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6. 決意した日

 一通り話が終わった後、レリアはレリアのために用意したという部屋に案内された。

 そこでレリアの侍女となるテレーザを紹介される。

 黒髪に茶色の目の彼女は、レリアより一つ上の十八歳。ファビオの妹で顔がそっくりだとよく言われる、とからっと笑った。


「よろしくお願いいたします。レリア殿下」


 テレーザの母はエドガルドの乳母で、ファビオとエドガルドは乳兄弟。その縁もあって、テレーザも幼い頃からエドガルドのことをよく知っていると言う。 侍女がつくなど何年ぶりだろうか。テレーザの笑顔が親しみやすいものだったので、レリアは安堵する。うまくやっていければいい。


「エドガルド殿下の婚約者様のお世話を仰せつかるなんて、とても光栄です」

「身支度はテレーザに任せてもらえばいい」


 そう言い残したエドガルドが部屋を去ってからが戦場だった。

 風呂に入れられ全身を磨かれる。さらにコルセットをぎゅっと締め付けられドレスを着せられる。慣れないレリアはされるがまま身を任せるしかない。化粧を施され身支度が終わる頃には、まだ目的も果たしていないのに疲労困憊していた。


(なんだか、本番前から疲れた気がする……)


 迎えにきたエドガルドは、きちんと正装をしたレリアを見て、琥珀色の目を細めた。


「気の利いた表現が出来なくて申し訳ないが、よく似合っている」


 その言葉に側にいたテレーザが満足そうに微笑む。


「今回は既製品で申し訳ない。次はきちんと一から仕立てたものを贈ろう」

「いえ。これだけで十分です」


 レリアはぶんぶんと手を振った。


「そんなさみしいことを言わないでほしい。婚約者なんだから」


 エドガルドが眉尻を下げながら困ったように言う。

 謁見は王宮の居住区にある王族のプライベートスペースで行われるという。エドガルドのエスコートで向かった部屋は、シンプルで落ち着いた内装だった。ひときわ豪奢な椅子が、国王陛下のものなのだろう。

 その向かい側にある長椅子にレリアはエドガルドと並んで座る。

 前の予定が少し押したとかで、予定時刻より少し遅れてアブストラート国王は現れた。

 アブストラート国王は髪に白いものが少々混じっているものの、齢五十を過ぎてもなおはつらつとした印象を与える人だった。顔立ちはどこかエドガルドに似ている。堂々とした立ち振る舞いもあり王としての貫禄は十分。父に爪の垢を煎じて飲ませてあげたいと思ってしまう。

 エドガルドに紹介されて、レリアは挨拶をする。幼い頃に仕込まれた礼儀は、きちんとレリアの身についていたようでほっとした。


「君がレリア姫か。こちらの事情があったとはいえ、待たせてすまなかったな。エドガルドを責めないでやってくれ」


 国王陛下の言葉にレリアは内心首をかしげる。

 確かに陛下は遅れてやってきたけれど、国の上に立つ者の予定が詰まっていることくらい理解している。怒るつもりもなかったし、ましてやエドガルドに文句を言うつもりもない。


(やっぱり私、きつい性格に見られるのかしら)


「いえ。私は平気ですので、気になさらないでください」


 つり目がちで顔立ちがはっきりしているせいか、どうも性格まできつめに見られるらしいことは自覚していたので、レリアはなるべく柔らかく答えた。


 そんな始まりだったものの、あとは穏やかに話は進んでいった。

 話はエドガルドが進めてくれるので、レリアは質問に答えればよいような形になる。

 そもそも国王陛下は、末の息子がいきなり連れてきた婚約者に文句をつける気はまったくなかったらしく、非常に好意的な態度だった。


 無能――魔法が使えないことが心配だったのだけれど、それは特に気にならないという。非常に魔力が強いアブストラートの人間にとって、他国の人間は魔法が使えないのが当たり前だからだという。

 アブストラートの人間は、ほとんどの人間が転移魔法が使える。さすがにエドガルドのような国境をひとっ飛びするのは桁違いだそうだが、馬車で一日程度の距離なら誰でもできるそうだ。

 つまり、彼らにとって多少の魔法は使えないのも同じなのだ。


 あっという間に時間は予定時刻となり、国王陛下は去って行った。

 部屋にはエドガルドとレリアの二人が残される。

 レリアはほっと緊張を解く。


(そういえば、なれそめとかも聞かれなかったな)


 国王陛下は当然のようにレリアの存在を受け入れていた。話を通している、とエドガルドが言っていたので、その辺りも適当に説明しておいたのだろう。


「殿下。私、そんなにきつい性格に見えますか?」

「は?」


 レリアが単刀直入に尋ねると、エドガルドが意味がわからないといった顔をする。


「遅れたことについて、殿下を責めるなと国王陛下がおっしゃっていたので」


 レリアが付け足すと、エドガルドは額をおさえた。


「あー。まあ、えっと、あまり気にしなくていい。俺も、君が俺を責めるとは思っていないから」


 なんとなく視線が泳いでいる。


「――それよりも、王宮を案内しよう」


 なんとなく強引に話を変えられてしまった気はしたけれど、レリアはその誘いに乗ることにした。これから一年間過ごす場所だ。知っておいた方がいいだろう。


 エドガルドの案内でアブストラート王宮を巡る。曲線や細かな装飾などが多用された優美なシランドル王宮とは違い、アブストラート王宮はシンプルで豪壮だった。文化の違いだろう。

 王宮を二人で歩いていると、どうしても周囲の視線を感じる。

 第三王子が見慣れない顔の女性を連れているからだろう。多少注目されるのは仕方がないと割り切った。


「エド。珍しいな。君が女性と一緒に歩いているのは」


 貴族の青年が声をかけてくる。


「俺の婚約者だ」


 エドガルドは簡潔に答えた。青年は大げさに驚いた顔をする。


「正式なお披露目はまだ先だが、一足先に滞在してもらっている」

「へえ。お前がねえ」


(殿下の友人であれば、きちんと挨拶をしておくべきよね)


 青年はエドガルドの昔からの友人らしい。

 レリアもエドガルドの友人に向かって笑顔を浮かべる。


「レリア・ラガルト・シランドルです。よろしくお願いします」

「……は、はい。よろしく」


 少しの間を空けたのち、青年が挨拶を返してくれる。じっと視線を向けられているのを感じた。友人の婚約者として値踏みでもしているのだろうか。


「じゃあこれで。悪いが今日は姫を王宮に案内しないといけないんだ」


 エドガルドは低い声で言うと、レリアの腕をそっと引いた。レリアも軽く友人に頭を下げる。


「……油断も隙もないな。気持ちはわかるが」


 去り際、エドガルドがぼそりと呟くのが聞こえた。

 それからも何人かに声をかけられたけれど、エドガルドは皆にはっきりとレリアが婚約者だと紹介していた。

 一通り案内が終わって、部屋に送り届けてもらう。


「婚約者だってはっきり言っちゃって良かったんですか?」


 さすがに誰の耳があるかもわからない場所では聞けなかったこと。

 レリアの質問にエドガルドは非常に真面目な顔で大きく首を縦に振った。


「ああ。否定するのも変だろう」


 たしかにその通りかもしれない。

 この婚約が表向きであることを知っているのは、エドガルドとレリア、そしてユベールの三人だけなのだから。






 その日の夜。寝る支度を終えたレリアは、自室のふかふかのベッドに横たわりながら、ぼんやりと天井を見つめる。


(なんだか夢みたい……)


 引きこもりのレリアにとっては、めまぐるしい一日だった。

 まさか、瞬間移動でアブストラートまでやってくることになるとは。

 昨日の夜は、固いベッドに寝転び、離宮の古ぼけた天井を見つめていたというのに。

 この白と青を基調にまとめられた部屋も、単なる客室ではなく、レリアのために用意されたものだという。クローゼットにはレリアのサイズのドレスがぎっしりと詰まっている。あ。既製品でかまわないとエドガルドに伝えるのを忘れていた。



 明日から精霊術の講義が始まる。妃教育の中に紛れ込ませるらしい。

 そう。王子妃教育があるのだ。

 正式な婚約者でもないのに……と辞退も考えたレリアだけれど、精霊術の講義のカムフラージュとしても必要なのだ、とエドガルドに説かれてしまった。

 尤も、レリアは母が亡くなってからまともな教師に師事していない。賢王の薫陶を受けた兄が唯一の師だったが、そう兄も暇なわけではない。本格的な教育を受けられる機会は逃すべきではないのだろう。そう思って受け入れることにした。


(――これだけよくしてもらっているんだもの。がんばって、殿下の『お守り』の役目を全うできるようにならないと)


 この『お守り』役は初めて兄から与えられた役目だ。

 何が何でも期待に応えたい。


 レリアは、自分が兄のために生きると決意した日のことを思い出す。

 あれは、レリアが十二歳のときのことだ。母が亡くなって、少し経ったころ。

 レリアは、王宮の庭で何者かに誘拐された。兄には外へ出ては行けないと言われていた。でも、部屋に閉じこもっているのが退屈で護衛騎士に話をして少しだけと王宮の庭に出たところを狙われたのだ。

 気づけば。薄暗い部屋の中、柱にくくりつけられ縄でぐるぐる巻きにされていた。

 ドアの奥からかすかに漏れ出る光。何かが起きているのか激しい物音がする。


『いいのか? 王女様がどうなっても!』


 扉越しに震える男の声が聞こえる。


『俺は本気だぞ!』


 大きな音を出して扉が開いた直後。扉から炎の球がレリアに向かって飛んできた。

 迫ってくる炎の球。熱さに耐えられなくなったレリアは恐ろしさに目をつむる。知っている。あれは攻撃魔法の一つだ。レリアがどう頑張っても使えなかった攻撃魔法。それはきっと、あっという間に小さなレリアの身体を呑み込んで焼き尽くす。


 もうだめだ!


 目を閉じていても視界が赤い。来るべき衝撃に備えて身体をこわばらせる。


『レリア!』


 兄の叫び声と共に、爆発音が聞こえる。そして、レリアに迫っていた熱が消えた。覚悟した衝撃はとうとうこなかった。おそらく氷魔法で相殺したのだろう。

 何か大きな物音がしていたが、やがてしんと辺りが静まる。どれだけそうしていただろう。レリア、と兄に優しく呼ばれて、ようやくレリアは目を開けることが出来た。心配そうな兄の顔が視界に飛び込んでくる。


『もう大丈夫だよ。レリア』


 兄が小さく呪文を唱えると、風の刃がレリアを拘束していた縄を切る。

 震えるレリアの身体を兄がぎゅっと抱きしめてくれる。とても温かい。優しく後頭部を撫でられるとだんだん落ち着いてきた。

 安心したためだろう。レリアの意識はゆっくりと遠のいていった……。


 迫り来る炎の魔法の恐ろしい記憶はそう簡単に消えるものではない。


 ――この出来事を機に、レリアには密かに心に決めたのだ。


 兄が助けてくれなければ、レリアは炎の球が直撃して間違いなく死んでいただろう。

 この命は兄が助けてくれたもの。だから、兄のもの。

 ならば、レリアはこれから将来国王になる兄のために生きる。


(これは初めてお兄様から頼まれたこと。絶対にやり遂げてみせるわ)


 レリアは天井につきだした拳をぐっと握った。



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