も生きながらえた。そんな地獄の日々を過ごしておよそ四か月後、特等勇者の佐々原が召喚されたという。
彼は類を見ない成長速度で強くなっていき、彼が召喚されたその日から死者がほぼ出ることがなくなった。そこから佐々原へ頼るようになった下等勇者たちは、気づけば一か月ほど前に魔王を討伐できたらしい。だがその魔王討伐でも四十名以上の犠牲を出して、ようやく魔王を倒すことができたというほど、ギリギリの戦いであったという。
それからすぐに魔王討伐2の案内が来て、骸騎王との戦闘を試みたが、佐々原は片脚と片腕欠損の大怪我を負って敗北した。仲間がなんとか彼を救出し、勇者の痕跡から拠点に帰還して、欠損は回復し生き返った。
その日を境に、佐々原たちは手段を選ばずに強くなる手段を模索したらしい。
佐々原はヒーローズリングのプレイヤーではなかったが、彼の奥さんが生粋の英雄廃人であったらしい。日々聞かされてきたゲームの内容を思い出し、そこで勇者狩りという方法を思い出し、実行に移した。結果として彼らはみるみる強くなっていき、着実に骸騎王戦への準備を進めてきた。そうしていずれ骸騎王を討伐できる日を待っていたらしい。
彼らのほとんどは死への恐怖から逃れるために、勇者狩りという選択をした。
たった数か月間でも毎週誰かが死ぬ環境にいたならば、確かに死への感覚が麻痺してもおかしくはないだろう。そうして彼らは選択してはいけない、勇者殺しを選択した弱い連中なのだ。
弱さゆえに、選べる手段が少なかった。
あらためて思う。
狂っているのは彼らではなく、このゲームを運営している連中だ。
今まで平穏に生きてきた人間を、人を殺せるほどに豹変させたこの世界がおかしいのだ。
「よく知識もなく半年も一人で生き残ったな、嬉野」
過去を聞いて同情した文楽は、手に持っていた缶詰を嬉野にあげていた。
嬉野は「いや……それとってきたの自分です」と言って、なんとも言えない微妙な顔をしていたのであった。それでも強者に褒められたのが嬉しかったのか、僅かに口角を緩めていた。
実際に嬉野は凄い。
ゲームでも容易に勇者が全滅する難易度なのに、嬉野は半年間も生き残ったのだ。
その嬉野がなりげなく水を渡してくると、尋ねてきた。
「次は神々廻さんの話を聞かせてください」
「……お前と比べたらつまらないもんだぞ?」
そう前置きをして、文楽は自分たちの軌跡を話し始めた。
チュートリアルで白い処刑人クラッツォを倒したこと。
三日間の訓練で鑑定部屋と武器庫を解放して、最低限のスキルと武器を手に入れたこと。
魔王討伐1で魔王に喰われたがそこで武器やスキルを手に入れ、なんとか王蛇を初回で倒せたこと。
その戦いで六人が死に、四人が生還、その後十人の勇者が補充され運よく優秀な中等勇者が召喚されたこと。そして今、初の骸騎王戦に参加していること。
それらの話を聞いて、彼らは開いた口が塞がらなくなっていた。
あまりに濃密な三週間だったのだ。
攻略のために緻密に組み立てられた泥臭い狂気の計画を実行して、彼は成功させた。
彼らが半年以上も成し遂げられなかったことを、文楽はほぼ一人で、しかも三週間で達成していたのだ。普通ならありえないと一蹴できる内容であったが、実際に佐々原を子供のようにひねった文楽ならばその言葉に信用があった。
半年間も苦しんだ嬉野は、思わず聞きたくなった。
「なぜ……神々廻さんはそんなにこの世界に詳しいんですか?」
「佐々原に聞け」
面倒くさそうに、文楽は佐々原に話を振った。
眉間に皺を寄せ、両腕を組みながら話を聞いていた佐々原は言う。
「神々廻は、おそらく世界でたった一人の元となったゲームを完全攻略した奴だ。そうだよな? 名前を聞いたときにぴんときたよ、ただでさえ珍しい苗字なのに、嫁が言っていた完全攻略者のプレイヤー名と全く一緒だった。それで気がついた」
「まあそういうことだ」
嬉野は、開いた口がさらに大きくなって塞がらなくなり、言葉も出なくなっていた。
そんな中で佐々原が鋭い視線を、文楽へと向けてきた。
「で、神々廻。オレたちは最後に何を得られるんだ? この魔王討伐が終われば神々廻とも今後会えなくなる、それ以降のオレたちはどうすれば生きられる……家に帰れるんだ」
少し、文楽は考える。
「帰る方法は知らない。だが生きる方法は教えられる。ひとまず魔王討伐5までは自力でクリアしろ、そうしたら他拠点との交流機能が解放されるはずだ。それまでの手段は教えてやる」




