第一話 もしも願いが叶っても・5
研究室。八紘は広い机に向かって無数の書類や本に囲まれながらひたすらキーボードを叩いていた。
おそらく理系の研究をしているのであろう。現実世界でも昔は算数が一番好きだったことを思う。とはいえキーボードに何を打ち込んでいるのかはよくわからない。複雑な数式や図形……それはイメージとして表現されているのであり、意識としては確かに問題を解いてはいるのだが具体的に何の問題を解きどのような過程を辿りどのような解を目指しているのかはよくわからない。とにかく“何らかの研究をしている”という、そういうイメージだった。
ふと自分が眼鏡を掛けていることに気づく。自分は視力が割といいので眼鏡は必要ない。天才は眼鏡を掛けているものだと、もしかしたら自分はそう思っているのかもしれない。と同時に自分が白衣を着ていることにも気づいた。今は部屋の中に一人でいるしパソコン作業をしている最中なので白衣を着る必要などないとは思ったが、研究者というものは白衣を着ているものだと、これまた自分はそう思っているのかもしれない。とにかく今の夢の世界の中の自分は天才的な人物。何らかの研究を日々行なっているある意味スターである。
ちょっと部屋の中を見てみようと思い八紘はキーボードを叩く手をやめ辺りを見渡す。どうやら全体的に茶色い洋風の部屋のようだった。確かに天才研究者は茶色い洋風の家に住んでいるのだろうと思った。この茶色い壁がどんな素材でできているのか、建築について無知な八紘にはわからない。とにかくテレビでよく見るようなお洒落なもののようである。背中の後ろには扉がある。これもドアというより“扉”というのが相応しい両面開きの扉だった。何となく建物自体が豪奢な雰囲気を纏っている。おそらく自分は今、屋敷に住んでいるのであろう。少なくとも日本で言えば、別に天才研究者で屋敷に住んでいる者がスタンダードとは思えなかったが、しかし、八紘の天才研究者のイメージはエジソンやアインシュタインだった。これだってエジソンやアインシュタインがどんな家に住んでいたのかなど知らないのだが、要するにそれが八紘のイメージであった。
そして壁には背の高い本棚がまるで最初からそのように建築されたかのようにそこにあった。こんなに背が高いというとこの部屋自体の天井も、と思ってふと上を見上げたが天井は普通の高さのように見える。要するにイメージなのだろう。本棚の中にあるものが全て洋書であることが八紘には直感的にわかる。日本語で書かれたものはないはずだった。英語やドイツ語やフランス語、といった感じだ。冷静に考えれば研究者の部屋の本棚に日本語で書かれたものが一冊もないなどということはありえないはずだったのだが、だがそれが八紘の天才というものの表現だった。八紘は外国語がまるでわからないが、この世界の自分はいくつもの言語が喋れるようだった。と、ふと頭の中でドイツ語で「これはペンです」を考えてみる。確かに「これはペンです」と考えることができる。イメージとして、“何か”を考えている。頭の中に具体的な単語やら文法やらが登場するわけではない。とにかく自分はドイツ語がわかるのだ。
こんなにたくさんの本を日々一冊一冊読んでいるのかしらん。
そんなことはどうでもいいのだ。天才の部屋には本棚があり、そして無数の本が収められており、そしてそれが全て洋書であるのだ。
八紘は改めてパソコンに向かう。キーボードを叩き始める。何となくそばにあった書類を手に取る。複雑なことが書かれていた。具体的に何が書かれているのかはわからない。
そのとき、扉をノックする音が聞こえたので、うるさいな、と思いながら八紘は作業をしながら「はい」と応答する。すると女性らしき人物の声がした。
「あの、先生」
先生。いい響きだ。自分は実際に“先生”なのかと言えばそんなことはないように設定していると思う。とにかく自分は“先生”なのだ。例えば医者を先生と呼ぶように、研究者は先生と呼ばれるものなのだ。
「何だ」
そっけない返事をする。別にその女性に敵意があるわけではない。天才研究者とはこういうものだ。
「あの、お食事ができましたが」
どうやらその女性はメイドのようだった。振り返るとメイド服を着ている。そのメイド服もイメージであり、具体的にどのような格好をしているのかはわからない。とにかくこの家にはメイドがいる。それもどうやら複数人いるようだった。メイドが複数人いる必要とは何だろうとかそもそも現代日本にこんなイメージ通りのメイドがいるのだろうかとか疑問に思うことは多かれど、しかし、要するに、夢である。
八紘は、ふん、と、鼻を鳴らしてモニターに向かう。
「後にしてくれ」
「でも、もう二日も召し上がっていませんが」
二日? まあ、研究に没頭していれば腹など空かないはずだった。それより、研究だ。
「適当に済ます」
「でも」
「クビにするぞ」無論、その女性をクビにする理由がそこにあるわけではない。「消えろ」
「わかりました」
と言って、メイドは部屋を出ていく。
二日も食事を摂っていない。しかし、八紘は研究に夢中だった。
「私に解けない謎はない」
独りごつ。頭の中は非常にクリアだった。多分、自分はIQが二百ぐらいあるのだろう。現実世界の自分も知能指数は割と高めのようではあったが、そんなものを遥かに超越する凄まじい頭脳の持ち主。それが今の自分だ。
ミュージシャンよりずっといい。こっちの方が自分に合っている。小学生のとき、あのまま勉強が大好きな自分が勉強が大好きなままだったらきっとこのような結果になっていたのであろうと八紘は思う。思えば予備校に無理やり行かせられて、同い年の小学六年生たちがみんな殺気立って授業を受けていたことを思い出す。こんなに苦しみながら勉強する必要があるのだろうかと八紘は思っていた。講師陣の授業も鬼気迫るものがあり、質問をする余地などはなく、そもそも予備校講師に逐一質問するわけにもいかないことはだんだん慣習としてわかってきたので、とにかく家でも予備校でも必死に勉強していた。学校の授業が何よりも救いだった。親との共犯である担任も流石に授業中に自分を特別扱いなどはしないし、クラスメイトたちとのんびり授業を受けるのが楽しかったし、その中でも自分が一番成績が良いということで愉悦に浸っていられるのも幸せだった。だから受験する羽目になってしまったというのは皮肉な話である。家も予備校も休日も戦争状態だった八紘は学校だけが逃げ場になっていた。
あのまま、自分のペースで自分が望むがままに進んでいたら、その結果が、今である。八紘はキーボードを叩く。あるいは分厚い洋書を読みながら高価そうな万年筆で書類仕事をする。これが本来の自分だ。あるいはミュージシャンなど夢に見ず進学校で大学で勉強に集中していれば。今のこの自分の集中力といったらとんでもないパワーだった。飲まず食わずで研究に没頭している自分が八紘は好きだった。
あるいは、これなら今の自分でもこのような姿になれるのではないかと何となく八紘は思った。とは言え今は勉強自体に興味がないし、特別研究したい何かもないのだが、と、ふと八紘は自嘲する。とにかくあのまま進んでいたら。でも、これでは諦めの悪い自分の気性が治らないのではないかと思う。このままこうやって、何らかの研究をするという人生を目指す羽目になるのだろうか。明晰夢の実験という現実を思い出す。あまりいい実験ではなかったのだろうかと思う。目覚めて現実の世界に帰れば自分はただの平凡なサラリーマン。このままずっと夢の中にいたい。そう思いながら八紘は研究に没頭する。何時間も何時間も、何日も何日も、春が来て夏が来て秋が来て冬が来て、日々研究に没頭する。この研究の成果をいつ発表するのかとかそんなことはどうでもいい。とにかく天才は日々研究に没頭するものなのだ……。
「桜井博士」
ある日。
「桜井博士⁉︎」
八紘は死んだ。過労死だった。天才も体力は普通の人だった。
死にながら八紘は思う。飲まず食わずで日々働いていたらこうなるよなぁ……。これが自分の一生だったのだなぁ……。あのまま勉強が大好きな自分が続いていたら、その結果が今のこの死なんだなぁ……。楽しいことなど何もなく、面白いことなど何もなく、例えば学生時代の音楽のように熱中できるものもなく、例えば今の高収入からそこそこの贅沢をすることもなく、ただただ勉強をするのが自分の“本来”の人生だったのだなぁ……。それは天才研究者として幸せなことだったのかな、自分としては、それは、何だか……つまらない人生だったような気がするなぁ……。




