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ePISODE tRACK[5] = lACRYMOSA//ラクリーモサ

 不味い水道水を飲む。

 味の濃いタンパク質を食べる。

 寒さに痛みを覚える。

 この街で得られる全てそれらの感覚は、俺という人間が――雪日向渓國という自分自身が、生物的に存在している、活動している事を示している。

 筈、だった。

 だが、"特別な装置"や"特別な施設"ではその感覚たちが遮断され、生物的な死という終わりを迎えても生き返る、蘇るような行為は、科学技術がどんなに進歩してようが、あまりにもそれらを否定し乖離している――おかしいのだ。

 存在そもそもが。

 最初は睡眠時の夢に近い状態でゲームをしているのだと思っていた。

 しかし、実際は違うんだ。

 この【デッドエンドレコード】という殺し合いゲームの中の姿こそ、実は本当の状態。

 俺らはとうに、生きてない。

 死んだ存在。

 まさに"ゴースト"。

 だから、なのかもしれない。

 だから、"生前"の記憶を欲するのかもしれない。

 デフラグされなかった、生きていた事実を追い求め、解決し、納得しようとするのだ。

 蘇るために。

 自分で、起き上がるために。


 ###sWITCH(mAIN_sCENARIO)###

 //メインシナリオに戻ります


 頭を抱えていた。

「おいどういう事だcOL。この映像見てもまだ捕まえられないって言うのか?」

 現在≪ビジネスパーク≫中央、cOL本部にて、俺が二週間前に渡した例のマスカレード無しの"ゴースト"との一戦の件、それで揉めていた。

「ですから、何度も申し上げている通り、当該プレイヤーの所在が」

「それにしたって対応が遅すぎだろ。街の住基ネットを管理してるのなら、探すのはそう難しくない筈だ」

 ここ、cOL本部の人間は支所のバイト感覚のやつらと違い物腰は人並みに丁寧なのだが、やれセキュリティポリシー違反だ、やれ公開できない情報だの言い張って肝心な事を教えたがらない。しかも仕事も遅い。たかだかプレイヤーの登録データを参照する程度なのに、一週間待てと言われ、エビデンスのマスカレード解除について確認中だからもう一週間待ってくれと来たもんだ。

 自分に関する手続きならともかく、cOLからプレイヤーへ依頼を出してる"ゴースト"の事なのに、いくら何でもおかしいじゃないか。

 苛立ちを隠せないまま、暫く担当者とやり合ってたが、何も変わらないと踏んで踵を返す。時間の無駄だ。外で待機していたレンダの元へ向かう。

「どーだった?」

 ベンチでクレープを頬張っていたレンダが俺に気付く。

「変わらず、だ。お役所よりタチが悪いぞやつら。わざと処理を遅らせてんじゃないのか。さすがに金も少なくなってきたし、報酬も必要なんだが……どうしたもんか」

 この前の一件以降、実は俺たちはシアイをまともに出来てない。というのも、パンクスの調子があれから回復し切らず、3人以上での参加の規定が満たせないのだ。あのナイフ女に首を絞められた際、呼吸器系に軽くダメージを受けたらしく、まだ療養が必要との事。そのため、現在無収入で生活費は貯金を切り崩し。このままだと野垂れ死に……なんてあまりにも情けない。

 バックアッパーが居ないのがこの様だ。

 しかも、問題はそれだけじゃないのが、また厄介。

「レンダ。そういや、今日の被害者数聞いたか?」

 食べ終わったクレープをゴミ箱に捨てて、レンダが頷く。

「速報流れてたね。今日だけで死傷者14人。3日連続で2桁越えだ」

 実は、≪上州デフラグシティ≫では、今現在テロ被害にあっている。

 無作為にプレイヤーを襲っているらしく、死亡者も出ており、問題はかなり深刻化。警察のような機関が存在しないため、有志の自警団が警備にあたっているが、全く犯人の足取りが掴めていないという。

 しかも何の因果か、俺らがあの"ゴースト"と戦った日から発生したのだから勘弁して欲しいものだ。

 嫌でもあのナイフ女――天倉宇月の顔が浮かぶ。俺の本名を聞いた途端に殺そうとして来た<天倉組>の頭領……これもやつらの仕業なのか? 頭が痛くなる。俺が何をした。あいつに。

 とにもかくにも、他人事ではない状態に街も混乱も隠せない。どうにか、現状を打破できるよう、最善を尽くしていくしか無いが――

「ねえセッケー見て。あそこ、本部の屋上に、誰かいるよ」

「は?」

 レンダに腕を引っ張られ、示された方角を見上げる。cOL本部のビル。赤く光る航空障害灯の中、屋上部に伺える一つの人影。ダフトパンクみたいな大きなフルフェイスヘルメットを被っていて、長袖を召しているのに素足という不思議な格好で、左手に持つ四角い何か……拡声器だ。それを掲げて佇んでいる。俺と同じように周りの連中も屋上の人影に釘付けになる。ありゃなんだ。cOLの演出か。目立ちたがりだろ。にしてはなんか変だぞ。ざわざわと喧騒が大きくなっていく。周囲に熱が帯び、外の空気は混沌としていた。やがて屋上のそいつは俺らなんて見えてない様子で拡声器を顔の前に持っていくと、大きく息を吸った。


「忠告をします。」

「今から殺します。」

「コトバで私を殺したあなたを」

「殺します。」

「突き落として私を殺したあなたを」

「殺します。」

「笑いながら私を殺したあなたを」

「殺します。」


 そして、平坦に、無表情にそいつは言っていた。

 淡々と感情を持たせずに、誰に伝える訳でもないように、まるで独り言を言っているみたいだった。

 言葉が発せられる度に、周囲の騒めきは異様さを含み、不穏なものに変化する。誰かが叫んだ。おい飛び降りたぞ! 悲鳴、驚愕、嘆き、一気に混ざり合い、しかしそいつは躊躇なく落ちる。三十階はあるだろう位置からの下降。俺たちのいる地面に向かって一直線

 と思った瞬間、そいつは消えていた。

 何が起きたか分からず全員が固まった。

 そんな中、後ろから声が聞こえた。

「チェンソーで私を殺したあなたも」


 俺の、真後ろから。


「殺します」


 突如、轟音とともに強烈な熱エネルギーが空気を裂いて俺の周りを――熱い熱い熱い熱い痛い! 己の痛覚インジケータがあったならおそらく9割を指し示していたであろう。血は流れてない。怪我もない。認識できたのは真後ろで爆発が起きたという事。なんだ意味分からんぞ。突然ビルから落ちて消えたり爆発したりマジックショーでも始まったのかよ、って言ってる場合じゃない。

「っ……! レンダ! 大丈夫か!」

 焦げ臭さと煙にむせ返り、仲間の姿を探す。くそ、噂をしたらテロに遭いましたとかマジで笑えない。ひび割れた地面に躓きながらレンダの無事を確認する……だが煙が酷くてちっとも状況が

「セッケー! 避けてっ!」

 鬼気迫るレンダの叫びと同じくして、土埃を蹴散らして眩しい物体が飛んできた。弾丸、いやこの感じまさか。

「街中でロケランか……!」

 何度も見た軌道。何度も見た挙動。何度も見た形状。凄まじい風切り音と衝撃。遅れて轟音。そうだ【デッドエンドレコード】で必ず餌食になる火力最強ウェポン、ロケットランチャー。それがリアルで目の前で発射された。逃げ惑う人々。甲高い悲鳴。シアイでは勇猛果敢に立ち向かうプレイヤーたちもこればかりは歯が立たない。

 被弾すれば、跡形も残らない。

 死ぬ。

「レンダ! とにかくこっから逃げるぞ!」

「言われなくても!」

 サッと俺の腕を掴んで走り出す影。長い髪が土埃のせいで痛んでいる。レンダだ。あの距離でロケランを避けれたのか。

「なあ……あいつ明らかにお前を狙ってやがるぞ。チェンソー云々って言ってたし、テロ員にシアイで喧嘩売ったのか」

「そんなのしないよー! 笛が鳴ったらノーサイド精神でいつもやってますう!」

 爆音。弾着確認。

 オーバー。

「じゃ、笛が鳴ったらジェノサイド精神のやつに当たったてか」

「ぜんぜん笑えなぁぁぁい!」

 急いで廃ビルの影に飛び込む。地面の揺れる大きな衝撃を感じ、近くに着弾した事に気付く。やはりこっちを狙ってきてやがる。狭い路地裏に駆け込むレンダに付いて行くが直線に逃げるだけじゃ相手の思うツボ。しかも狭い道は逃げ場が無い! レンダめ、馬鹿力引っ張りやがって少しは考えて逃げろっての。

「逃げるなら広い所に出ろ! 背中向けて避けるのはキツすぎだ……! すぐそこの大通り……いや、この先に<天倉組>が使ってたでっかい工事現場があるか。そこなら広いし隠れる場所もある! ひとまず見通しの良いとこまで行って撒くぞ!」

「わかった! ってあれ、ここどこだっけ!? もー! わかんないよー!」

 半ば脊椎反射で答えてるせいか、頭が回ってないレンダに行くべき方角を示す。暴走タクシーかよこの女……ってそうだ。タクシー。何か乗り物は無いか。さすがに走ってあの弾速避けるのは無理があるし、正直走り切れる気がしない。

 路地を抜け、工事現場地帯の通り沿い、首を回してちょうど良さそうな軽自動車を見つける。が、どう見てもカギが掛かってる。もっと都合の良いアシになる物ないか。

「っ! あった! おいそこの黒のマクラーレン! 俺らにその車少し貸し――」

 てくれと続く筈だったが、車体に寄り掛かる見覚えのあるローブ姿に頭が真っ白になる。手元には光を伴う細い長いナイフ。フードの下から覗く、作り物みたいな顔。明らかな異様な殺気。

 天倉宇月。

 なんでこいつが。

「ま、待ち伏せしてやがったのか! くそっ! レンダ、急いで別の車を」

「待てよ小僧」

 行き交う人々の喧騒に不釣り合いな冷淡な口調。今の状況に全く動じている様子がない。

「……私とて、この騒ぎの中お前一匹如き、屠る気もさらさら湧かんでな。それよか、あの厄介者を黙らせる方が優先すべき内容だと思うが。違うか?」

「……! 戦うってのか」

 風に晒されてたローブを脱ぎ捨て、戦いには不向きそうな制服姿となって、手下であろう<天倉組>と書かれた着物を召した男から日本刀らしき物を受け取る天倉。こいつらはシアイだと下っ端どもしか参戦しておらず、上の人間についてはまともに情報が無いが、この前襲われた時の所作からも分かるように、その道の人間と思わせる雰囲気が生々しい。

「貴様らのせいで我が敷地を荒らされても困るからな……最悪、足止め程度はせねばならぬ」

「足止め? 策があるのか」

 天倉の冷徹な相貌がレンダの方へ寄る。この前は把握できなかったが、やはり街灯に照らされた天倉の顔立ちは、ひどく作り物めいてはいるものの、俺とあまり変わらない齢に思えた。

「やつの狙いはそこの女であろう。都合が良い。耳を貸せ。我々が準備を済ませておいた――」

 そう言った瞬間、爆発が建設中の看板を壊した。

 頭が揺れるくらいの衝撃。風で目が開けられない。

 ヘルメットと素足。

 敵、襲来。

「ちッ、来やがった……!」

「この際、考えている暇などあるまい。さっさと協力しろ雪日向。なあに、楽しいドライブと行こうじゃないか」

 引っかかる物言いだが、今はとやかく言ってる場合じゃなかった。暗闇の街に赤々とした炎が舞い上がり、人工的な光よりも明るい太陽が燃える。天倉は俺の肩に肘掛けにして作戦を伝えた。失敗したら本当のデッドエンド。もう言う事を聞くしかない。俺より息が切れてないレンダに天倉の案を伝える。文句の一つや二つ飛び出すのは当たり前の作戦だったが、レンダはあっさり頷いた。大して考えてない気もするが、こいつなら何とかしてしまうだろう。大丈夫。バックには天倉がいて、俺がいる。

「よしレンダ、あのマンションのとこまで走れ!」

 建設途中となっているマンションの工事現場、そっちの方へレンダを行かせ、車に乗り込む俺と天倉。運転席には<天倉組>の手下がいて、既に準備万端だった。

 車が発進する。

「お嬢、本当に良いんですか。やつは、その、お嬢の」

「ふん。生憎、テロリストなど私の身内にはおらん。あんなもののために、我らはこの街に来たのではない。まあ気にするな、王瀬。今はどうあがいてもやつは死なぬ――あれは、ただのバケモノだと思え」

「ハっ……!」

 会話を済ますと手下の男は、力一杯アクセルを踏んだ。いきなりの加速に思わずバランスを崩し、続け様のドリフトに目が回る。直後に爆煙が上がった。心臓に悪い。ついでに今の勢いで隣に座る天倉に抱きついた。安全装置無しのジェットコースターは不可抗力の嵐だ。華の匂いがした。高貴なシャンプーを使ってるのかも知れない。

「くっ、貴様はこんな時にどさくさに紛れて何をやっているのだ……! って、おい、さっさと離れろ馬鹿野郎が!」

 さっきまでの冷徹口調は何処へやら、天倉が整った眉を吊り上げて俺を払い除けた。過剰防衛による反撃は理不尽なダメージを受ける。単純に痛い。

「そんな事言われてもこの引力には逆らえないだろ!」

「貴様っ、自分を殺そうとした者に身を預けて随分余裕そうではないか! いいだろう、後で絶対に殺してや、なっ、こら腹を触るなっ! あ、やめ、手をそれより下に持ってくなぁ!」

 再びドリフトに体勢が崩れ、俺の指先は治外法権を主張するエリアに踏み入ったが相手国に吊し上げられ罰則を受けた。かような天倉国はともかく、年中積んであるだろう積荷にぶつかりながら第二撃を避ける。レンダは目標のマンションまで突っ走り、それを追従するように再びのロケランが飛ぶ。やたら色白な素足を晒して工事地帯の敷地内に入ってきたあのヘルメットはあくまでレンダ狙い。こっちには無関心。さらに速度を上げた車が地面を擦りやつの後方へ距離を取る。

「はぁ、はぁ、今のドリフトは効いたな……あと天倉、抱きつくのは良いがもっと優しくしろ。腕が痛い」

「だ、抱きついとらんわ! これは少しもたれかかっただけだろうっ……と、と、というか貴様は! なんかもっとこう、緊張感というものが無いのか! 先ほども乙女のあらぬ所に侵入を……! って、そうではない! これからあのバケモノとやり合うのだぞ。気を張れ、気を!」

 ぷりぷりしてる我が組のお頭に、運転席の手下はバックミラー越し、眉間にシワを寄せる。

「……お嬢、今はポッと出の男と乳繰り合ってる場合じゃないですぜ。見てくだせぇ。向こうさんはあの娘に夢中で、こちらには興味を示しておまへん……あとは、タイミング次第かと」

 手下の言う通り、工事現場の光に照らされたヘルメットの影は、ゆらゆらと体を揺らし、直線上にあるレンダの背中に引き金を引く。距離にして50メートルは離れているが、着弾は早い。ドォン! と派手な音を立ててフェンスが崩れる。続けてもう二発がレンダを襲う。

「――! 危ない!」

 必死にダッシュしていた。そのせいで、レンダは目標のマンションの手前、足元の鉄骨に躓き倒れてしまう。まずいまずいまずい。これで狙われたら間違いなく命中。跡形もなくレンダは死ぬ。

 どうする。もうやつは発射の準備を

「王瀬、今だ。防衛班をつかせろ!」

「御意! 聞け、天倉防衛班! その嬢ちゃんの前で隊列を作れ!」

 男が助手席に置いてあったトランシーバーに叫ぶ。それと同時、レンダの前に無数のアーマーを着た男たちが自分の体ほどの防弾盾を構え整列した。これがさっき天倉が言ってた作戦か。すぐに複数の爆撃が男たちに向かったが、反動で数名体勢を崩しただけでびくともしてなかった。

 おいおいおい、まさか街の自警団って<天倉組>の事かよ。

 これはもう、軍隊じゃないか。

「どうじゃ、若いの。ケイサツのおらんこの街の治安が何故保られてたか、よう分かったやろ。最大勢力<天倉組>、舐めんで欲しいな」

 噂には聞いていたが、さすが、金の使い方が俺ら極小クラブとは違う。こうやって【デッドエンドレコード】以外にもcOL――街の根本と繋がってたとは。

 弾が切れのか、やつは服の下に着ていたチェストリグのようなものからグレネードを装填する。よし、やるなら今だ。食い気味にエンジンが唸りを上げ、車が走り出す。

「雪日向、大事なのはこの後になる。やつはこの程度では死なぬ。だが確実に隙が出来るだろう。その際、私が押さえ込む。お前は私が渡したナイフでも突きつけてやれ」

「……俺はゲームでもハンドガンしか扱った事しかないが」

 天倉は口元だけで冷たく笑った。

「最初から期待などしておらん。殺傷云々よりも、お前がそれをあいつに突き付け、目を覚させる事に意味があるのだからな」

 やつへ車はどんどん近づく。その距離150メートル、直線上の位置に捕らえてこのまま行けば――もう100メートル、息が詰まる、80、60、35、20、衝撃に備える、10、死ぬかもしれない、5、4、3「お二人さん、行きまっせ!」2、1――

 全てが、霧散した。


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