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28. 厄介な存在

 ――建国祭まであと半月なのに、頭の痛いことが多すぎる。


 何も進んでいない事態に、執務室で机に向かっていたエドガルドはこめかみをもんだ。

 ニコロはまだ見つかっていない。協力者がいるのは確かだろう。

 エドガルドよりニコロの方が王として扱いやすいと考えている貴族の一派がいることは把握している。実際、ニコロは自分を持ち上げてくれる人間に甘く、そんなニコロを利用してある程度の地位を得た下級貴族もいた。


 父王は公明正大で民からも慕われている。爵位ではなく実力で人を見る。そんな父をうざったく思い、選民意識が強く操りやすいニコロを王にしたいと考える者たち。

 ただ。ひっかかることがある。


(離宮の警備にそういった貴族は関わっていないはずなんだが)


 離宮の結界魔法を解除できるのは数名のみ。その中には、反乱分子になりそうな貴族はいない。だが、あの離宮から結界魔法を解除せずに逃げられるとも思わない。

 これからの安寧のためにもさっさとニコロは見つけなくてはならない。


 それに、厄介ごとはもう一つ。

 こんこん、と扉がノックされる。エドガルドが返事をする前に扉が開いた。


「エドガルド様。いらしたんですね!」


 にっこりと微笑みかけてくる女性を目にして、エドガルドは思わず眉をひそめそうになる。

 レリアの異母妹――ヴィオレーヌだ。


 金髪に空色の瞳を持つ彼女はレリアには全く似ていない。ユベールには少し似ているが、顔立ちだけだ。「シランドルの至宝」というあだなを持つ彼女は、確かにレリアよりも一般受けする容姿をしているのだろう。そしてそれをヴィオレーヌ自身も理解している。

 今もこちらを上目遣いで見つめているが、エドガルドの心はピクリとも動かない。


 彼女が婚約者と共にアブストラートに来てから五日。毎日のようにヴィオレーヌはエドガルドの元にやってくる。

 エドガルドのヴィオレーヌへの心象はよくない。それもあって、ファビオに適当に理屈を付けて追い払ってもらっていたのだが、今日はあいにく彼は不在だ。ニコロの捜査を任せているからなのだが、少し失敗したかもしれない。


「ヴィオレーヌ殿。一体何のご用でしょうか?」


 エドガルドは冷たい声を出すが、彼女はどこ吹く風だ。


「ようやくお話ができて嬉しいですわ。エドガルド殿下。いつもいらっしゃらないんですもの」

「建国式典の準備が近いもので」

「そうでしたのね」

「それで何かご用でしょうか」


 なるべく突き放すような物言いを心がけるが、あまりこの王女には効果がないだろう。


「私、聞きたいことがあるんです。――エドガルド様は本当にお姉様と結婚するつもりなんですか?」


 小首をかしげるヴィオレーヌ。見た目だけなら非常に可憐だ。


「そうですが何か問題でも? きちんと国にも話は通してあるはずですが」


 また、彼女は姉の悪口を吹き込むつもりなのだろうか。もちろん彼女の言うことを信じるつもりは全くない。

 以前彼女が食堂に乗り込んできたとき、遠回しに「何を言っても無駄だ」と伝えたはずなのだが、彼女には通用しなかったようだ。

 都合のいいことしか聞く耳を持たないのだろう。ある意味お似合いの二人だな、とクレトを連想する。

 ヴィオレーヌは悲しげに眉を寄せた。


「わかりました。お伝えしなければならないことはたくさんあるんですけど……エドガルド様は私が何を言ってもお姉様の方を信じるんですもの」

「婚約者の方を信じるのは当然だと思いますが」

「私はあなたのためを思って言っているだけですわ。悪辣なお姉様にだまされないように。なのに最初から信用しようとされないんですもの。ひどいわ」

 まるで何かの被害者のように大げさに嘆く。付き合っていると頭痛がしてきそうだ。

「そうですか。それで今日もレリアについて話をしにきたんですか」


 エドガルドがちらりと視線を走らせると、ヴィオレーヌがゆっくりと首を振った。


「いえ。今日は、エドガルド様に提案をしに来ましたの。エドガルド様。お姉様ではなく、私を選ぶつもりはありませんか?」

「あなたを選ぶ?」


 エドガルドの眉間にこれ以上ないくらいしわが寄る。


「ええ。これからのためにも。お姉様より私の方がずっと上ですわよ?」


 先ほどまでの悲しげな顔が嘘のようにヴィオレーヌがきれいな笑みを浮かべる。それがエドガルドに媚をうっているように感じられて非常に不快だった。

 エドガルドには目の前の女の考えていることが全然わからない。

 何を言っているんだ? そもそもヴィオレーヌには立派な婚約者がいるではないか。


 それに。

 こちらに向けられる空色の瞳には、こちらを選べという熱情のようなものは全く感じられない。あるとしたら――打算か。

 彼女は決してエドガルドを異性として気に入って近寄っているわけではない。

 そんな気がする。


 ――それがかえって不気味なのだ。


 容姿が気に入った。アブストラートの英雄で次期王太子という地位が気に入った。

 理由が明確にわかるのならまだいい。だが、彼女からはなにもわからない。


「遠慮いたします。一体何を企んでいるのか存じ上げませんが、私があなたの手をとることは絶対にありません。私はレリアを裏切らない」


 ヴィオレーヌの瞳を見つめて、きっぱりとエドガルドは言い切った。

 また大げさに嘆くのだろうか。

 そうエドガルドは考えたが――違った。


「そう」


 ヴィオレーヌの瞳がすっと細められる。なんとなく彼女の纏う雰囲気が変わった、気がした。


「残念ですわ」


 そう言うと、ヴィオレーヌは扉を閉めて去って行った。


(なんだったんだ。一体……)


 エドガルドはヴィオレーヌが消えた扉をじっと見つめる。

 彼女が何かを企んでいることは確かだ。

 ただ、警戒しておいた方がいいだろう。

 婚約者であるクレトに、レリアがこの国で冷遇されているように吹き込んだのは確かだ。

 ちなみにクレトは、意外なほど騎士たちに溶けこんでいる。ここ数日鍛錬を共に行っているが、それなりにきついはずなのに文句一つ言わない。アブストラートの人間の魔力の強さに驚いたらしいが、今は負けじと頑張っている。

 もっとも、だからといってクレトを見直すつもりは全くない。彼はレリアを深く傷つけているからだ。

 そもそもレリアの婚約者は最初からエドガルドのはずだったのに。クレトが余計な傷をつけた。本当に許しがたい。

 二年前の婚約破棄。あれは単純な性格のクレトがヴィオレーヌに乗せられてやったことだとファビオが言っていた。それとなく尋ねたらなにも考えずに教えてくれたらしい。


『ドロテ妃とヴィオレーヌが、無能王女は俺にもったいないと言うからな』


 と堂々と胸を張ったという。悪いこととはみじんも思ってなさそうだ。

 別に彼が婚約者とうまくいくかどうかなど、エドガルドにとってはどうでもいい。

 だが。


(ヴィオレーヌはクレトが好きなわけでもなさそうなんだよな)


 使いやすいとか、都合がいいとか、そのあたりだろう。

『シランドルの至宝』と呼ばれる彼女だが、現シランドル国王の評判があまりよくないこともあり、クレトよりもよい縁談を望める可能性は低い。

 ヴィオレーヌのことを何でも聞く辺り、都合の良い駒くらいの扱いだろうか。

 今回のアブストラート来訪も、言い出したのはヴィオレーヌだというし。


 扱いやすいクレトはいい。騎士団でしごいていれば、レリアに近づく隙はない。

 問題はヴィオレーヌだ。外面がいいので、どれだけ使用人たちに言い含めてもほだされるものが出てくるかもしれない。


 幸い、王宮内でのレリアの評判はいい。「無能」というさげすみも、ヴィオレーヌが「ただの人間」である時点でアブストラートの人間には通じない。


(何を考えているのかわかれば、まだ対策も取れるんだが……)


 レリアを貶めたい。それだけだろうか。

 王の寵愛が深かったにもかかわらず、長い間側妃という不当な位置に貶められていたと思い込んでおり、ドロテ妃の正妃、しいてはその子どもであるユベール、レリアに対する憎悪は深い。そうユベールから聞いている。

 その娘であるヴィオレーヌも、レリアに対してよくない感情を抱いているのだろう。

 無能とさげすみ下に見ていたレリアが、王太子妃になるのが面白くないのはわかる。

 だから、なんとかしてエドガルドとレリアを引き裂きたいのだろう。


 でも、本当にそれだけだろうか?

 クレトから少しでも情報を引き出せればと思うが、そもそも一緒には来たものの、ヴィオレーヌとはあまり話をしていないらしい。どうやらヴィオレーヌの方が忙しそうで話す機会がないようだ。

 ヴィオレーヌはあわよくば、クレトを使ってエドガルドとレリアの仲を引き裂きこうとした。だが、それは失敗した。

 次はどう出てくるのだろうか。


 なんとなく、胸がざわつく。


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