第7話 旅②
「おいっ!なんだあれは!」
月の光が想像以上に明るいおかげで、暗い闇夜でも私とミューズをしっかりと照らしてくれている。そのせいで私たちを認識した複数人の男たちが下から怒号を上げている。
ミューズを掴んで飛び出したものの、私の小さな体では飛び降りた同じ高さを維持できない。しかし突然の出来事に男たちも呆気に取られているようで、動きが取れていない。前へ飛びながらも徐々に下降している。できるだけ遠くに、そしてゆっくりと降りていかないと、男たちに追いつかれ、ミューズに怪我をさせてしまう。
そのミューズはというと私の脚先で暴れることはないが、驚きのあまり奇声を上げている。なんとかホバリングしながら村の入り口まではいけそうだ。
「ミューズ!このままゆっくり降りていくから、足を歩くように動かせるか!?」
「へっ!?どゆこと?」
「空中を歩くように足をだな・・・」
と下を向いた時に、耳元をひゅんっと何かが通る音がした。あれは・・・矢か!後ろを見ると男たちが追いかけてきて、一人は弓を構えている。人数は5人だ。
「おい!ガキに当てんなよ!」
「わかってるよ!」
どうやら狙いは私のようだ。何本か放たれた矢は、ほぼ正確に私に飛んでくるあたり、それなりの腕を持っているようだ。しかし弓矢程度であれば、打ってくる場所さえわかれば避けられる。それくらいの動体視力は持っているようだ。
もうすぐ地面に着く。このくらいの距離があれば、降りた瞬間にフレアを放てば、奴らを吹き飛ばすことはできる。
そしてミューズは私の言いつけを守り足を前後に動かしている。このままいけばうまく着地できるだろう。ゆっくりゆっくりと地面が近づいていくにつれて、フレアの準備も始める。
しかしその時、突然体の身動きが取れなくなった。それに気づいた時には顔から地面に転がり落ちていた。ミューズも勢いよく地面に体をぶつけてしまった。
一体何が・・・自分の体を見ると光る輪のようなものに縛られている。力を込めても外れる気配がない。気づくと男たちはすでに目の前まできてしまっていた。
「ったく、手間かけさせやがって。念の為で呼んでおいて正解だったぜ。」
男の目線の先にいたのは、黒いフードを目深に被った人族だった。
「さすが、王国の魔道士じゃな。」
男の影から村長が現れて不敵な笑みを浮かべる。
「この大陸じゃ、一番の実力者たちだからな。これぐらいやってもらわんとな。」
男はミューズに近づき雑に抱き抱える。
「やだ!離して!」
ミューズが男の腕の中で暴れる。しかし男はそれを物ともしない。
「村長!どうしてこんなことするの!」
悲しみに満ちた悲痛な叫びであるのに、村長は表情ひとつ変えず冷ややかにミューズを見る。
「哀れな子よ。お前は親に見捨てられた孤独な存在よ。」
「パパとママはそんなことしてない!」
「ではなぜお前はこんなところで一人でいるのだ?しかも7年。だからわしがここまで育て、そして新しい家族を充てがってやるのよ。」
「新しい家族?」
「行けばわかる。大丈夫、優しくしてくれるだろう。」
村長の言葉に周囲の男たちも卑しい笑い声をあげる。それに加えて身動きが取れない自分自身に苛立ちが募る。
「お頭!この獣族はどうします?」
下っ端であろう男が私の近くでしゃがみ込み、ジロジロと観察してくる。
「ガキの獣族なんざ誰も興味ないさ。殺しておけ。」
「了解!」
ゆっくりと男は立ち上がり、腰にぶら下げていた長剣を抜く。
「へっ、一思いにやってやるからよ。あの世でねんねしてな!」
このまま私は死ぬのか。生まれてから1日も経たずに、そして自分が誰なのかもわからずに。ミューズを助けることもできずに、後悔だけが残るこんな死に方、望むわけもない。けど、どうしようもできないのだ。
振りかざされる長剣を一瞬だけ視界に入れ、あとはぎゅっと眼を閉じる。
なんとあっけない命だったか。こんな時にあの声も聞こえない。
諦めたその時だった。
「ぐあぁっ」
うめき声が聞こえ、ゆっくり眼を開けると、男は後方へ仰向けに倒れていた。一体何が──
「誰だ!」
家の影から出てくるのは、村長の家で見た女だった。しかし先ほどと少し異なり、背中に白く光り左右対称の4つの翼を持っていた。月に照らされる金色の髪は不気味な輝きを放っている。人族ではない、何か別の力を感じる。
白い光る翼を持つ女は私の目の前へと歩みを進め、男たちを正面にして立ち止まる。
「ライトブレス!」
両手を前へと突き出し放たれた技は、男たちを光の炎で包み込む。
「眩しいっ!」「熱い!」
男たちから次々と悲鳴が上がる。右往左往する男たちに意識が向いていたが、あのフードの人族がいる方を見ると、すでにその姿はなかった。
「おい!待て!」
男の声に再び意識を光の炎へ向ける。男も目眩しにより怯み、ミューズを離してしまったようだ。ミューズは全力でこっちへ向かってきて、私の元に駆け寄る。
「タッツー!大丈夫?」
気づくと私にかけられていた光の輪も外されていた。
「あぁ、それよりお主も無事か?」
「私は全然大丈夫。それより・・・」
傍に立つオーラと呼ばれる女は、私たちの前にしゃがみ込む。
「ミューズ様、ご無礼をお詫びいたします。私はあなたのご両親の命により、あなたをお守りする立場でした。しかし、下手をうってしまい、奴隷紋を施され、身動きが取れない状態が続いてました。」
胸元をグッと開くと何かの花のような紋様が青く光っているのが確認できた。
「オーラ・・・ごめんなさい。あなたが私を見守ってくれていたのはわかっていたの。でも村長もみんなもあなたと接触するのを許さなくて・・・それが怖くて・・・」
オーラはゆっくりとミューズの肩に手を置いて、ミューズの目を真っ直ぐと見つめる。
「ミューズ様、ここから南にあるコーネリア王国へ向かってください。」
「え?」
「もう時間がありません。」
「どういうこと?」
ミューズに向けていた視線を、今度は私へと向ける。
「あなたは龍族ですね?」
「わかるのか?」
こくりと頷き、手を私の頬へ添える。
「共に罪を背負った者ならわかります。」
「罪を背負った?一体なんの──」
口元に人差し指をかざし、それ以上の言葉を発することを制された。
「ミューズ様を頼みます。」
強い意志の宿った瞳だった。それに逆らうことはできないと私の本能が感じ取った。
「ミューズ、いくぞ。」
「待ってよタッツー!オーラを置いていくの?」
ミューズの目は今にも涙が溢れそうだ。
「オーラが作ってくれた時間だ、無駄にはできない。」
「でも!」
突然オーラが苦しみ出した。胸の紋様が青白く輝きを放っている。
「オーラ!お主裏切りおったな!」
光の炎の中から村長が声を上げている。
「急いで!!!」
苦悶の表情で私たちに必死で訴えかける。また強引にはなるが、仕方ない。
ミューズの肩を脚で掴み、翼を力強くはためかせる。
「やだ!オーラ!オーラ!」
低空飛行のまま、オーラから、そして村からぐんぐん離れていく。ミューズの慟哭に脇目も触れずに、私は闇夜を駆ける。




