第32話 ヒーローは遅れてやってくる。
絶体絶命のピンチ。その瞬間に聞こえたのは、自分が最も好きになった声だった。
「タクヤ、私は貴方を絶対に守るわ」
その声が聞こえると共に、俺の目の前で腰の辺りから上下に真っ二つの五十嵐翔。その姿は分かれ目から蒸発する様に消えていき、最後には無くなった。
「ア、アリスさん?」
「そうよ、私よ、タクヤ」
声の方を見ればアリスさんが大剣を振り切っている姿が見えた。その距離は少し遠い。少なくとも剣が届く距離では無い。
でもそんな疑問はどうでもいい。
アリスさん……来てくれたんだ。一瞬でも疑ってしまった俺を許してくれ。
アリスさんは近づいてきて、俺の頬に触れる。
「タクヤ、怪我はない?」
「あっ、はい。大丈夫です」
躊躇無いボディタッチをかますアリスさん。惚れてまうやろ。俺は、すぐに立ち上がって急いで距離を取る。
「?、どうしたの?」
自覚無いのが怖いよ。この美女はこれまで何人の男を落としてきたんだろうか。
てか、今はそんな事考えてる時じゃ無いな。
「五十嵐は?」
そう聞くと、アリスさんは少し表情を曇らせる。
「斬ったけど…………」
「けど?」
「手応えが無かったの」
その答えはすぐに分かった。
「マジで邪魔するんじゃねぇよ、次から次へとよ……!」
「……!」
声のした方を見てみれば、そこにはイライラを隠しきれない表情で、五体満足の五十嵐の姿があった。
うそだろ。斬られたはずなのに。
「…………光神の力?」
アリスさんが五十嵐を見つめながらぼそりと呟く。
「あぁ?…………おい、お前名前は?」
「私はアリスよ」
素直に答えるアリスさん。その顔を見て、
「へぇ…………」
五十嵐はゲスい感じの笑みを浮かべる。すっごいイケメンなのに隠しきれない辺り、俺が同じ表情したら通報されるんじゃないかっていうゲスさ。
十中八九ろくでもない事を考えているのは分かる。
「アリスっていうのか。綺麗な顔してんじゃねぇか。どうだ、俺のものにならないか?」
「ものになる?どういう事?」
「俺の女になれっていってんだよ」
綺麗な心を持ったアリスさんは純粋な疑問を浮かべる。
「なんのために?」
そんなアリスさんの様子にいらだちを五十嵐。まぁ、トップアイドル五十嵐翔に俺の女になれなんて言われて、首を縦に振らない女の人なんて少数派だろ。俺が女なら二つ返事で女になるわ。
「…………俺のこと、知ってるよな?」
さっきも俺にしてきた質問をする。
あれかな。五十嵐翔って承認欲求が強いのかな。
「もちろん知ってるわ。私は今日、貴方に会いに来たのよ」
「はっ!だったら、俺の女になることに依存は無いよな?」
そういってアリスさんに近づく五十嵐。
「あの、会いに来たってのは、あんたが思ってるのとニュアンスが違う…………」
殺しに来たって意味だからな。
俺が口を挟もうとすると、
「お前、黙ってろよ。野郎の顔なんか拝むのは、俺の貴重な時間の無駄遣いだろうが」
俺をみて床に唾を吐き捨てると、すぐにアリスさんの全身を舐め回す様に見る作業に戻る五十嵐。
だから高そうな絨毯に唾とか吐くなよ。いや安そうでも駄目だけど。
しかし、俺の好意を無碍にするとは、こいつ、どんまいだな。
アリスさんに近づく五十嵐。自然な動作で大剣を構えるアリスさん。
そして、
「やぁぁぁ!」
再び振るわれるアリスさんの大剣。
真っ二つになる五十嵐。
こうなるのは分かっていたよ。
しかし、問題はここからだ。先程と同じように、五十嵐の体はまるで蒸発していくかのように白い霧になっていく。そしてその霧は、位置をずらしてまた五十嵐の体へと再構成されていく。
何処に現れるのか。アリスさんと俺は五十嵐を探す事に全神経を注ぐ。
再び五十嵐が現れたのは、アリスさんの目の前だった。
「……!」
アリスさんが飛び退く。しかし間に合わず、腕を掴まれる。
「アリスさん!」
「離して!」
「強気な女も好きだぜ?折りがいがあるからな」
一生好きになれない考え方の五十嵐、俺は彼の余裕な態度に違和感を感じる。
思い出すのはさっき言ってた、女は俺の敵にはならないって奴。奴の能力がよく分からないが、女性特効みたいな能力があるのかもしれない。
アリスさんは自分の腕を掴んだ五十嵐に向けて、やたらめったらに大剣を振り回している。
だが剣は体を通り抜けて、当たる事がない。五十嵐は余裕の表情で、ニタニタと笑っている。
まるで俺がケントの攻撃をすり抜けた時みたいな感じ。なんだよ、人のアイデンティティ奪うなよ。
だが別にこいつが空間の神の力を持っているという訳では無いだろう。
別の神の力でも、似たような事は出来る。ケント達風神の眷属は、風に乗って、瞬間移動をしてた。空間の神の力の転移と過程は違えど結果は同じだった。それを踏まえると、
アリスさんは光神の力って言ってた。確かにあの目潰しは、もろ光攻撃だった。
…………なんか光の屈折的なトリックを使ってるのかな。知らんけど。
そうだと仮定して、どうやって対処すればいいんだ?
まず、あそこにいる五十嵐は、実体が無いのか?だとしたらどうやってアリスさんの腕を掴んでいる?
くそっ、分からん。俺の頭がもうちょっと良ければ。
…………その時、俺はアリスさんの掴まれた腕をみて、違和感が浮かんだ。
あんなに動いてアリスさんが抵抗しているのに、掴まれた腕に力が入ってないように見える。
なんか変だ。まるでアリスさんが自分の意思で腕を動かしてないみたい。
「アリスさん、腕、ホントに動かないんですか!?」
俺の言葉にアリスさんが困惑する。
「え?掴まれてて動かない…………あれ?動くわ!」
アリスさんは掴まれていた左腕が動く事を確認すると、急いで俺のそばまでやってくる。
その様子を見ていた五十嵐は、いつの間にか無表情になっていた。
「え?まじで何なの?俺、五十嵐翔だよ?あの『ツイスターズ』のセンターで、最近だと主演のドラマや映画も何本も公開されている、大スターだよ?」
なんか急にウィキに書いてある事丸読みしてるみたいに喋り始めたぞ。
「そんな俺の事、なんでそんなに避けるような事するの?俺の女になりたくないの?」
「なりたくないわ。私が誰かの物になるとしたら、多分タクヤの物になると思うの」
おぉふ。いや、俺がトルクスピカのために必要だからという意味で言っているんだろうけど、急にそんな事言わないでくれ。キュンです。
五十嵐はそれを聞いて、俺を睨み付ける。
「…………お前、どれだけ俺の邪魔をすれば気が済むの?あのさぁ、この世の女は全部俺の物なんだよ。分かってる?」
いや、分からんよ。
「この五十嵐翔は、この世の男の最高点なんだ。お前ら凡俗とは違うんだよ!」
なんかどんどんおかしくなっていくな。テレビで見ていた頃の人なつっこい感じの爽やかさなんて、本当に何処へいってしまったんだろう。
てか自分の事芸名で呼び続けるってのも、結構へんだよな。
「そういえば、本名、金山省吾だっけ」
俺は思いついた事を口に出してしまっていた。
それを聞いた瞬間、五十嵐の表情が一気に変わる。
「その名前で呼ぶな!!」
うわぁ、ブチギレじゃん。何、触れちゃいけない事だったの?
「なんで……何でその名前を知っているんだ!」
「神の啓示かな」
嘘は言ってない。
「本当に、お前は屑だ。くそだ!ゴミ屑だ!!お前みたいな奴この世から消えてしまえ!そこの女もだ、お前みたいな顔だけの性悪女、消えてしまった方がこの世のためだ」
あれだよな。すっごい怒っている人が近くにいると、それと反比例するように冷静になれるよな。
とはいえ、言ってはいけない事もある。
「俺の事を悪く言うのはいいけどさ、実際どうしようもない人間の自覚はあるし。でもアリスさんの事は悪く言うなよ。こんなにいい人、この世の奇跡なんだぞ」
この世界の人じゃないけど。
そんな俺の反論も、五十嵐の耳には入ってないらしい。すっかり取り乱して自慢の赤い髪をぐしゃぐしゃにした五十嵐は、両腕を掲げる。
…………なんか、どんどん輝きを増していく。これはあれだよな。攻撃の予備動作のモーションだよな。
それは隣のアリスさんも思ったらしい。
「タクヤ、逃げないとまずいわ。この攻撃は、凄く強力よ。結構離れないと」
「そういわれても…………」
「タクヤ、貴方の力が必要よ」
「転移しろって事ですか?でもまだコントロール出来てないし、前は俺一人しか転移出来なかったから、アリスさんも一緒には……」
「大丈夫」
アリスさんが俺の言葉を遮って笑顔を見せる。
「貴方なら、出来るわ」
その言葉と、その笑顔があれば、何でも出来るような気がしてくる。
「分かりました……やってみます」
俺はそういって、前に転移したときの事を思い出す。
あの時は、漏らしそうになって、何処でもいいから離れたいって思った。
同じように。
安全なところに逃げたい。今回はアリスさんと一緒に。
気付けば俺はアリスさんの手を握っていた。前を見ると、五十嵐の両手は長い光の剣が生えたように明るく光っている。
時間は無い。今すぐに。
俺なら出来る。
アリスさん。
貴方が隣にいれば、俺は出来ます。
空間がゆがみ始める。つないだ手を中心にして、視界がグルグルと渦を巻く。
よし、行ける。目的地は、そうだな。心が安まる、安全な場所へ。
「死ねぇぇぇぇ!」
ゆがんだ目の前の視界で五十嵐が叫び、両手を振り下ろす。
しかしそれを見届ける前に、完全に視界は渦の中へ消え、そしてまた渦が収束していく。
気が付くと俺とアリスさんは、自宅のトイレにいた。
何、ここがリスポーン地点なの?




