第三話 暴力歌・1
「ふむ。艱難汝を玉にす、ですか」
「そうなんです」と、藤村時成は、隣でオドオドした様子の息子の時哉の頭をポンポンと叩いた。「苦しい思い、厳しい体験を積むことによって、玉つまり宝つまり、立派な人間になる。ぼくの座右の銘です」
「それを息子さんにとってもそうあってほしいと」
「その通りです」
十三は時哉に柔和な笑みをたたえた。緊張を解そうと思った。
「そんなに怯えないで」
「はあ」
「とはいえ難しいかな」
「はあ」
「今までいろんな人が試してきたことだからね」
「はあ」
「おい時哉。多鍵博士が安心させてくれようとしてるんじゃあないか。はあ、はあ、って、シャキッとしなさい」
「だって、来たくて来たわけじゃないもん」
「全くお前は、こんなときに限って意見を言うんだから」
「ええと、時哉くんは、十歳」と、親子のやり取りを見ているわけにもいかないので十三は時哉に問いかけた。「小学四年生かな?」
「そうです」
「それで不登校気味?」
「うん。あ、いえ、はい……」ふう、と、時哉はため息をつく。「勉強が難しくて、何だか、行くのが嫌になっちゃって」
「いよいよ難しくなる時期だね」
「はあ……」
「とはいえ、先生方がいい人たちだし、こいつもしょっちゅう遊びに出かけに行く友達たちもいて、環境には恵まれてるんです」と、時成は言った。「どうも授業が大変でついていけないってそればっかりで。確かに……オール1とか2なんですが……」
「体育とか家庭科とかは?」
「オール1とか2とかで……」ふう、と、時成もため息をつく。「下の弟は普通なんですが」
「普通とか言わないで」
と反抗する時哉に、時成は呆れた。
「本当に、こういう心持ちで授業に向かえればいいんですけどねぇ」
「まあ、思春期の入り口っていうのもありますし」
「だから思春期とか言わないでください」
「おっとごめんよ」
「おい時哉ぁ」
「いやいいんです。私がちょっとデリカシーに欠けてました」確かに、思春期の少年に対して“思春期だから仕方がない”と本人に直接発言するのは失礼だと十三は反省する。自分の子ども時代を思えば、子どもは子どもで大変なのだから。「ごめんね」
「え。あ。いえ」大人に謝られるのがほとんど初めてだったような気がして、やや時哉は困惑する。「別に」
「えーと、では藤村さん。ああ、お父さん。今回、デジタナで覇気を出させたいとのことでしたね」
「そうなんです」
コホン、と、時成は軽く咳払いをする。
「明晰夢を見られる、ということなので、せめて夢の中でも色々なことにチャレンジして、頑張って、そして乗り越えるということができたら、現実のこの世の中でも反映されるのではないかと思いました」
「まあそうですね、病気で苦しんでいた人が健康になったシミュレーションをしたら寛解したとか余命が伸びたとかっていう例もありますから、可能性はありますね」
「そういう例があるならありがたいです。じゃあ時哉、やってみなさい」
「えっ。でも。ぼく……」
父の時成はサイトで十三とデジタナの実績をきちんと調べた上でここに来ているが、息子の時哉は半ば強引に連れてこられたのでこの怪しげなパソコンたちと、今自分たち二人が腰掛けている、四方に何だかよくわからない機械の設置されているベッドに不安が止まらない。その不安と心配を読み取って、十三は時成にこう言った。
「じゃあせっかくなのでお父さんもご一緒にどうぞ」
「え、ぼくですか?」
と、時成はちょっと戸惑う。
「まだ小学生ですから、助言者がいないとうまく学べないかもしれませんし」
「ああ、それはおっしゃる通りですね。よし、いいでしょう。父親として、きちんと教えていかなきゃいけないですしね」
そこで時成は気になった。
「このベッドに二人で寝るんですか?」
「いえ、別室にもう一台ベッドがあるんです。そちらに……そうですね、お父さんの方に使ってもらおうかと」
「どうしてぼくですか?」
「やっぱり、万が一何かあったとき、息子さんのそばには私がいた方が安全です」
“万が一何かあったとき”自分のそばには誰もいなくて大丈夫なのだろうかとやや不安になる時成ではあったが、しかし自分のことより子どもが最優先だ。
「わかりました」と、時成は立ち上がる。そこでもう一つ気になったことがある。「二人同時に、同じ夢を見るんですかね?」
「そうです。デジタナは世の中の基本的なライフラインとなるように構想を練っています。そのためには当然、最終的には複数の人間たちの意識と同期するというシステムを完成させなければならなくて、現時点では二名同時の実験はとりあえず成功してるんですが三人というのがまだまだ途中段階なんです。この実験が一通り終わる頃にそこに突入できればと思っているのですが」
ちょっと興味を持つ。
「二人と、三人っていうのにそんなに違いがあるんですか?」
「そうですね。三人になるとそこに社会が形成されますから世界が複雑化します」
「ふむ。なるほど。新技術のコンピュータの話は、なかなか難解ですね」
「では、廊下に出て、左の部屋です。ベッドに横になって——『眠れ良い子よ』のメロディが流れればそれで実験スタートですから」
「わかりました。じゃ、時哉。何かあったらすぐ博士に助けてって言うんだぞ」
「え。あ。うん……」
というわけで、時成はこの部屋を出て行った。
パタン、と、静かにドアが閉められ、部屋には十三と時哉の二人きりになった。
「そんなに緊張しないで」
「はあ」
「——そうだね」
と、十三は、ちょっと提案をしてみようと思った。
「今から君は夢を見ます。明晰夢っていうんだけどね」
「嫌だなぁ」
「君がしたくないことはこのまましなくていいからね」
このまま、を強調した、何やら含みのある発言のように聞こえ、時哉はちょっときょとんとする。
「え?」
「まあ——お父さんもね。人って誰しもが、いつまでも教え子なんだよね」
「?」
「というわけで、どうぞ」
と、十三は椅子から立ち上がり、ベッドに腕を差し出す。
はあ、とため息をつき、やがて時哉は頷いた。
「……わかりました」
「うん。横になるだけでいいよ」
「はあ……」
言われたままに横になる。なんとか時哉を寝転ばせ、そして十三はモニターの前に座って黄色いヘッドホンを耳につける。
やがて例のメロディが流れ……そして時哉と、別室の時成は同時に眠りに就いた。実験開始だ。




