第1話 始まりの森
暗い。何も見えない。眼を閉じているのか、開いているのか分からない。
体も自由に動かせない。手脚を伸ばそうと意識を伝達させても、何かが邪魔をしている。かろうじて指先だけは動かせる。狭い空間にいるのは確かだ。
寒さは感じない。むしろ暖かい。不思議なのは、こんな窮屈な場所にいるのに、恐怖を感じる所か居心地が良い。この中にいれば安心な気がする。誰からも干渉されず身を守れる。
このままここで眠り続けるのも悪くない。自分が誰で何者か全く分からないが、そんなのはどうでもいい。
小さく丸まっているであろう体をさらに丸めて微睡みかけたその時だった。
「・・・て」
なんだろう。何か聞こえた気がする。
「・・・きて」
確かに聞こえる。正しく言うと、頭の中に響いてくるような感じだ。直接訴えかけてきている。
少女のような優しい声。落ち着く声音にまた眠りを促されそうだ。
「・・・起きて」
起きる?どうして?こんなに心地よいのに?そんなことをする必要もなければ、理由もない。
でも、どこかで聞いたことがある気がする。懐かしいような、そうでないような。
「・・・起きて」
起きようにもここがどこなのかも分からないし、身動きが取れない。だから眠るしかないのだ。それ以外の選択肢が今はない。
「・・・起きて」
「・・・起きて」
「・・・起きて」
何度も繰り返される。言葉ではない押し問答に、少しうんざりしてきた。きっと起きるまで永遠に続くのだろう。
「・・・起きて」
わかった。もう起きる。頑張るから。
脚と頭に力を込める。すると、ピキッと小さく音が聞こえた。そのまま力を込め続けると、次第にその音が連鎖して、何かが割れようとしている。うっすらと光が差し込んできているのがわかる。
あと少し。
あと少し。
「・・・起きて」
そして、最後の力を振り絞ると、バキバキバキと音を変えて何かをぶち破った。今まで踏ん張っていた力が一気に外へ逃げる。それと同時に眩しい光が眼に差し込んできた。
少しずつ眼を開けて、明かりに順応しようとする。
真っ白だった視界が、次第に色と周囲にある景色の輪郭を識別しはじめた。
緑色、木だろうか。それも何本も林立している。それとゆらゆらと煌めいているのは水だ。大きな水溜まりが、真ん中にあってそれを囲うように木が生えている。
色や輪郭だけではなく、音も伝わってきた。木々の葉が擦れ合う爽やかな音。まるで自分が起きたことを祝福してくれているかのようだ。
風に吹かれて、水溜りには小刻みに波が伝わっている。透明で綺麗な水だ。
水を見たからなのか、突然強烈な喉の渇きを覚えた。あの水を飲みたい。
まだ視界が完全ではないし、体の動かし方もわかっていない。それでもとゆっくりと起きあがろうとすると、力を伝えきれなかったせいで、地面に転げ落ちてしまった。
そのおかげで、簡単に水溜まり付近に移動することができた。
地面に這いつくばりながら、水溜りへ近づいた。この渇きを一刻も早く潤したい。水溜まりが少しずつ近づいていくにつれて、喉の渇きが増していく。
やっとの思いで水溜まりに顔投げ出し、それと同時に水面に映し出された自分を視界に捉えた瞬間、喉の渇きが一気に薄れた。
大きな赤い瞳に黒い鱗、両耳付近にグルグルと渦巻く角のようなもの、小さくとも鋭さを兼ね備えた牙が口元から2本覗いている。そして背中から生えている小さな翼。
これは、龍だ。




