第12話:魔王討伐1ー⑤
文楽は驚いていた。
ようやく魔王の腹の中から脱出できたと思えば、勢いよく吐き出され、着地点には小神ら四人が待っていたのだ。
ちょろちょろ動かれても戦いづらいので、じっとしていろと言ったのだが――。
「先輩!? 魔王と戦うんですか!?」
「ぼ、僕も一緒に戦います!」
「す……すっげぇ。え、兄さんなんであんな高さから落ちて平気なんっすか?」
「だから、うるせぇって言ってんだろ! 今、スキルの影響で聴覚が敏感なんだっての!」
クラッツォの魔核から手に入れたスキルの影響で、文楽は声を荒げていた。
特定のモンスターの魔核を喰べると、確定でスキルが手に入るものが存在する。Hero's Ringではかなり希少な魔核だ。
その中でも、クラッツォの魔核は一級品と言われている。なにせ序盤ではほぼチートと言っていいA級クラスのスキルが手に入る。本来であれば魔王討伐30は超えないと手に入らないクラスの強スキルだ。
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名称 * 白共感覚
分類 * アクティブスキル
等級 * A級
効果 * 「クラッツォ」と同等分のステータス値を上乗せする
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要するに――。
下等勇者のクソみたいだった文楽のステータスに、クエスト50以降で出てくるクラッツォの物理特化なステータスが、まるっと上乗せされている状態なのだ。人ひとりを片手で破裂させてしまう身体能力を、文楽はいま下等勇者の分際で使用している。実質、文楽の能力値は下等勇者と言えない領域に達していた。
序盤ではほぼ敵なし、最強のスキルの一つだろう。
とはいえ、デメリットも存在している。
スキルの効果が強すぎて、下等勇者の器では長時間の使用に耐えられない。
具体的に言えば、急激な五感の超強化によって体に高い負荷が生じる。今まで聞いたことのない音、匂い、遠くまではっきりと見える視野、肌に刺さる魔王の殺気、予測や予感とも言い換えられるほどの野生的第六感。それら全てがじわじわと文楽の体や脳に負荷を与え続けてくるのだ。それらがいつもより少しだけ高揚した気分にさせ、彼を野性的な姿にさせている。
気づいたときには、耳からは赤い血が流れ出てきていた。
微かに温かい液体が頬に伝ってきたことで文楽は自分の限界を知った。
「クソ……もってあと三十分ってところか」
雑に血を手の甲で拭うと、文楽は再び彼らに目くばせをする。
「いいか、一回しか言わないから大人しく聞け。あと大声を出すな」
その言葉の意図を知り、皆は静かになると黙って頷いた。
今まで文楽が積み上げてきた行動や成果が、言葉のいらない信頼に変わっていたのだ。従順な彼らを見て、文楽は急ぎ言葉を続ける。
「戦えない奴はじっとしていろ、巻き込まれても知らないからな。それと小神、迅、お前らはまだ戦えるよな?」
小神と迅、二人は静かに激しく頷いた。
その瞳に宿る熱と精悍な顔立ちを見て、今日までしっかりと努力を怠らなかったことが伝わってきた。このクエストで戦いに慣れること、生き物を殺すことに慣れること、それらをこなしてきた戦士の目をしていた。その証拠に彼らの顔には、血の塊がちらほらと張り付いていた。
文楽は感心していた。
彼らには戦う勇気があった、逃げない精神力があった。
過保護に育てるよりも、二人は崖から突き落とした方が良いタイプだ、と。
「よし、いい目だ。今から魔王を倒す、そこでお前らに役割を与える」
二人は、再び強く頷いた。
文楽は念のため魔王を目を逸らさずに、二人へ作戦を伝える。
「魔王は瀕死になったら一帯のモンスターへ号令を出し、モンスタートレインを発生させる。その標的は一番ヘイトを買う俺になるだろう。その前に戦力をできるだけ削いでおきたい。今からお前ら二人は辺りのモンスターを倒しまくってこい。一体でも多く倒せ。俺は魔王に集中する、いいな?」
「はい! 神々廻さん!」
「何がなんだか相変わらずわかりませんけど、とりあえずやれるだけやります!」
「自分も頑張るっす!」
元気に返事をした迅。
渋々やれやれといった様子で、しっかりと二本の剣を構える小神。
そして――。
「誰だお前」
「嘘……覚えられていないっすか、オレ」
冷たくあしらわれた枯木は、少し落ち込んだように視線を落とした。
それを見ていた迅は、優しく腰を撫でて励ます。
「し、神々廻先輩!? また不愛想になってますよ! 彼は枯木さんといって……とにかくすごい人です! めっちゃ頑張ってくれる方です」
「……そうか。戦えるなら頼む」
「小神の姉さんも雑っすよ……と、とりあえず頑張るっす!」
短時間で彼らへ計画を話し終えると、三人は魔王に背を向けて走り出した。
一人、誰だか知らない爺さんが残っていたが、怯えている様子だったので気にしないことにした。こういう戦えないような雑魚に、自分の手を施すのは時間がもったいない。
文楽は魔王へ意識を集中し、様子を伺う。
魔王はまだ苦しんでいる様子だった。
縦横無尽に空中で悶え蠢き、気色の悪い奇声をあげている。
それも仕方ないだろう。
なにせ文楽は体内にある魔王の弱点、喉仏に大量の武器を差し込んできていた。
ただ差すだけでは奴の強力な筋肉ですぐに抜けてしまうので、スキル白共感覚を使い、怪力で武器の柄をぶん殴り深々と突き刺し、容易に抜けないようしてきたのだ。
とはいえ、この程度の攻撃は魔王に生命力の一〇〇万分の一すらダメージを与えられていないだろう。ほんの僅かな違和感、嫌な骨がささった程度の、精神的な攻撃にしかならない。
そもそも王蛇は、物理技の完全耐性を有している。
特に外皮は殴る、蹴る、剣で切る、槍で突く――など、それら全てで魔王に1ダメージも与えられない。中からであれば多少のダメージはあるが、筋肉が堅すぎるゆえに、それほど効果がない。
有効なのは、特殊攻撃のみだ。
魔法や属性攻撃、斬撃による波動攻撃など、物理以外の力で戦うしかない。
「……相変わらず、ビギナーに攻略させる気ゼロなゲームだよなぁ」
あらためて身に染みてきたこのゲームの難易度の高さに、文楽は思わずから笑いをする。
運営が鬼畜だと言われる理由はここにある。
物理完全耐性を持たせた魔王を、クエスト1ないしはクエスト4で出現させてくるとか、どこの鬼が考えた仕様だよと思わず毒を吐きたくなるものだ。さらに鬼畜なのが、序盤に召喚できる勇者の中に、特殊攻撃スキルを持つ勇者なんてまずいない。いたら奇跡か、豪運と言っていいだろう。
適切な知識が無ければ最初の魔王討伐1から詰み、先に進むことすらできない。
さらに、勇者が全滅すればデータがリセットされて、振り出しに戻る仕様だ。今まで育てた勇者ですらデータが消えて、また新しい勇者を育てなければならない。
じゃあ、どうやって攻略すればいいのだ――という話になる。
多くのゲーマーは、攻略wikiや動画配信者を例に倣って進める。
その中でも定番なのが「勇者の痕跡を見つけてクエストを仮達成状態にする」という方法――つまり、この段階で魔王とは戦わずにクエストを一度スキップする方法だ。そうしていつか有効な攻撃手段を手に入れてから、再度このクエストを攻略する。
まあ後回しにするって言い方がシンプルだ。
確かに、これが一番安心安全なやり方だ。
腕が良ければ、それなりの階層まで進めるだろう。
だがその楽な方法を使用すれば、せいぜい40階層が到達できる限界になる。
前提、Hero's Ringというクソゲーは、楽をしたゲーマーに慈悲を与えない。一度でも楽をしてしまうと、絶対にこのゲームは完全攻略できない。
諦めない努力だけが報われるように設計されているのだ。
特にこの魔王【王蛇】討伐では、初回の魔王討伐でしか手に入らない必須アイテムが存在する。それ無くして、完全攻略は絶対に不可能だ。文楽はその隠し要素を発見するのに、何年もかかった。千回以上の検証の末、ある日、特定の攻略方法を行えば手に入る必須アイテムを発見した。
今後の攻略に必須な神話級武器が手に入る。
これは魔王討伐1のうち、初回での攻略でしか絶対に手に入らない代物だ。
武器や防具、アイテムには等級という制度が存在する。
下から、規格外、D級、C級、B級、A級、S級、神話級だ。
神話級はこのゲームに置いて最高ランク、そんな武器を序盤から得ることが必須となるのだ。
だからこそ、いま命を天秤にかけてでも――魔王【王蛇】は倒す必要がある。
「さて……ボーナスクエストの開始だ」
文楽は足に力を籠めると、一足で大きく地面を蹴りだす。
人間とは思えない異常な速度――ほぼ一瞬で距離を縮めていた。
足で地面にブレーキを掛けつつ、握っていた短剣を順手で強く握りしめる。
「まずは一枚目」
赤と黒が入り混じる混沌としたオーラが、短剣の刃に宿る。
その刃を、力の限り王蛇へと突き出した。
手のひらサイズの大きな鱗へ、甲高い金属音を鳴らしながら衝突した。
しかし――鱗はほんの一ミリ削った程度で、。刃の勢いが殺される。
硬いだけじゃない、力を吸収する柔軟性が、鱗には備わっていたのだ。
そんな感触などお構いなしに、文楽は口角を上げていた。
「――罪の解放」
赤黒い光が極大な光線となって、王蛇の体を貫通していた。
鱗を高熱で溶かし、さらに体の反対にある鱗まで溶かし、雲を突き破って光線が空に刺さった。王蛇の体に大きな穴が開いた。
「キウィァァァァァァァアッッッ!?!?」
「このときのために、血肉を削って刻印をフル充填してきたんだ。もっと痛がってくれ」
どちらが魔王なのか分からないほど、文楽は獰猛な笑みを浮かべていた。
短剣固有能力の解放の衝撃波で、服の袖が吹き飛んでいた。
その勢いで腕に巻かれていた包帯が解けていくと、痛々しい腕の傷が露わになる。無数の切り傷に、まともに手当てもしないだろう赤黒く染まった腕。その光景は努力うんぬんを超えて、もはや攻略に対する異常な執着心を感じるほどだった。
光線の余熱で露わになった肌がじりじりと焼けていく。
気づいたときには、突き出した腕は赤く爛れて痛みが全身を襲う。
それでも文楽は僅かに顔を歪めるだけで、攻撃を止めなかった。
「これで一つ目」
文楽は喜々とした笑みを浮かべながら、爛れた腕を王蛇の体内に突き刺していた。光線によって露出した黒紫色の魔核を掴むと、力の限り握りしめ魔核を破壊した。
外皮と違い、魔核だけは物理攻撃でないと破壊できない。
あらためてこのゲームを作った運営は鬼畜だ。特殊攻撃のみならず魔王の魔核を破壊できるだけの物理ステータスもそれなりになくては、絶対にこの魔王は倒せないのだから。
「キウィァァァァァァァアッッッ!?!?」
先ほどの鳴き声とは一線を画す咆哮が、夕焼け空に響き渡った。
同時に全身から黒い煙を勢いよく噴出させ、煙幕をあたりにまき散らしていく。
もちろんそれはただの煙幕ではない。
即死性のある呪いを複数含んだ、いわば複合毒のような煙だ。
普通の勇者でも致命傷になるが、下等勇者であれば一息吸っただけで即死だろう。
「この煙幕に何度殺されたことか……」
嫌な記憶が蘇り、文楽は少し険しい顔をしていた。
普通ならば範囲外に避けるために、色々と準備をするのだが――文楽は運が良い。
下等勇者の劣等体質【異人拒絶体質】が全ての呪いを無効化するので、慌てて逃げる必要がなかったのだ。
王蛇はひとしきり悶え、苦しみ叫ぶと、逃げるように地中に戻っていった。
それを確認した文楽は、一度空を確認してから走り出した。
「穴から計算して、北東に三十七メートル…………この辺りか」
夕陽の見える位置から大体の場所を特定し、そこで王蛇を待ち構える。
ただ待つだけでは時間がもったいない。
爛れた腕に再び刃を突き立て、血を滴らせていく。その血を短剣に充分吸わせると、あらかじめ準備しておいた布の切れ端で傷口を塞ぐために、歯を使って力一杯圧迫止血する。さっきはメリットになった異人拒絶体質だが、この劣等体質がなければ今ごろ回復ポーションを使って、痛い思いをせずに治していただろう――と、文楽は自嘲するように口角を上げていた。
それから間もなく、文楽の足元が――予兆もなく爆発的に盛り上がった。
予知でもしているのか、文楽は難なくそれを横っ飛びで回避すると、全力で王蛇の腹を蹴り飛ばしていた。その衝撃に耐えられず、王蛇は大きく態勢をのけぞる。
「さすがクラッツォの物理攻撃力だな。ダメージはなくとも、その衝撃だけは避けられない」
自分で、自分の破壊力に思わず驚く文楽。
明らかに人間が出力していい力ではないが、ここはゲームであると無理やり納得する。
とき折り思うのだ。
ここはどっちのクソゲーが本質にあるのだろうか、と。
現実なのか、|Hero's Ringなのか。
そう考えたのも束の間、文楽はすぐに態勢を立て直した。
再び地面を強く蹴り、王蛇の体に着地すると、太長い胴を一心に駆け上っていく。
「二枚目――罪の解放」
再び、赤黒い極大光線が魔王【王蛇】を貫いた。
間を置かずに文楽は手を突っ込み、二つ目の魔核を握りつぶした。
残り――六個。
そうすれば必要なアイテムが手に入る。
下等勇者だったとしても、はるか上の存在である魔王を倒せる神話級の武器が――。




