第14話:魔王討伐1ー⑦
戦場から姿を消したのは、一分にも満たない時間だった。
自分でも思う――らしくない行動をしたなと。
迅の助けを求める声が聞こえた瞬間に、一度戦闘を止め駆けつけていた。
他人なんてどうでもいいと、ずっと考えていた。
特にヒーローズリングの世界では、自分が生き残って、ついでに身近な人だけが幸せになればそれだけで充分だと思っていた。
ゲームが始まって最初に勇貝が死んだときも、萬獄が死んだときも、一切感情が揺れることはなかった。このゲームでは死ぬのが当たり前だと分かっていたからこそ、その当たり前を受け入れようと努めていた。
そのときに気がついた。自分は案外ドライな人間なんだと。
――と今まではずっと考えていたのだが、どうやら少し変化があったようだ。
上司にパワハラされ、休職をしてから文楽は随分と感情を失って生きてきた。
だけどこの世界に来て、人と触れていくことで、少しだけ感情を思い出してきたのかもしれない。
今回は助けられる範囲に枯木がいたこと、回復アイテムが自分にとっては使えない不要なアイテムだったこと、都合よく魔王との合間の休息時間だったこと――など、様々なプラスがかみ合って動いたわけだが、それでも自分が動いたことには少々驚いた。
これからも、自分の目的を最優先することに変わりはないだろう。
だけど手の届く範囲の仲間は、少しだけ助けてやってもいいかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えていた文楽は、気づけば魔王の背中で短剣を振りかぶっていた。
「七枚目――罪の解放」
何度も繰り返した攻撃手段、もうミスはしない。
怪我の功名で手に入れた【罪被の短剣】で、七つ目の大穴を魔王に開けることに成功した。
光線の余熱で爛れた腕を突っ込み、七つ目の魔核を力いっぱいに握りつぶす。
これで残る魔核は一つだけだ。
苦しみもがきながら、王蛇は勢いよく地中へと引っ込んでいった。
文楽は背中から飛び降り、最後の魔核を攻撃できる機会を伺う。
そこでふと思い出した
弱点となる七つの鱗と魔核の位置、これを割り出すのにどれだけ苦労したことだろうか――その苦く楽しい思い出が蘇ってきたのだ。
魔王【王蛇】には、数十万という単位の強固な鱗が外皮を覆っている。
鱗も部位によって強度が異なるので、どこが弱くて、どこが強いのか――下等勇者を使いこなしながら地道に探っていくしか攻略方法はなかった。そうして、数十万もある鱗のなかで、たった七カ所の弱点となる鱗――言い換えれば龍の逆鱗のような鱗を発見した。検証期間は数か月にも及んだが、それらを割り出せたことで王蛇戦は容易に突破できるようになった。
逆鱗を特殊攻撃で壊せば魔核があるわけだが、魔核を破壊するのも一筋縄ではいかない。
魔核は圧倒的な物理攻撃でのみ破壊できる。
鱗とは真逆の性質を有しているのだ。
つまり王蛇を倒すには「特殊攻撃」と「物理攻撃」のどちらも、高水準で両立させた勇者を育成をしなければならない。それも最初のクエストの段階からという期間限定でだ。
それを力技で達成できる下等勇者が序盤からいるならば、ぜひ拝んでみたいものだ。もちろんそんな優秀な下等勇者が存在しているわけがないので、どんな下等勇者でも倒せる方法をイチから模索していくしかなかった。
文楽が編み出した「どんな下等勇者でも王蛇を倒す方法」は、王蛇を倒す準備期間で約一か月の時間を要する。
だが、今の文楽は運に恵まれていた。すでにそれなりのスキルやアイテムを手に入れられたからこそ、その期間を大幅に削減して今魔王と戦えている。
ここまでは順調に魔王を追い込むことができた。
ただ、あくまで「ここまでは」だ。
これ以降、難易度が跳一気にね上がる。
魔王討伐を達成できるかは、緻密な計算と僅かな運を掴むことも必要になる。
といはいえ、文楽は達成できないわけがないと考えていた。
今までに何回このクエストを攻略したと思っているんだ。
どれだけこのゲームに人生を注いできたか、その時間は計り知れない。
そんなことを考えていると、魔王が最終形態となって地中から現れた。
魔王【王蛇】――その最終形態は空を飛ぶ龍へと変わる。
地中から勢いよく飛び出てきた王蛇は、今まで見せなかった体の全容を完全に現すと、そのまま天高く飛び立った。そして雲に届きそうな位置で、一旦停止した。
「ここからが本番だな――モンスタートレインが始まる」
「キウィァァァァァァァアッッッ!!!!」
魔王の聞いたことのない雄たけびが、空間を支配した。
声という表現ではいささか物足りない。肌を揺さぶり、心臓を叩かれたような、物理的な衝撃波が空間を歪ませてきたのだ。
次の瞬間、文楽の脳内に声が響いてきた。
『――我が子らよ。世界を滅ぼす魔王を殲滅せよ」
スキルの影響だろうか。
いま魔王【王蛇】の言葉が聞こえた気がした。
ゲームでも聞いたことのない声――発信元は間違いなく、王蛇だ。
ふと、考え込む。
王蛇はいま「魔王を殲滅せよ」と言った。
普通に考えればおかしい。
王蛇が魔王で、文楽は勇者側の人間だ。
だけど――王蛇は文楽たちのことを「魔王」だと認識しているような発言をした。
「まさか、な」
嫌な予想が文楽の脳裏によぎった。
文楽がゲームをクリアしたとき、物語のラストでは100体目の魔王が誕生した。
使用していた勇者の中でも、リーダー兼エース的な立ち位置のキャラが最後、魔王と同じ赤い瞳変わった――100番目の魔王が誕生したかも?という終わり方だった。
そこで気がついた。
過去に倒してきた99体の魔王は、勇者と同じ軌跡を辿った被害者だったかもしれない。もしかしたら魔王は、元は世界を守るために戦わされていた勇者側の存在だったのではないかと気がついた。
とはいえ、曖昧なエンドロールだけで判断できるわけもない。
なんとなく自分のなかで区切りをつけて、思考を有耶無耶にしていたわけだが。
ここに来て、無視できない事象へと変わった。
なんとかして、王蛇と意思疎通ができないだろうか。
『王蛇、もしかしてお前は元勇者なのか?』
ん? なんだ今の言葉。
文楽は自分が発した、訳のわからない言語に驚いていた。
最初は日本語を話そうと思って、何気なく魔王に語りかけてみた言葉だった。
だというのに、自分が発した言葉は明らかに日本語ではない、別の「何か」だった。
それどころかその「何か」は地球に現存する言語とは思えず、人間が発音できる言語だとも思えなかった。何かと何かを複合して同時に話しているような、強いて文字で表すならば「■」という黒塗りの言葉が近いかもしれない。
それほど、言葉に質量が伴っていた。
自分の口からそんな不思議な言葉が出たことに、興味が湧いた。
一体、自分の身になにが起こったのか。
思い当たる可能性は一つだけあった。
文字化けしたステータス「■■■■■」だ。
『――今しがた、話しかけてきたのはそなたか? 怪力の魔王』
ああ、やっぱりそうだ。
声の主は間違いなく王蛇で、王蛇も文楽の言葉を理解できている。
誰も理解できない言葉を、魔王と文楽だけが共有できている。
こんな偶然がありえるのだろうか、それとも必然か。
さらに王蛇は、文楽を魔王だと認識していて殺意を抱いている。
むしろ自分が勇者であり、悪を倒すことが正義であると主張するような口調だった。
とはいえ、こんな情報を得られそうな貴重な機会はもう二度と来ないかもしれない。
モンスタートレインに巻き込まれるまでの間、文楽は王蛇と会話を試みることにした。
『俺で間違いない。王蛇、もう一度聞く。お前は元勇者か?』
『――我は――も――――で――――――る』
『なんだ? バグってるぞ。今なんと答えた』
『――わ――――が――――い―――』
二度聞いて確信した。
これは通信が不良なわけでもないし、王蛇が意図して隠しているわけでもない。
何者かによって、会話を阻害されている。
ということは――何者かは、文楽と王蛇との会話を好ましく思っていない。
「どうしたものか……」
文楽が制限されない会話を考えていた、その時だった。
上空にいた王蛇が、見たこともない神々しい光を解き放ったのだ。
両手で収まりそうなほどの小さな光の玉。だけどそれは月や太陽よりも明るくて、優しくて、温かな――まさに勇者の輝きという表現が似合う光だった。
その光が空間を包み込むと、世界が停止した。吹き荒れる風、揺れる木々の音、木霊していたモンスターの雄たけび。それら全てがぱたりと停まった。
『――あまり時間が無い。怪力の魔王、手短に話す』
王蛇の声が鮮明に聞こえてきた。
最初に聞いた声よりもずっと透き通っていた、温かい響きだった。
『王蛇、お前の仕業か。助かる』
文楽はすぐに状況を把握すると、短剣を収めて友好的な態度を見せる。
『――我の尾には秘宝……』
『天叢雲剣は知っている。他の要件を教えてくれ』
『――話が早いな。魔王救済を受け取るがいい。そこに我らの希望がある』
王蛇がそう告げると、文楽の目の前に小さな光の玉が出現した。
それがゆっくりと広がっていき、神々しく輝く光の紙に変わったのだ。
そこに白い文字でこう書かれていた。
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名称 * 魔王救済<王蛇>
概要 * 魔王<王蛇>の完全討伐および解放
依頼 * 天叢雲剣で八つ目の核を破壊する
報酬 * 神話級武器・天叢雲剣
報酬 * 神話級スキル・呪い之王
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目の前に現れた、王蛇の意思を見て文楽はすべて納得した。
魔王という存在は、元勇者で間違いない。
文楽と同じく普通のルートでクリアしたことで、システムに組み込まれた被害者なのだ。
ならば――彼らは同志と思っていいだろう。
『わかった、承諾する。呪い之王というスキルは初耳だが……これは王蛇のスキルと同じとみていいな?』
『――如何にも』
『だったら断る理由はない。俺は元々運営をぶっ飛ばすつもりでいるからな』
文楽は満面の笑みを浮かべて、親指を下に向けていた。
その言葉を聞いて、王蛇は僅かに喜び笑っているように見えた。
『――あとは任せた。我らを救済してくれ、同志よ』
王蛇はそう告げると、神々しい光の玉が徐々に消えていく。
ときが再び動き出し、モンスタートレインが再開したのであった。
文楽はこの世界にきて、一番の笑みを浮かべていた。
ようやく見つけた。
最良の結末を得るための欠片を。




