悪魔のような男(二)
俺が令嬢の屋敷のメイドをつまみ食いしていると、俺の部屋を覗いてくる奴がいた。
それだけでも殺す理由には充分だったが、そいつは最後に見た母親と同じ目をしていた。
それが無性に腹が立った。
そいつは他にも覗いていたやつがいると、走り去る女の後ろ姿を指差すが、女なら後でどうとでも出来る。操ってやばい奴に仕立て上げれば誰も信じなくなるしな。
今はこのムカつくやつを殺す事しか考えられなかった。
そいつは弱かった。殴っただけで尻尾を巻いて逃げていった。
それを見て少しだけ心が落ち着いた。結局コイツも、両親と同じで何も出来ないクズだ。社会のゴミだ。
俺はそんなゴミを片付けようと、光の剣を振り下ろす。
だが、出来なかった。邪魔が入った。
そこに居たのは、今までに見たことがないほど美しい女だった。何者にも屈しない様な強い眼差しを持った女だった。
俺は欲しくなった。
この女が俺に屈する所を見てみたい。
俺は既にその女だけを見ていた。
「お前、名前は?」
「私はアリスよ」
素直に名前を答える女。
これでこいつは俺の物になった。
今すぐ操る事も出来る。
だがこういう気の強そうな女は、じっくりと甚振るほうが楽しい。
「俺の物にならないか?」
形式上聞いて見る俺。
彼女の答えはノーだった。
そのほうがいい。折り甲斐がある。まぁ多少腹は立つがな。なんせ最近は力を使わずとも言う事を聞く奴が多い。
そんな中、こいつは俺の事を知らないとかほざきやがった。こいつ、この世界の人間じゃないのか?じゃ無きゃ俺の事を知らないとかありえないだろ。
苛立つ俺にそういえばそこにいた野郎が話しかけてくる。
「お前、黙ってろよ。野郎の顔なんか拝むのは、俺の貴重な時間の無駄遣いだろうが」
再度男を思考の外に追いやって考える俺。
さて、どうやって楽しもうか。
俺は自分の幻像を生み出して女に近づける。自分の本体は光を歪める事で見えなくする。
これはいつの間にか使えるようになっていた魔術だ。まぁ、俺は選ばれし者だからな。これぐらい出来て当然だろう。
女は俺の幻像を、持っていた大剣で薙ぎ払う。この手の女は大抵がこうやって抵抗してくる。
まぁ剣を使う女は初めて見たが。なんで剣なんて持ってるんだ?
女は斬られてかき消えた俺を探している。全神経を集中させてな。
条件は整った。
「アリス、動くな」
俺はそういって女の腕を掴む。
腕を掴まれた女は反対の手に持った大剣をブンブンと振り回す。
驚いた事に掴んだ腕以外は動かせるようだった。
念を入れて幻像を出して良かった。
稀に意思がとても強い奴だと腹立たしい事に力が通用しない時もある。
だが腕を動かせないなら十分だ。その間に重ねがけすればいいからな。
俺はもう一度能力を発動させようとした。しかし、
「アリスさん、腕、ホントに動かないんですか!?」
思考の外から男の声がする。その声を聞いた女は、
「え?掴まれてて動かない…………あれ?動くわ!」
そういって俺の力から逃れ、男の横に並ぶ。
…………はぁ?何してんの?
「え?まじで何なの?俺、五十嵐翔だよ?あの『ツイスターズ』のセンターで、最近だと主演のドラマや映画も何本も公開されている、大スターだよ?」
俺はこの世界で一番の存在だぞ?
「俺の物になりたくないの?」
気がつけば俺はそう口にしていた。
「なりたくないわ。私が誰かの物になるとしたら、多分タクヤの物になると思うの」
彼女の返答はまるで迷いが無いものだった。
気に入らない。
彼女の真っ直ぐな目が気に入らない。
隣で照れたようにキョドってる男が、気に入らない。
自分の両親を見ているようで、気に入らない。
「…………お前、どれだけ俺の邪魔をすれば気が済むの?あのさぁ、この世の女は全部俺の物なんだよ。分かってる?」
二人は困惑したような顔で俺を見る。
やめろ。そんな目で俺を見るな。
「この五十嵐翔は、この世の男の最高点なんだ。お前ら凡俗とは違うんだよ!」
男の方が、ふと口にする。
「そういえば、本名、金山省吾だっけ」
あの俺を産んだだけのカス達が呼ぶのと同じ名前を。
「その名前で呼ぶな!!」
こいつだけは許さない。こいつだけは絶対殺す。
俺は怒りで、今まで使ったことが無いほどの力が湧いてくるのを感じた。
自分の周りが眩い光に包まれる。
これをぶつければ、間違いなく奴を消し炭にできる。
「死ねぇぇぇぇ!」
俺は躊躇なく、奴に向かって光を飛ばす。
ははっ!そうだ。この世は俺の為にある。俺に逆らう奴は全員死んでしまえ!
当たりは溢れんばかりの光に覆われていて周りが見えない。
この光が収まれば、奴と女の死体がある。女の方は勿体無いが、まあ探せばアレぐらいの女もいるだろう。そうだ、海外に行って有名な女優達を片っ端から俺の物にするってのもいいかもな。
そんな事を考えながら光が収まるのを待つ。
そして視界がクリアになると、
そこには元から誰も居なかったかのように何も無かった。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、すぐに逃げられたと気が付いた。
「…………クソがぁぁぁぁ!」
その後、与えられた広い部屋で怒りを屋敷のメイド達にぶつけていると、俺に殺人の依頼をした令嬢がやってきた。
「五十嵐、依頼の件はどうなった…………人の家でこんな事をして、貴方にはモラルは無いのかしら?」
ベットで大の字になる俺の周りに転がっている裸のメイド達を見て、令嬢が冷めた目でそう口にする。
「あぁ?俺が何処で何しようと勝手だろうが……お前も参加するか?」
「バカな事は言わない方が身のためよ…………小林、片づけてちょうだい」
令嬢が一緒に部屋に入ってきた執事に命じると、
「承知いたしました。おい」
といって転がっているメイド達の頬を軽く叩く。意識を取り戻したメイドは俺をみて怯えたような顔をする。
「何見てんだよ」
俺がそういうと、彼女たちは脱ぎ散らかした服で体を隠しながら慌てて部屋から出て行く。
「はぁ…………それで?平塚拓也はどうなったの?」
令嬢は腕を組んで聞いてくる。
平塚拓也。今回のターゲットだ。令嬢が大金を出して殺そうとしている男。まぁ彼女からすれば端金かも知れないが。
だがまだ来ない。手筈ではこの家のメイドがそいつ俺の部屋まで連れてくるという事になっていた筈だ。
…………そこで俺は気が付いた。先程の男が平塚拓也だったと。
「クソがよ………」
俺のつぶやきに目ざとく反応する令嬢。
「まさか、逃したの?」
それに答えずにいると肯定と受け取ったらしく声を荒げた。
「貴方…………ふざけているの!?既に金は払っているのよ?更には家のメイドに手を出す事も黙認している。それで失敗しましたなんて通用すると思っているのかしら!?」
「うるせぇ!上手くいってたんだ!だがギリギリで邪魔が入ってよ………あの見てくれだけはいい女、マジで許さねぇ…………てか大体お前は、あの男を一人で連れてくるって言ったじゃねぇか!そこに邪魔が入ったのは俺のせいじゃねぇ。お前のミスだろうが!」
そうだ。俺が悪いはずは無い。
俺の正論に納得したのか考え込む令嬢。
「…………まさか、アリスさん?急にいなくなるから、何事かと思ったけどまさか五十嵐の所へ向かうなんて…………大ファンだろうと思っていたけど…………」
令嬢はブツブツと呟くと、表情を変えてまた俺の方へと目を向ける。
「分かったわ。今回に関しては私が欲をかいたせいのミスだと認めるわ。だけど次に失敗したら、どうなるか分かっているでしょうね」
言外に脅しをかけてくる令嬢。
俺に対してこんな態度をとるのは本来なら許される事ではないが、彼女の持つ権力に逆らうのは得策じゃない。今の俺では敵わない。
「…………クソがよ」
いつかお前を俺の奴隷としてこき使ってやるからな。
次回から拓也視点に戻ります。




