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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第27話:魔王討伐2ー⑤/対 特等勇者

 佐々原という男の外見は、とにかく「巌」という表現がしっくりきた。

 鍛え上げられた筋骨隆々の肉体は、ぴたりとした黒シャツ越しにくっきりと見える。坊主頭にはさりげなく剃り込みが入っていて、首元には刺青がちらりと見えた。


 歴戦の傭兵、その言葉がとても似あう男だった。


 特等勇者というのは伊達ではない。

 この状況でも落ち着きつつ、文楽の言動一つをしっかりと見定めているような仕草は、まさしく戦場を経験してきた兵士という言葉がよく似合う。


 佐々原はゆったりとした動作で立ち上がった。さりげなく背伸びをしながらまずは体を解す。明らかな柔軟ではなく、立ち上がる動作に連動した本当にさりげない洗練された動作だった。

 歴戦の兵士のような鋭い瞳は、文楽の力量を推し量るために、じっと全身を嘗め回している。


「見ない顔……別の拠点の奴だな。名前は?」


「想像に任せる」


「会話しようぜ、会話。いきなりタイマンってのは味気ないだろ?」


 佐々原は海外で長年過ごしたかのような大袈裟な仕草で言った。


 佐々原の大声でようやく周囲の連中が気がついたようで、一人の男性は「敵襲だ!」と大きな声で叫んだ。焚火を囲っていた他の勇者たちが一斉に立ち上がって、傍に控えていた武器を手に取る。突然の敵襲に動揺している者もいるが、大半が慣れた動作で準備を終える。


 彼らは文楽を囲むように、陣形を築き上げる。

 そんな彼らを静止するため、佐々原は片手を軽く胸元の高さまで上げた。


「武器を降ろせ、お前ら」


「でも、佐々原さんに何かあったら僕たちは――」


「お前らじゃあこいつにゃあ、勝てない。無駄死にさせる気も無いから黙って言うこと聞け」


 佐々原は確信があるのか、真剣にそう伝えた。

 そうして壁に立てかけていた戦斧に手を伸ばすと、片手で軽々と持ち上げていた。身長とさほど変わらない大きさなのに、その戦斧をぐるりと一回転させて威圧してくる。


 そんな自信満々な佐々原に対して、文楽を問いを投げかけた。


「最初にこれだけは聞いておきたい」


「お? ようやく会話する気になったか。いいぜ、強者の質問は大歓迎だ! お前がどんな奴で、どんな環境で生きてきて、どんなことを望んでいるのかオレは知りたい。で、質問はなんだ?」


「戦場なのに饒舌な奴だな。……なぜお前らは勇者殺しをしている?」


「勇者殺し……ああ、勇者狩りのことか? そんなの決まってるだろ、生きるための手段だ」


「……そうか」


 佐々原の真剣な表情を見て、文楽は少し驚いていた。


 この拠点のリーダー的存在である佐々原は、能無しの住吉とは考えが違うらしい。

 まあそれもそうだろう――ここにいる勇者だけでざっと三十人強、住吉たちも含めると四十人弱が拠点には最低存在している。それ以外にも勇者がいると考えると、五十人規模の拠点と想定できる。規模が大きくなればなるほどに、統率する難易度がぐっと高くなる。


 要するに、ここにいる全員が人殺しを楽しんでいるわけではない。


 少し安心した。

 全員を殺す最悪のシナリオは免れたと言っていいだろう。


「なんだ? 勇者狩りが気にくわなかった英雄気取りのいい子ちゃんか? だから住吉たちを殺したのかお前」


「そう言われるとそうだな」


「……まあ一部の連中の欲望を制御できなかったのは、リーダーであるオレの責任だ。だが、生き残るために仲間たちが強くなることを強要したのもオレだ。文句があるならオレに言え」


 堂々と、佐々原はそう言い放った。


 彼の態度や考えを知って、文楽は考え直す。

 佐々原は賢いし、おそらく真実を知れば勇者殺しを止めることを選択するだろう。かといって口先だけで納得するような人種にもみえない。対峙している今でさえ、常に文楽を警戒し、そして信用できるかを探っているように思えた。


 だったら、男らしく戦って強者を決めよう。


「じゃあ文句を言わせてもらう。俺は勇者殺しを推奨していない。だからお前たちの拠点でも、金輪際勇者狩りをやらないと鬼子に誓ってほしい」


「ほう……いいだろう、その条件に乗ろうじゃねぇか。もちろんこっちからも要望を出す」


「なんだ?」


「オレたちが勝てば、お前たち全員が傘下に加われ。オレは魔王に勝つために同盟軍を組織しようと思っている。お前らで五拠点目だ」


「……割に合わないがいいだろう。負けるつもりなどさらさらないからな」


「戦場でオレに挑発とは言い度胸だ。気に入った」


 二人の決闘が成立すると、周囲の連中が武器を掲げて騒ぎ始めた。

 彼らにとってこれは余興の一つなのだろう。自分たちのリーダーが負けるとは微塵も考えていないし、文楽が弱いとすら思っているだろう。


(佐々原が裏切るとも思えないが、念には念を押しておこうか)


 口約束だけで物事を進めるのは気が進まない。

 そう考え文楽は宙に向かって叫んだ。


「トトコ!! 証人となってくれ」


 そう言うとすぐに、二人の目の前にはシステムウィンドウが表示されていた。内容は先ほど二人が口頭で誓った詳細が記載されており、画面には「契約成立」という言葉の印鑑が押されていた。


 その表示を見て、佐々原の口元は弧を描いていた。


「お前……一体、何者だ? どんな手品を使った」


「なんのことだ?」


「とぼけるな! お前は今システムに介入し、鬼子へ指示を出した! あきらかに勇者の権利の範疇を超えた何かを実行した」


「そんな些細なこと気にするな」


「……俄然、お前を舎弟にしたくなったッッッ!」


 心の底から嬉しそうに、佐々原は獰猛な笑みを浮かべていた。


 開始の合図も待たずに、佐々原が先制を仕掛けてきた。

 戦斧を力任せに振り下ろすと、地面がハチの巣状にひび割れる。衝撃が爆発的に広がっていき、割れたアスファルトの破片が反動で宙に浮かび上がる。それを戦斧の面で叩きつけ、膨大な石礫を飛ばしてきた。


 この攻撃を下等勇者がまともに食らえば、ハチの巣状になって即死だろう。

 それだけの威力が込められていた。


(初手は力任せの攻撃か)


 冷静に文楽はそれを見定め、逃げるは悪手だと判断する。


 スキル――呪い之王(ダ・オヌ)、発動。

 呪いの煙幕を前面に広げて盾のように展開する。

 飛んできたアスファルトは瞬く間に塵と化し、文楽に届くことはなかった。


 その煙幕を体内に急速に仕舞う。


(……消えた?)


 視界が確保できた頃には、すでに目の前から佐々原の姿が消えていたのだ。

 石礫の攻撃は、ただの目くらまし、本命を隠していたのだ。


(上か)


 スキルによって強化された聴覚が、上空の風切り音を捉える。

 文楽は反射的に上を向くが、そこに佐々原の姿はなかった。


(……いない? 二手も三手も先を読んだ攻撃か、相当戦い慣れてるなコイツは)


 風切り音は確かに上空から聞こえてくるが、何が落ちてくるのかが視界には映らない。


 だが、これで佐々原のステータスがおおよそ推測できた。

 佐々原の適性は【精鋭暗殺者エリート・アサシン】でほぼ間違いない。

 暗殺者系の適性は姿を隠すスキルを多数有しているが、その中でも精鋭暗殺者は完全に視覚情報をシャットアウトして、存在を完全に消し去ることができる。


 最初の石礫攻撃で相手を動揺させ、二手目の上空からの攻撃は音だけを遮断せず、そして本命の佐々原自身は音や気配すら完全に遮断してどこかで身を潜めている。

 最初に戦斧を持っていたこと自体がブラフ。脳筋みたいな見た目に反して、想定以上に頭がキレる男のようだ。というよりも、戦場に慣れている。


 風切り音に合わせて、短剣をぶつける。


(やはりこれもブラフか)


 衝突と同時に現れたのは、先ほど手に持っていた戦斧だった。

 上空へと放り投げて、良いタイミングで当たるように投擲していたのだろう。


 だが想定通りだ。

 攻撃の瞬間だけは、隠蔽系スキルを解除しなければならない制約が佐々原にはある。


「温いな、口だけ野郎」


 そう考えていると、ちょうど真横から佐々原の声が聞こえてきた。

 出現と同時に剣の突き刺し攻撃を繰り出してきた。文楽は体を無理やり捻ってなんとか避けようと踏ん張るが、脇腹に浅くない切り傷を受けてしまった。


 じんわりと腹部が赤く染まったことで、文楽は顔を歪めていた。


「ひゅー、さっすが佐々原さん!」

「相手、見えてないよー!」

「住吉さんの仇打ってくれぇー、死んで無いけど!」


 茶化すように、戦いを見ていた連中が一層騒ぎだした。

 文楽が一撃入れられたことで、勝ちを確信したのだろう。


 確かに、佐々原は強い。

 特等勇者という初期ステータスの高さ、何よりも命の駆け引きに慣れている動作。紛れもなく佐々原は強者だ。文楽でも白共感覚か呪い之王のどっちかがなければ、正直負けていてもおかしくないレベルだ。


 とはいえ、これで全てを把握した。

 佐々原の適性、スキル構成、戦闘の方法。


(相手が悪かったな)


 一体どれだけこのゲームをやってきたと思っているんだ。

 全ての勇者の育成方法を熟知している文楽は、静かに口角を上げていた。


「なにがおかしい?」


「少し……楽しくてな」


「ははっ、イカれてる野郎だ。劣勢って時に笑うたぁな」


 強者との戦いを求める、バトルジャンキーな顔を佐々原はしていた。

 負けじと、文楽も楽しそうに口元に弧を浮かべていた。


「さて――終わらせようか」


 文楽はそう言い放つと、傷口を自ら短剣で斬り、傷口を閉じた。

 それを見た佐々原は、少し驚いたように目を瞠る。


「回復持ちとは――は?」


 会話を続けようとした矢先、佐々原は言葉を失っていた。

 一体、何が起きたのか全く見えなかったのだ。


「よそ見すんなよ、俺はここだぞ」


 瞬きをした刹那、眼前に掌があったのだ。


 文楽は白共感覚を発動し、圧倒的な身体能力で佐々原の顔面を鷲掴みし、そのまま地面に後頭部を思いっきり打ちつけたのであった。


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