第16話:報酬と補充
拠点の初期部屋――魔王討伐の玄関口に戻ってきた。
すでに拠点の中には、元気そうな二人がいた。先に戻ってきていたようだ。
「どうっすか!? オレ強そうっすか!?」
さっきまで瀕死状態だった男が、奇妙な踊りをしながら騒いでいる。
高級そうな装飾が施された銀の盾をこれ見よがしに掲げ、様々なポーズをとって自慢をしているようだ。そんな彼を見て、迅が瞳を輝かせながらパチパチと手を叩いている。
「か……かっこいい! いいなぁ~」
「そうだろ~。これでオレも、神々廻っちみたいに強くなったりするかもっすよ!」
神々しく輝く盾を見て、羨ましそうに迅はじっとその盾を眺めている。
そんな純粋無垢な少年が、何の悪気なしに質問をした。
「盾と言えば、やっぱり剣だよね! かっこいい剣はどこにあるの?」
「け、剣ね……それはな…………」
「もったいぶってないで見せてよ! 枯木兄ちゃん!」
「あ……いや…………剣な――って、ん!? え!?!? オレの盾丸ちゃん、どこ行くんだ!?」
突然手の中から消えた盾に、枯木は素っ頓狂な声を上げて慌てふためている。
消えたというよりは、ひとりでにふわりと浮かびあがり、どこかへ飛んでいったのだ。
銀の盾が飛んでいった方を目で追うと、そこには文楽の姿があった。
文楽は飛んできた盾を難なく受け取ると、物色するように盾を見つめ、何度か面を叩いて強度を確かめるような行動をした。そうしてひとしきり満足すると、顔を上げる。
「枯木……と言ったか? お前、運がいいな」
「あ……え……か、返してほしいっす」
さっきの言葉聞こえてないよな――と内心で冷や汗を掻きながら、枯木はおそるおそる言っていた。そぉーっと手を伸ばし、返してくださいと腰を低くする。
あまりに面妖な仕草に、思わず文楽は薄ら笑いをしていた。
そうして盾を枯木へと返す。
「せっかく良い盾を手に入れたんだから、簡単に奪われないようにしておけ。アイテム所有権の保護機能はまだ解放されていないんだから、やり方さえ知っていればこうやって簡単に奪えるからな。ほら、返すよ」
「そ、そうなんっすか……世知辛いっすね。普通手に入れたアイテムはその人のモノじゃないっすか。奪うとか勘弁してほしいっす、オレの盾丸ちゃん」
「そういう仕組みなんだから、うだうだ言うな。保護機能が解放されるまでの辛抱だ。それよりも―あの状況で、よく生き残ったな。その図太い生命力はお前の武器になりそうだ」
文楽は男らしく拳を、枯木の胸元に打ちつけ彼を讃えた。
「う、うっす!」
いきなり褒められたことで、枯木は少し動揺していた。
その行動が示す通り、文楽は彼の強さを高く評価していた。
最初は訓練にも参加しなかった軟弱者――という認識だった。
だが、夜中に皆が静まったあとでも訓練部屋を覗きに来たり、拠点内を一人で調査していることは薄々知っていた。
危機的な状況で自我を貫き通す芯の強さ。
死んで当たり前な「魔王討伐1」から生還した運の良さ。
そして瀕死状態で何時間も生き延び、死ぬ前に拠点へ戻ってきて回復した図太い生命力。
彼の根性は、生半可なものではない。
なによりも、彼が手に入れたであろう報酬の盾が文楽の興味を引いた。
おそらく彼はスキルもまともに使えないので、貢献度ランキングは低いはずだ。だけど、拠点にいる勇者の中で「初めて死の淵から生還した」勲章を得たことで、初回特別報酬が与えられたのだろう。基本、初回特別報酬では受け取る者の適性に見合ったアイテムが与えられる。
彼が持つ盾は、盾の中でも光属性を帯びた騎士の装飾が施された盾。
つまり――彼の才能は、レア適正である【騎士適正】であることを示していた。
騎士適正は攻防自由自在な万能型。
だが文楽の手にかかれば、魔王の攻撃すら容易に防げる強固な盾として、パーティーを守護してくれる頼もしい存在となれる。
「なかなか脳筋パーティーになりそうな顔ぶれだな」
そう思い、文楽は表情を緩めていた。
自分自身もそうだが、生き残った四人の中で中距離や遠距離を得意とする適性が一人もいない。全員が全員、前線で刃を振るう前衛ばかりなのだ。
【傭兵適性】の文楽。
【斧使い適性】の迅。
【二刀剣士適性】の小神。
【騎士適正】の枯木。
これだと構成が不安定なので、いつか中距離ないしは遠距離の適性をパーティーに補充したいところだ。そんなことを考えていると、迅が文楽の元にやってきた。
「神々廻さん! ぼ、僕も報酬をもらったんです……」
「何をもらったんだ?」
「これです……! これってどうなんでしょうか?」
迅は右手に装備した籠手を見せてきた。
見覚えのある籠手だった。
革製の籠手に、手の甲の部分だけ金属をあしらった『育速の籠手』。
ランク自体はC級と、そこまで高いものではない。
だが汎用性が高く、序盤ではアタリ装備といっていい部類だ。
モンスターを倒せば倒すほどに刻印がストックされていき、最大で十の刻印が貯められる。その刻印の数によって移動速度が上がっていく、言わばストック型の速度ステータス上昇効果の付く装備だ。
「優秀な装備だ。お前も早く訓練時間のノルマ達成して、自分で鑑定部屋にはいれるようになれ。そうしたら装備の詳細を確認できる」
「はい! 今日からまた頑張ります」
「今日くらい休め。次の魔王討伐まで少し時間がある」
「は、はい!」
軽く頭を撫でてやると、迅は嬉しそうに笑った。
そんな他愛のない会話をしていると、部屋の扉から小神が現れた。
「神々廻先輩! お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ」
相変わらずはつらつとした笑顔を浮かべる小神は、その手に四本のペットボトルを持っていた。食料庫から取ってきたのだろう。それを皆に配り終えると、最後に文楽へ渡す。
「先輩、一つ聞いてもいいですか?」
「内容による」
「クエスト終了後のアナウンス覚えてますか? 『――魔王討伐を祝福して、一時間のエリア解放を行います』というアナウンスです」
「ああ……そういえばあったな」
「あれは何のための仕組みなんでしょうか?」
「知らん」
文楽ははっきりと答えた。
というのも、ゲームにそんな時間は存在しなかったからだ。
「え? 先輩が知らない……ということは、ゲームのときにはなかった時間なんですか?」
「そうだな。俺も初めて聞いた」
「そうなんですね……」
「それがどうした?」
「アナウンスを聞いて『もしや』と思い、境界にある壁に向かったんです」
「フィールド境界壁のことか」
「フィールド境界壁って言うんですね。で、そのフィールド境界壁が無くなっていたんです……エリア外に行くこともできました」
「ほう……そんなことがあったのか。で、それがどうした?」
「――車を見たんです。山道を走る車がいました」
「は? そんなことが……俺も知らない現象だな」
「これっておかしいですよね? 私も最初は日本で戦っているんだって考えていたんですけど、あそこで過ごすにしたがって、動物や人のいる気配がまるでないことに気がつきました。山奥と言えど、何かしら生き物の気配ってのはあるはずです。だけど、あの世界で生きていたのは植物とモンスターと私たちだけです。だから、日本だけど日本じゃない場所にいるんじゃないかって思っていました。――と考えていたのですが、たぶんこの理論は合っているようで違うみたいだって気がつきました。魔王討伐が終わったあとの一時間は――元の世界に私たちは戻っていたんです」
文楽は目をまん丸と見開いていた。
小神が言ったことは正しい。
魔王と戦ったあのフィールドは、皆が知る日本とは異なる空間に存在する裏の世界だ。
「お前の言う通りだ。クエストのフィールドは裏側の世界、つまり日本ではあるがそうじゃない。あそこに立ち入れるのは俺たち勇者か、魔王側の陣営だけだ」
「やっぱり……私の推測は正しかった。でも、なんであの一時間だけ裏側とは逆の――表の世界に入れたのでしょうか?」
小神の疑問に対し、文楽は少し考える。
「…………推測だが、いいか?」
「もちろんです」
「そもそも俺たちが魔王と戦う理由は、魔王らが世界に解き放たれて地球が滅亡する未来を防ぐため――という設定だ。つまり俺らが魔王討伐に失敗すれば……魔王は裏から表の世界に解き放たれると推測できる。もちろんこんな演出ゲームで見たこと無いから、あくまで推測だ」
「なるほど。つまりフィールド境界線や裏側の世界は、魔王を封じ込めている檻とも言い換えられますね。その檻から出さないことが、私たち――勇者の使命……とまあ、そういう感じでしょうか」
「ちょ、ちょっとゆっくり話してほしいっす!」
頭がショートしたのか、枯木が会話に割って入ってくる。
文楽は面倒くさいと思い、小神に目配せをした。
「すみません、先走りすぎました。私もまだ完全に理解できたわけではないですが……」
「大丈夫っす! オレは一ミリもわからなかったっす!」
「つまり、私たちが魔王討伐に失敗したそのときから、魔王が現実の世界に解き放たれる可能性があります。現実の世界……言い換えれば、枯木さんの家族が生きている世界です。私たちが戦ったあの世界は、その世界とは異なる場所に存在している」
「そ、そんな……あんな化け物が世間に解き放たれたら、オレの妹たちも……」
「推測で話しますが……一つだけ良いこともありそうです。魔王討伐のフィールド次第では、家族や友達に会えるかもしれません。フィールドから一時間以内にたどり着ける限定的な範囲ではありますが」
「え? てことは、妹たちに会える可能性があるってことっすね。俄然、やる気が湧いてきましたっす!」
「もしかしたらなので、あまり真には受け止めないでくださいね」
「大丈夫っす! たとえ少しでもその可能性があるなら、それだけ頑張れそうっすから」
枯木がそう言った、その時だった。
突如、転移渦が現れた。
渦から現れた鬼子――軍帽を被ったやつが、拍手をしている。
「素晴らしい! 私の管轄で、これほどの活躍をする下等勇者と出会えるとは。私は運がいい」
声高らかに言った鬼子は、拍手を止めない。
「このような素晴らしい拠点には、相応のご褒美をご用意しております」
そう言うと、鬼子はぱちんと指を鳴らした。
その瞬間に、部屋に十個の転移渦が召喚される。
「――新しい勇者の補充を行います」




