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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第11話:魔王討伐1ー④

 ◆遭難一日目


 この日記には、私の奇妙な経験を日記としてノートに記します。

 いつの日か、これが誰かの役に立つと願って。




 遭難三日目、私は一人になった。

 魔王という意味不明な生物(大きな蛇)が地中から飛び出してきて、神々廻先輩が食べられた。目の前から高層ビル並みの蠢く化け物が出てきたのだ。


 私は訳も分からずその場から必死に逃げ出した。

 気づけば、みんなと離れ離れになっていた。一人になっていた。


 今まで生きる道を先導してくれた先輩は、死んでしまった。 

 この状況に立ち向かおうと一致団結したみんなも、ばらばらになってしまった。

 いつ、どこから、また魔王が地中から飛び出てきて、私を食べるかもわからない。


 できるだけ魔王から離れようと暗闇の中進んでいると、あるとき()()()()()にぶつかった。これ以上進めないのだと知った。

 最初はどこまで続いているのか確かめるために、見えない壁に手を当て、壁に沿って歩き続けた。たぶん二時間以上は歩いたと思う。あるところで、再び見えない壁にぶつかった。よく触って確かめてみると、壁が直角になっているのだと理解した。


 嫌な予想が脳裏によぎり、私は絶望した。

 私たちは鳥かごの中で生きる弱者で、私たちの命は魔王やモンスターに握られているのだ。


 私はこれから何をすればいいのだ?

 魔王と戦う? 無理だ、あんな巨体に人間が勝てるはずなどない。

 このままずっと隠れ続ける? 一生ここで怯えて弱者として生きるのか?

 戦って、強くなる? 私は人生で殴り合いの喧嘩などしたことない。こうして神々廻先輩に戦い方を教えてもらったはいいけど、本当に戦えるのかなんて全く想像ができない。


 そうして歩いていると、山奥に崩れそうなほどに風化した廃屋を見つけた。

 家の中は積もるほどの埃が被っていたし、無人だったので、おそらく廃屋だと思った。

 家電や生活用品がそのまま残っていたので、ホラー映画に出てくる廃屋のようで怖かったけど、それ以上に魔王の方が怖くてここで一晩身を隠すことにした。


 廃屋の中で食料を探していると、缶詰をいくつか見つけた。

 綺麗めなサバイバルナイフも見つけられたので、空腹はなんとかなりそうだ。

 それと同時に、ノートとペンも見つけた。なので私は日記を書くことにした。


 状況の整理と、私の心の変化を記録しておきたいと思った。


 一旦、状況を整理しようと思う。


 拠点キャンプという場所で私たちは三日間過ごした。

 その後、鬼子というこのゲームを進行する存在によって、富士山の麓――たぶん山梨あたりの広々としたキャンプ場に転移させられた。


 最初は驚いた、神々廻先輩の言った通りになったからだ。

 そこで改めて確信した、神々廻先輩はこのゲームの進め方を知っている。


 先輩は転移する前に私たちへこう言った。

 ――最初はどこかの山奥に飛ばされるだろう。

 ――そこが関東近郊であれば、魔王とは戦うな。お前らでは勝てない。

 ――魔王から逃げつつ、勇者の痕跡を探せ。そうしたら拠点ここに戻ってこれる。


 魔王に命を握られているこの状況を打開するには、「勇者の痕跡」というものを探す必要があるみたい。とはいっても、ただ歩いて探せばいいだけじゃない。


 実は、ここに来る道中で「モンスター」という奇妙な生物を三回ほど見た。

 猛禽類の脚を持った兎のようなモンスター。

 鹿の体に猿の顔が乗ったモンスター。

 二足歩行の狼の体には口が十個ほどあったモンスターもいた。

 先輩の言った通りだった。


 ――この世界では、スライムだとか、ゴブリンだとか、そういったザ・チュートリアルなモンスターは出てこない。

 ――いつ、どこで、どの段階で、どんなモンスターが出てくるのか、全てがランダムだ。

 ――だから勝てないと思ったモンスターが出てきたら、迷わず逃げろ。難易度にそぐわないモンスターが出てくることは往々にしてある。

 ――ローグライクゲームとはそういうものだ、慣れろ。


 と、そう言われたのだ。


 だから見つからないように、足を忍ばせ、ときに身を潜めて、モンスターに見つからないようにしてきた。隠れているときは生きた心地がしなかった。


 そうしてここにたどり着いた。

 日記を書いていたら、少し落ち着いてきた。

 冷静に今の自分を客観視できてきた。


 まずはご飯を食べて、しっかりと睡眠を取ろう。

 怯えても今の私には何もできない。

 だったら、明日に備えて万全の準備をすることが、今の私にできる最大限の努力だ。


 明日、みんなを探そう。

 どれくらいの広さを捜索するかわからないので、効率的に勇者の痕跡を探すためにはマンパワーが必要だ。


 万が一のときを考慮して、迅くんとは一つだけ約束をしていた。

 もしはぐれてしまったときは北側で集まろう、と。

 朝日に対して、九十度左側の方向に進めば合流できるはずだ。





 ◆遭難二日目。


 迅くんと合流できた。

 驚いたのは、迅くんは先輩が言っていた「スキル」を使いこなしていた。

 それを使って、易々とモンスターを倒していたのだ。迅くんは戦斧を木製バットのように軽々と振り回し、ときに強力な一撃として攻撃できるスキルを持っている。


 正直、悔しいと思った。


 私もスキルの使い方を教えてもらったはずなのに、昨日も今日も逃げることしか頭になかった。怖くて、戦うなんて選択肢は思いつかなかった。

 だけど、迅くんはまだ十一歳だというのに、勇敢にモンスターと戦うことを選んだ。


 ――俺の言った通りに動け。そのタスクにだけ集中しろ。

 ――そうすれば、恐怖を考える暇など無くなるはずだ。いつか慣れる。


 そうだ、神々廻先輩だってそう言っていた。


 決心した。私も戦おう。


 さすがに魔王は倒せないけど、迅くんと一緒に道中のモンスターを倒して、勇者の痕跡を見つけよう。一日でも早く、安心して眠れる場所に帰ろう。


 実は、今日は迅くん以外にも二人と再会できた。


 枯木さんは、迅くんとずっと一緒に行動していたらしい。

 迅くん曰く体力が化け物じみていて、移動時に迅くんを背負ってくれたり、食糧調達を率先してやってくれていたみたい。とはいえ枯木さんは戦う術「スキル」を使えないので、戦闘では迅くんの補助しかできないのだとか。


 それともう一人、淀口さんとも合流できた。

 昨日からずっと木の洞に隠れていたそうなのだ。

 たまたま通りかかった迅くんと枯木さんが拾ってきたと言っていた。


 他の三人はまだ合流できていない。

 鈍田さん、宇郷さん、鎮波さん、無事だといいな。





 ◆遭難三日目。


 嫌だ。

 もう嫌だ。


 はやくお家に帰りたい。

 平和な世界で美味しいご飯をたべたい。

 お母さんのご飯を食べて、愛犬のプイとゆっくり眠りたい。


 …………三人が死んでいた。


 こんな惨い死に方は見たくなかった。

 忘れないためにも日記に書いておくと決めた。

 みんな体中を食べられたのか、全身がバラバラになっていた。かろうじて落ちていた武器や服の切れ端から彼らの死体だと分かった。


 もし先輩がいなければ、と考えると恐ろしい。

 もしかしたら、私も彼らのようにあっさりと死んでいたかもしれない。


 武器が無ければ、素手で命のやり取りをするしかなかった。

 スキルの使い方がわからなければ、迅くんも私もモンスターと戦うことはできなかった。

 魔王と戦う以外の方法を知らなければ、無謀に魔王へと挑む人もいたかもしれない。


 だけどもう、先輩は生きていない。

 誰かが先輩の意思を引き継がなければ。

 みんなで絶対に生きて帰るんだ。


 今日は地図を手に入れた。

 みんなで勇者の痕跡を探しつつ、見えない壁がどこまで続いているのか歩いて確かめていた。全部は確認できなかったが、このエリアは思ったよりも小さいかもしれない。


 それと、枯木くんがとても優秀だった。

 鋭い聴覚でモンスターの居場所を特定し、強そうなモンスターは事前に回避できるのだ。

 また廃屋を見つけると率先して中に入り、食糧を調達してきてくれる。

 迅くんが疲れたときには、彼が背負い、険しい山道を歩いてくれる体力。


 私には何もないと改めて気がついた。


 悔しい。

 こんなにも情けない自分は久々だ。


 気持ちを切り替えよう。

 私はどんな環境、どんな社会でもうまく立ち回って、それなりに成果をあげてきた。


 だったら、今の私が生きている社会はここだと思い込もう。慣れよう。

 この世界――モンスターや魔王と戦わなければ死ぬ世界で、生きる術を必死に身に着けよう。


 生きるために戦おう。




 ◆




 小神は日記を閉じた。


 その日から、小神は自分を鬼だと思うように生きた。

 迅と一緒に戦って、戦って、戦って――返り血で服が赤く染まりはじめた。


 あれから毎日が忙しい。日記を書く暇などないほどに。

 四人で地図を見つけ、透明な壁の範囲を確定させ、おそよ八キロ四方が自分たちが立ち入ることのできるエリアなのだと理解した。


「迅くん、そっちの二体は頼みます! こっちの三体は私が」


「はい!」


「枯木さんは迅くんのフォローをお願いします! 淀口さんはそこで待機を」


 そう指示を出し、小神はモンスターと対峙する。


 どれも同じ種族のようで、カメレオンの顔をした四足歩行の獣だ。

 はじめて見るモンスターだけど関係ない。

 どうせ今の私にはたった二つのことしかできない。

 それを如何に、相手に悟られぬように成功させるかを考えるだけだ。


「ふぅ……」


 スキル<不意敵意>。

 敵の視線を、自分の意図する方向へ誘う能力だ。

 神々廻先輩はこう言っていた――ヘイトを自分ではなく、特定の物に移し替える。


 スキルを使用した瞬間、モンスターは勢いよく上を向いた。

 小神が意識したのは「上から降ってくる矢の雨」――彼らはそれを野生の本能で感じ取って、木に生えている無数の木の実に反応したのだ。


 小神は姿勢を屈め、存在感をできるだけ押し殺す。

 呼吸のリズムを意図的に遅くし、小さくし、脱力する。


 スキル<刺突二連>を発動した。


 縮地と刺突攻撃の合わせ技で、一撃目が成功すると、二度目の刺突攻撃はスキルのアシストが入りもう一度急所に突き刺す能力だ。


「ガリュゥゥゥゥゥ……」


 モンスターの赤い瞳が、灰色に濁って生気が消えていく。


 小神はそれを確認すると、表情一つ変えずにモンスターの体を脚で蹴り押しながら二本の剣を引き抜く。そうして残り二体のモンスターも難なく倒した。


「終わりました! 小神さん!」


 背後から迅が声を掛けてきた。

 振り返ると、そこには純粋無垢な少年が返り血や肉片まみれで立っていた。


 小神は自分が浴びた返り血を袖で雑に拭うと、すぐに迅の頬についた返り血や肉片をハンカチで綺麗に拭ってあげる。


「みなさん、次はこの辺り探しましょう」


 小神は紙の地図を広げて、皆に説明する。

 既に探した箇所には斜線を引き、まだ未捜索な箇所は空白になっている。

 虱潰しに探せば、いつか勇者の痕跡は見つかるはずだ。


 魔王にさえ見つからなければ、順調に進むだろう。




 ――と、考えたそのときだった。




 地面が大きく揺れた。

 覚えている。

 これは魔王が現れたときと、同じ振動だ。


「みんな、走って!!!!!!!」


 鬼の形相で振り返ってみんなに指示を出す小神だったが、ときすでに遅かった。

 間を置かずに地面が爆発的に盛り上がり、災厄が現れた。



「キウィァァァァァァァアッッッ!!!!」



 小神たちがいる場所よりも五十メートルほど先だった。

 魔王【王蛇ダ・オヌ】が再び、彼らの前に姿を現した。


 しかし、どうも様子がおかしい。

 最初に見たときの記憶である殺意をまき散らすような出現ではなく、何かに苦しみ、逃げるように飛び出てきたような雰囲気を感じた。


 地上から十メートルほど体が出てくる。

 魔王は苦悶するように体を捻らせ、蠢き、そして空中で何かを勢いよく吐き出した。

 口の中から飛び出してきた影は、小神たちの方へと飛んできた。


 かなりの衝撃と共に、その影は難なく着地する。




「クッソ……急に吐き出すなよ。スキル使ってなきゃ即死だぞ」




 その影――男性は悪態を吐きつつ、禍々しい武器を強く握りしめている。

 不意に背後の気配に気がついたのか、ちらりと確認すると呟く。


「生きてたか。正直死んでると思ってた」


 一度もこちらを見てくれない。

 こんなにも、こんなにも、その不愛想な顔を見たかったというのに。


「神々廻先輩!!」

「神々廻さん!!」


「うるせぇ。いま聴覚が敏感なんだ、騒ぐな」


 その男は嫌そうな顔をしながら、ほんの少しだけこちらへ見てくれた。

 口元の口角が少しだけ上がって、彼はこう言った。


「巻き込まれたくなけりゃ、ここでじっとしてろ」


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