第45話 記憶の中へ
おまたせしました。
俺は五十嵐の記憶の中を漂っていた。
漂うという表現が正しいのか分からないが、こんな経験した事無いし他に当てはまる言葉も思いつかないから許してほしい。
二条の手を握った瞬間に五十嵐の記憶が流れてきた。生まれた瞬間から始まり、現在に至るまでのすべての記憶が一瞬で。
それは今までに経験した事の無いような頭痛を伴うものだった。あまりの痛さに大声を上げようとした。
でも大声を上げる事は出来なかった。というか自分の意思で体を動かす事が出来なかった。
した事無いから分からないけど多分幽体離脱的な何かだと思う。俺の精神だけが体を離れて、記憶を体験しているという感じか。だから頭が痛いというのも本当に頭が痛い訳ではない気がする。
とはいえ、どうする事も出来ないので我慢した。
そうやって無理矢理痛みをやり過ごしたが、感情はそうもいかなかった。
五十嵐の思った事、感じた事がすべて自分のものになる。
不満、苛立ち、怒り、失望、そして悲しみといった負の感情。
それに加えて喜びやら幸せやらといった正の感情も同時に感じ取る。
もう感情がしっちゃかめっちゃかで、体を動かせるなら十回は連続で吐けるぐらいには気持ち悪い。
何だよ、これ。意味が分からねぇ。
感情が俺を上書きしていくような。
このままじゃあ俺自身を乗っ取られるんじゃ無いか?
だって段々と、得体の知れないイライラが募っていく。いや、別に得体の知れないものじゃない。原因は分かってる。俺の事を舐めてかかっているクソ野郎どもに対しての怒りだ。どいつもこいつもクソがよ…………
(拓也くん。拓也くん!聞こえているかい?きこえているのなら、返事をしてくれないかい?)
その時、声が聞こえた。
(…………に、二条?)
俺は我に返る。
今、何を考えていたんだ?
(よかった。まだ五十嵐の記憶に取り込まれてはいないみたいだね。その調子で自分の意思を保ってくれ)
取り込まれる?…………そうか、取り込まれかけてたのか。完全に思ってもいない事を考えていた。これが五十嵐の記憶の影響か。
(二条、助かった。危ないとこだった。……でも、今俺たちどうやって会話してるんだ?)
俺は疑問に思って訪ねた。
二条の声が聞こえているが、実際に耳から聞こえている訳じゃ無い。
なんか脳に直接聞こえている感じ。
ついでにいうと、俺も声を出して返事をしている訳じゃない。
(それを説明するために。まずは君がどういう状態なのかを説明しよう。君は今、五十嵐くんの記憶の中にいる。体はこちらにあるけれどね。僕は記憶に干渉する事で君と会話をしているんだ)
(記憶の中……そういわれても分かんないけど)
現実から乖離しすぎて理解が追いつかない。
(まぁ、そういうものだと思ってくれよ)
(……まぁ、それがいいな)
会話出来てるから細かい事はいいか。
(しかし拓也くん。本当に君は大丈夫かい?)
(いや、実際全然大丈夫じゃないよ。割とギリギリ)
だって五十嵐の記憶が混ざって、自分が経験した事無い記憶がある。この感覚は本当気持ちが悪い。
名前も知らない学校の卒業アルバムに自分が載っているぐらい気持ち悪い。
しかもそれだけじゃなくて、五十嵐の記憶自体に嫌悪感を感じる。
五十嵐は裕福な家庭で生まれたみたいだ。
記憶の中の両親は優しくて五十嵐の事を愛していた。
しかしその両親に対して五十嵐が感じていた感情は恨みだけだった。
それが全く理解出来なくて、にもかかわらず自分自身として理解しているという状態。
(今すぐ吐きそう)
(今の君が吐く事は無いから安心していいよ)
(安心出来ねぇよ)
(…………しかし、急いだ方がいい。今は大丈夫かも知れないが、この状態で長く過ごすと五十嵐の記憶が完全に定着してしまう。その前に、必要な記憶だけを持って行かないと)
真面目になった二条がそんな怖い事を言う。しかし、記憶を持って行く?
そういえばここに来て何をするのかちゃんと聞いていなかった。
(記憶を持って行くってどういう事だ?それで二条の力を奪えるのか?)
俺たちの目的は二条の神の力を殺さずに奪う事だ。
(ああ、人間の場合神の力はまず最初に記憶に紐付けられる。僕みたいに長く生きている眷属であれば記憶を奪われても力を使えたりするけど、五十嵐くんのように力を手に入れて日が浅い眷属の場合、記憶を奪えば一緒に神の力もな奪えるんだ)
ほうほう。
(へぇー。で、どうやって記憶を持って行けるんだ?)
(五十嵐の記憶を実体化させるんだ。そうしたらそれを持ってこちら側ーー現実世界に戻って来ればいい。図書館から本を借りてくる要領だね)
だね。って言われても。
(記憶の実体化?どうやるんだよ)
(そうだね…………とりあえず一番簡単なのは、過去では無く現在にあるもの…………そう僕の声を実体化させる事だ。それが出来れば関連付けで耳の実体化が出来て、君の身体が実体化できる。後は同じやり方で五十嵐の記憶を実体化させるといい)
(うん。八割方理解してないけど、とりあえず試してみるわ)
(じゃあ早速、僕の声に集中してくれるかな。僕は現実世界、つまりは外から君に話しかけている。だから僕が喋っているという事実は存在している。しかし今の君記憶そのものであって他の存在ではないから、僕の声を自分の記憶から再構成して聞いているんだ。それをやめて、僕の声を記憶にはない初めて出会うものとして聞いてくれ。一度それをしてしまえば、後は他のものを君の記憶から引っ張って来て飾り付けすればいい)
存在とか再構成とか難しい言葉はスルーして、初めて聞くつもりで聞いてみる。
(僕達は基本的に現在というものを、記憶、つまりは過去とと照らし合わせながら生きている。それはすべての人間に過去があるからだ。生まれたての赤ん坊だって、母親のお腹の中にいたという過去がある。つまり人間はなにか新しいものを見る時、同時に古いものも見ているんだ。すべてのものは何かとの対比で存在出来る訳だからね)
(だから心を無にしてくれ。何も考えてはいけない。僕の声をただ受け入れるんだ。声としてじゃなくて、音としてでもない。ただそこに存在する事実として受け入れるんだ。現在だけを受け入れるんだ)
二条の言葉を、ただ受け入れる。ただ、受け入れる。受け入れる。
すると、変化があった。
(あっ)
「どうしたんだい?」
「お前の声が聞こえる…………俺の声も。てことは…………」
そこからはトントン拍子だった。
「聞こえるって事は耳がある。喋れるってことは口がある」
俺は自分の手で耳や鼻を触る。
「触れるって事は手がある。手があるって事は肩があって胸があって腹があって……………」
気が付けば俺がいた。そして俺がいるということは周りを取り巻く空間があるって言う事だ。
周りを見渡す。そこはあのトピカさんと出会った空間と同じような空間だった。
自分の周囲だけが光っていて、少し離れれば何もないかのように暗闇がある。
「どうやら上手くいったみたいだね」
「何がなんだか分かってないけどな」
俺は軽く悪態をつく。理解出来ていないのに二条のいうとおりの状況になって、なんか釈然としない。
二条はいつもの調子で答える。
「まぁ別に理解する必要は無いよ。存在だとか記憶だとかそういうものは哲学者たちが何千年も考えているにも関わらず、未だに答えが出ていないものだからね」
俺は一つ深呼吸をする。
「じゃあ、次は五十嵐の記憶を実体化だな」
「方法は分かるかい?」
「…………ああ、何でか分かる」
つまり俺の手を実体化したのと同じだ。今の俺は、平塚拓也であり五十嵐翔なんだ。平塚拓也がここに存在しているように、五十嵐翔だって俺自身なんだから存在しないことがおかしい。
「…………このクソが…………」
「えっと…………やぁ、五十嵐」
気付けば目の前に、顔を怒りに歪ませた五十嵐がいた。




