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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第17話:歯ァ食いしばれ

「――新しい勇者の補充を行います」


 軍帽を被った鬼子おにごが、満面の笑みでそう告げた。

 部屋の中に散らばった十個の転移渦が出現し、新しい勇者の召喚が行われようとしていた。


 唐突な出来事にみんなが驚く中、文楽だけは訝しげな表情を浮かべていた。


「ベルナー、一つ聞きたい」


 その言葉を聞いて、軍帽の鬼子――ベルナーは目をまん丸と見開いていた。

 いま確かに、目の前の下等勇者が自分の名前を言ったのだ。


 はっきりと、間違うことなく。


「なぜ私の名前を知っているのか――は、いずれ聞くといたしましょう。私もそんなに暇な身ではないものでね。今回の報酬に一つだけ、お答えできる範囲でお答えいたしましょう」


 両腕を背後で組み、堂に入った佇まいで鬼子は言ってきた。

 他の三人が鬼子の圧迫感に気圧されている中でも、文楽は平然と質問する。


「すでにチュートリアルは実施されたのか?」


「ええ、もちろん。あなたが倒した白い処刑人は新しく補充されていますよ」


「なるほどな。今回の召喚には()()()()()()()()がいそうだな」


 召喚された転移渦をもう一度数えると、数はちょうど十個であった。

 一度に召喚できる勇者の数は最大で十人。つまり、今回のチュートリアルでは誰一人欠けていないことを示していた。


 下等勇者だけで、チュートリアルを全員生存するのはほぼ不可能に近い。

 文楽ほどの廃人でもいないかぎり、それはありえないと断言できる。ということは――下等勇者よりも上位の勇者が今から召喚される可能性が圧倒的に高い。



「神々廻先輩。下等ではない勇者とは、どういうことですか?」


「言葉通りだ。俺たちよりも圧倒的に才能に恵まれた勇者が今から来る」



 ヒーローズリングで召喚される勇者には、大きく五段階のレアリティが存在する。下から、下等勇者、初等勇者、中等勇者、高等勇者、特等勇者だ。


 並べると、いたって普通の等級構図に見えるだろう。

 だが、「下等勇者」と一つ上位の「初等勇者」の間には大きな超えられない壁が存在する。

 「初等勇者」は「中等勇者」に成長・進化することはそこまで難しいことではない。逆に「下等勇者」が「初等勇者」に進化するのは至難の業だ。


 全裸で富士山を登頂するくらい、絶望的な壁が下等勇者には存在するのだ。


 対して初等勇者が進化するには、フル装備で富士山に登山できるくらいの比較的簡単な難易度として設定されている。ゆえに、下等勇者は捨て駒として扱われるのだ。

 ローグライクゲームという死んだらデータリセットされるゲームで、わざわざ育成難易度が高いキャラを育成する必要がない。どうせ死ぬ前提なので、手間暇かけて育てたキャラが死んでいなくなったらゲーマーだってダメージがでかいだろう。だったら、最初から初等勇者以上のキャラを重用すればいい。


 文楽の「圧倒的に才能に恵まれた勇者」という言葉を聞いて、小神は顔を明るくしていた。同じく、迅と枯木たちも嬉しそうにハイタッチを交わすほど嬉しそうにしている。


 対して、文楽は一切笑っていなかった。


(タイミングが悪い)


 確かに小神の言う通り、強い勇者が加わればそれだけ魔王討伐の攻略も楽になる。

 だがそう簡単にことが上手く運ばないのを、嫌と言うほどに文楽は経験していた。十万回以上の統計で、序盤で初等勇者以上の存在が召喚されると、拠点内の秩序が崩壊する可能性が高くなるのだ。もちろん召喚される勇者の性格にもよるが。


 今に思えば、ヒーローズリングには勇者それぞれに欲望が設定されていた。

 しっかりとしたバックグラウンドも設定されていた。

 これはあえて個性的な性格を採用していたのだ――と文楽はようやくここで気がつく。


 キャラには性格があり、個性があり、欲望がある。

 言う通りに動かないキャラもいれば、操作不能となって勝手に動き出すキャラもいた――キャラに明確な個性があったのだ。


 ときに、恐怖で拠点を支配しようとした勇者もいた。

 ときに、色欲で拠点を支配しようとした勇者もいた。

 ときに、殺人を繰り返す特等勇者が召喚されたこともあった。


 今回の勇者召喚で、そうならないことを願うばかりだ。



「さて――そろそろ準備ができたようですね。召喚いたします」



 鬼子のベルナーはそう告げると、姿が煙になってきえていった。


 転移渦がひときわ大きくなる。

 人ひとりが通れる大きさの渦から、新たな勇者たちが現れる。



「うわぁ!?!?」

「い……生きてる!? 私生きてます!!」

「な、なんじゃこりゃぁ……」



 召喚された十人の勇者たちは、三者三様のリアクションをする。

 尻もちをついて驚く者、生き残ったことが嬉しいのか泣き崩れる者、天高く両手を掲げてガッツポーズをする者、仲良くハグを交わす者など――先ほどまで本当にクラッツォと戦っていたのか疑問に思う緩い空気感だった。


 そんな緩い雰囲気の中でも、ひときわ冷徹な存在感を放つ女性がいた。

 彼女は辺りを落ち着いた様子で見渡しながら、邪魔だったショートカット前髪を妖艶にかき上げる。そうしたときに文楽たちと目が合った。



「ほう……先客がいたのか。あんたたちは誰だ?」



 黒のロングコートを靡かせながら、彼女は文楽たちの元に近づいてくる。


 パンツスタイルのスーツに、綺麗に輝く革靴。

 雰囲気や佇まいから、彼女が下等勇者ではない上位存在であることはすぐにわかった。


 その彼女が、すっと手を差し出してきた。


「わたしは洞木うろき波音はねと言う。あんたがリーダー?」


「そんな上等な奴は、ここにはいない」


「……とは言うが、他の奴らはあんたに信頼を置いているようだぞ?」


 文楽を中心とした四人の立ち位置を見て、洞木は言い切っていた。

 鋭い観察眼、自信に満ちたカリスマ性の感じる話し方、何よりも女性なのに身長は文楽とほぼ同じくらいはあるようだ。


 こういう類の人間は苦手なんだよな――と思い、文楽は差し出された手を無視していた。


「小神、説明は頼んだ。俺はこういった大人数の場は苦手だ」


 そう言って文楽は踵を返して、すたすたと扉の方に歩いて行く。


 あまりに自己中な態度に、洞木は口をぽかんと開けていた。

 昔から容姿に恵まれていたので、差し出した手を拒まれたことなど人生で一度もなかったのだ。悔しいという気持ちもあったが、それ以上になんとも言えぬ高揚感も感じていた。


 二人の意見が食い違った、その時だった。



「洞木さん!! みなさんの無事を確認しました! オレ……年下の女性に尊敬の念を覚えたことなんて初めてで……これからも一緒に戦わせてください!」



 洞木を心の底から信頼し、ゴマを擦っているような生温い声を聞こえたきた。

 文楽はその声を聞いて、思わず立ち止まっていた。


(この声は――まさか)


 そんなわけがないと思いながらも、体は正直で嫌な汗が止まらない。


 おかしい、急に苦しくなってきた。

 呼吸の仕方がわからない。

 いつも、どうやって呼吸をしていたんだっけ。

 動悸が早くなってきた。

 必死に手で押さえつけても、脈打つ鼓動は速くなるばかりだ。



「はぁ……はぁ…………」



 あまりの苦しさに、文楽は膝から崩れ落ちていた。

 餅でも詰まったような息苦しさが、次第に視界を歪めてくる。


「し、神々廻さん! 大丈夫ですか!?」


 苦しそうな文楽を見て、迅がすかさず隣に来てくれた。

 何かをしようと必死に背中を擦ってくれる。


 おかげで少し楽になってきた。


 遅れて小神が正面に立つと、優しく文楽の頬に手を当てて言った。


「先輩、大丈夫ですよ。ここは会社じゃありません」


「あ…………ああ」


「見ててください、先輩。これからの私を」


 小神はそう言うと、立ち上がっていた。

 そのまま洞木の方へと歩いていく。


 小神の歩いて行った方を見ると、気がついたときにはスーツ姿の男性の肩に手を乗せていた。

 花が咲いたような満面の笑みで、言う。


茄子子なすこ部長! お久しぶりですね!」


「ん? ああ…………」


「私が誰かわからないんですか? あんなに可愛がってくれたじゃないですか」


「お、おお!? 小神くんか! 懐かしいなぁ。素晴らしい成果の数々、噂は聞いているぞ。それにしても小神君もここにいたんだな! 見知った顔がいて、オレも安心できた。感謝する!」


 誇らしげに小神の両肩に手を置く、茄子子部長。

 その醜く腐った手を、小神は眉一つ動かさない冷徹な笑顔で薙ぎ払った。


「本当お久しぶりです! 私も会えて良かったです!」


「そうか、そうかぁ。小神はオレに懐いていたもんなぁ」


「はい! 出張中に何度も私に部屋で接待するようにしつこくお誘い受けたこととか、一緒に仕事をしていた三か月で新人が七人も辞めていったこととか…………キックバックをしていて左遷されたこととか! ぜーんぶ、懐かしいですね!」


 小神はそう言い切ると、虫でも見るような蔑む瞳を向ける。

 ビクッ、と茄子子は体を反応させていた。


 ここにいた皆の刺さるような視線に、慌てふためく。


「あ、え……いや……それはだな。色々な大人の事情というのが――」


「ごちゃごちゃ言い訳しないでくださいね」


「え?」


「…………歯、食いしばれ。クソハラスメント狸」


 小神は、正義の拳を振りかぶっていた。

 顎下目掛けてアッパーで振り抜く姿勢には、長年貯めていた殺意を感じた。


「ふぅ……スッキリした! キックボクシング通ったかいがありましたね!」


 満面の笑みで、文楽を見てくるのであった。

 その優越感に浸った表情を見て、文楽でさえ少しドン引きしていたのであった。


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