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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第13話:魔王討伐1ー⑥

「はぁ、はぁ…………ほんと人生ハードモードっすね、オレ」


 魔王から離れた山の奥で、枯木こらぎはたった一人でモンスターと対峙していた。

 目の前には、胴に十数個の口が埋まっている二足歩行型の人狼が立ち塞がっていた。


 小神おがみじんだったら軽々と倒してしまえるだろう。


 だけど、平凡な枯木ではそうもいかない。

 スキルは皆無、今の彼にできるのは持ち前の運動神経と勇敢さで、一心不乱に戦うことだけ。心もとない木製の盾に、サバイバルナイフに似た短剣を握りしめ、モンスターと一対一の状況を作り必死に戦うことしかできない。


 一つでもミスがあれば死ぬ。

 まさに命がけの戦いをしていた。


 今、生き残っている誰よりも――ハードモードだった。


「――とはいえ、逃げるのはもっとごめんっすよ。オレには死ねない理由がある」


 いま一度強く武器を握りしめ、枯木は覚悟を決める。


 最初に攻撃をしかけたのは、枯木だった。

 スーツケース大の木製盾を構え、盾を前面に押し出し、そのまま敵に向かって突進していく。


 大きな盾で、無数にある牙攻撃を防ぐ。

 突進の勢いで相手の態勢を崩し、足を払って敵を地面に押し倒す。

 そのままナイフを振りかぶり、全力で首元に深々と突き刺す。何度も何度も突き刺した。


 ほどなくして、モンスターの赤い瞳が灰色へと変わった。


 この戦法はサバイバルを続けた数日間で、枯木が編み出した我流の戦い方だった。

 ゲームに多少詳しい迅は「シールドバッシュだ!」なんてかっこよく言っていたが、そんな大層な名前をつけるような攻撃でもない。


 馬鹿で、阿保で、取り柄のない、特攻という言葉が似合いそうだ。

 命を天秤にかけた、自分らしい特攻攻撃。


 それでもこんな自分が、枯木は誇らしかった。

 こんな馬鹿で平凡な人間でも、守りたい人のためならば必死に生きようと足掻けるのだ。

 山で拾ってきた山菜一つで、幸せを享受できる人間――それが枯木謙信だった。


「はぁ、はぁ…………これで三体目」


 ふらふらになりながらも立ち上がり、辺りの戦況を確認する。

 達成感を抱いたのも束の間、枯木は喪失感を抱いていた。


 自分の存在意義を失いかけた、という表現が近いかもしれない。

 周囲には数えきれないほどのモンスターの死体が転がっていて、全部が圧倒的な質量でぶっ潰されていたのだ。枯木が必死に三体のモンスターを倒している間に、迅は何倍もの数のモンスターを圧殺し、この戦いで鬼神の働きぶりを見せている。


 もちろん悔しい。

 幼い少年にできて、二十歳の自分にできない無力感がたまらなく悔しい。

 それでも今は前を向くしかない。後ろを振り向いている時間などない。

 そんな暇な時間があれば、一体でも多くモンスターを倒そう。



「まだまだっすよ、オレ。せめて、迅くんの十分の一でも貢献しなきゃ――――え?」



 ほんの一瞬欲を出した、あまりにも小さな心の隙。

 気の緩みが仇となって、気がついたときには肩口に強い衝撃が襲ってきた。


 返しの付いた槍の矛先が、肩を深々と貫いていたのだ。


「ぐっ……油断したっす」


 振り返ると、そこには人狼型モンスターが槍を握って獰猛に笑っていた。


 今まで武器を持ったモンスターなんて見かけたことがなかった。

 だから油断していたのかもしれない。

 なぜ急に――とは思ったが、少し前に「ここはローグライクゲームの世界らしいよ。だからザチュートリアルみたいなモンスターはいないみたい。どんなモブ敵が出てくるかは完全にランダムなんだってさ」という迅の言葉を思い出し、運悪く武器を持った敵がここにいただけなのだと気がついた。


 急激に肩が熱くなり、遅れて痛みが全身に駆け巡る。

 人生で感じたことない激しい痛みに、頭が真っ白になっていく。


 だけど枯木はすぐに自分に鞭を打ち、再び動き出す。


「へへ……いい武器持ってるっすね」


「スガルァァァァァァァ」


「そろそろこのナイフも……心もとないと思ってたところなんすよ」


 枯木は、不敵に笑いながら肩に突き刺さった槍を掴んだ。

 その行動で敵の不意を突くと、太もも目掛けて三度ナイフを突き刺した。

 モンスターの態勢を不意打ちで崩し、敵は思わず槍から手を離した。


 その隙をついて、枯木は足を薙ぎ払い、勢いよくナイフを首元に突き刺した。何度も何度もナイフを突き刺し、ようやくモンスターは息絶えた。


「はぁ……はぁ…………痛い」


 傷口の肩を押さえながら、枯木は木の根元に背中を預ける。

 そのまま背中を引き摺り、地面に座り込んだ。


 馬鹿の枯木でも、刺さった武器を抜いたら失血死になることは知っている。

 映画で見た景色だけど、なんとなくダメだってことは分かっている。

 だから槍は抜かなかった。一旦そのまま放置して、どうにか止血しようと上着を破り始めた。

 ナイフで上着を破りつつ、その場しのぎの布の切れ端を作る。

 映画で観たシーンの見よう見真似で、槍を固定しつつ、傷口を圧迫するように布をきつく縛った。これが正解かはわからないが、やらないよりはやって後悔したい。


 それでも――少しずつ体が寒くなっていく。

 気を抜いてしまうと、意識が遠のいてしまいそうだ。


 呼吸が苦しい。


「枯木さん! どこにいますか! 枯木さん!」


 遠くから迅の声が聞こえてきた。

 助けを求めるために声を出そうと力を振り絞るも、上手く声が喉から先に出てこない。掠れた空気の漏れた音だけが、小さく空中に書き消えていく。


 気がつくと、口から血を吐き出していた。


 ああ……これはやばいやつだ。


 自分はもうすぐ死ぬと知った。

 だけど、なぜだか死は怖くなかった。

 この世界に来る前から、死にそうな場面なんて何度もあったからかもしれない。


 債鬼さいきに内臓を売られそうになったり、カタギじゃない奴らに脅されたり、親に首を絞められて殺されそうになったり――枯木にとって死はそこまで遠い存在ではなかった。むしろ小さい頃から傍にいた友達のような感覚だった。


 だからこそ、枯木は自分が長生きしないだろうとは常々感じていた。


 人生やり切った――と思いたいが、自分以上に頑張った奴を知っている。

 それゆえに、心のどこかで不完全燃焼な感覚も燻っていた。


 拠点キャンプに連れてこられた日からずっと、休まず夜中になっても一人で走り続けていた男がいた。枯木が最初に気がついたのは、初日の夜中だった。

 枯木もまた、自分にできることを探すため、寝ずに拠点の中を練り歩いていた。壁という壁を叩きまくって抜け穴がないかを探し、扉をいじれば何かしら開く部屋はないかと検証し、武器だったり生きるための道具はどこかにないかと施設を隈なく探し歩いていた。


 でも、思うような発見はほとんどなかった。

 そう落ち込んでいるときに、彼を見つけたのだ。


 翌日も、彼は朝から晩まで休まず延々と走り続けていた。

 さすがに眠かった枯木は、寝る前になんとなく気になって様子を確認しに行ったが、そのときでさえ彼は休まずに一人走り続けていた。


 翌朝、さすがに戦う前には睡眠を取っているだろう――そう思っていたのだが、翌朝でさえ彼は走っていたのだ。さすがに少しは寝たのだろうか……とも考えたが、彼の鬼気迫る表情を見てそんな甘い考えではないのだろう悟った。


 その光景を思い出し、枯木の心には熱い気持ちが押し寄せてきた。


 自分も頑張れば、彼みたいに強くなれたのだろうか。

 こうして弱いモンスターに苦戦する歩兵じゃなくて、魔王を倒す飛車のような彼に成れたのだろうか。努力の方向を間違えなければ、もっと幸せな人生を送られていたのだろうか。


 いや、違うな。

 羨むだけなんて馬鹿みたいじゃないか。


 彼のように死に物狂いで行動することに価値があるんだ。



「……オ…………ゴホッ」



 少しでも声を出そうとすると、より息が苦しくなる。

 もう声は出ない。


 だったら――。


 カッ、カッ、カッ。

 枯木は手探りで見つけた石ころを握りしめ、木の幹にできる限り叩きつけた。

 何度も、何度も、何度も――諦めずに音を鳴らし続けた。



「こ……枯木兄ちゃん!!」



 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 良かった。音に気がついたのがモンスターではなく、迅で。

 本当に良かった。


「ダメ……ダメだよ! 絶対に死んじゃダメ! あと少し……少しで良いから耐えてよ。お願いだよ……僕を一人にしないで」


 もう目もろくに見えやしない。

 それでも、こんなにはっきりと迅くんの声が聞こえるのはなぜだろうか。

 馬鹿なオレをこんなにも慕ってくれるのは、妹たちくらいだってのに。


 枯木は最後の力を振り絞って、手を持ち上げて迅の頬に触れた。


「ダメ……絶対にダメ。もう少しだから、もう少しで神々廻さんが魔王を倒してくれる。僕見たんだ、魔王の体にたくさん穴が開いていて、どんどん弱っていく魔王の姿を――」


 必死に訴えかけてくる迅の頬の振動が、細かく伝わってくる。

 涙を流しているのだろうか、いま指先が少し濡れた気がした。


「それに……神々廻さんは僕に教えてくれたんだ。魔王を倒して魔王討伐クエストを終えたときに、どれだけ致命傷を受けていても――心臓さえ止まっていなければ、拠点で何事もなかったかのように復活できるって!」


 そんな魔法みたいなことあるんだろうか。

 あったら嬉しいけど、さすがにそこまでゲームみたいな世界でもないだろう。

 オレをできるだけ苦しまずに安心させようと、必死に言葉を紡いでくれているみたいだ。


 ぶっきらぼうで、無口だった出会った頃の迅とは大違いだ。


「あ……り…………が――」


 そこまで言って、枯木は手をぐったりと地面に落とした。


 迅は慌てて槍の柄を戦斧でへし折り、枯木を地面に寝かせた。

 小学校の授業で習った心肺蘇生を必死に思い出す。


「たしか……たしか、服を脱がせて、胸の真ん中に両手を置いて…………全体重で押す。一、二、三、四、五――三十。気道を確保して、二回息を吹き込む――」


 必死に、迅は胸骨圧迫と人工呼吸を繰り返した。

 その最中に、迅は大きな声で叫んだ。


「神々廻さん! 早く魔王を倒してくださいッッッ!! 枯木さんが……枯木さんが死んでしまいます!!!! 聴覚が敏感だってさっき言ってましたよね!! 聞こえてますよね!? お願いします!! 一秒でも早く魔王を――」


「聞こえてる。だから声量を下げてくれ、頭に響く」


 突風が吹いたと思えば、目の前に文楽の姿があった。

 文楽は躊躇なく槍を肩から引き抜くと、どこからともなく瓶に入った赤い液体を取り出し、傷口へと振りかけた。


 液体がかかった肩口は、魔法のようにみるみると治っていく。


「神々廻さん……ありがと――」


「迅、お前よくしゃべるようになったな」


「は、はい……枯木兄ちゃんが色々教えてくれました」


「そうか。だったら、その心肺蘇生を続けろ。心臓から音がしない」


「は、はい!」


 迅は慌てて、心肺蘇生を再開した。

 それを見届けた文楽は再び短剣を握りしめ、迅たちに背中を向けた。


「もうすぐ魔王を倒す。だから、それまでに枯木を蘇生させておけ」


「は、はい!」


「あと胸骨圧迫のタイミングが遅い。もう少し速く……一秒で二回のペースで続けろ。学校で習わなかったのか?」


「は、はい! 修正します!」


 それを見届けた文楽は、再び戦場へと戻っていく。



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