第2話 何の気なしにスレイヤー
やべぇよやべぇよ。
知らないおじさんに、とどめ刺しちゃったよ。いや、まあ事故みたいなもんだし、本人も言ってたけどもう多分助からなかったし、ちょっと転んでぶつかっただけだ。むしろあんなもんで死ぬ方が悪いというか、うん。俺は全然悪くないはずだ。…………ちょっとしか悪くないはずだ。
誰に聞かせるでもなく、一人で言い訳をしながら俺は暗闇の中を歩いていた。先程の戦場はすでに闇の中に飲まれて見えなくなっている。
フェデリコさんを埋葬しようかとも思ったが、戦場で一人だけ埋葬するってのもなんか変だと思って、とりあえず合掌して戦場を離れた。そもそもこの謎空間の地面って大理石のようなよく分からない硬くてつるつるした素材になっていて、掘ったり埋めたりできないしね。
一応護身用に槍を一本拝借した。フェデリコさんにとどめを刺したやつだ。
てかなんか頼まれ事されたけど、ここを出る方法が分からないし彼が何者なのかも分からない以上、大変申し訳ございませんが俺にはどうしようもございません。このたびはご縁がなかったということで。
俺は心の中でお祈り申し上げながら、手に持った槍を見る。柄の部分は木で出来ていて、物凄くボロボロだ。正直頼りない。なんか耐用年数を大幅に超えているって感じ。それと対照的に刃の部分はまるで新品かというぐらいにピッカピカだ。
ん?あれ、この槍死体の腹に刺さってたよね?なんで返り血とか一切浴びてないんだ?
まあとりあえずそれは置いといて…………恐らくこの槍はフェデリコさんの物だったんじゃないかと思う。彼の目の前の人に刺さってたし。
あの人達は互いに殺し合っていたのかな。それで最後に、フェデリコさんが残ったと。
でもフェデリコさんは、誰に殺されたんだろう?
いやとどめを刺したのは俺なんだけど、フェデリコさんを追い詰めた相手が誰なのか分からない。だって彼の腹の傷は、なんか焦げた感じになっていた。炎で炙られたような。でもあの戦場に落ちていた武器は、剣とか槍とか、鉄製の近接武器ばっかりだった。炎で焼くような武器は無かった気がする。だからフェデリコさんは青い鎧の敵じゃなくて、もっと別の何かに殺されたんじゃないかな。
といっても、俺は武器に物凄く詳しい訳じゃないから、火をつけられる不思議武器があるのかもしれない。
不思議って言うと、彼らが来ていた鎧もなんか不思議だったな。鎧そのものの話ではなくて、あの鎧を着ていた事に違和感を感じた。
見た目は時代劇とかで見るような日本風の鎧だったけど、それを赤い瞳に金髪のフェデリコさんが着けていた事で、すごいコスプレみたいな雰囲気だった。そんでフェデリコさん、顔はお面で見えなかったけど、なんかイケメン臭がした。
なんか日本を舞台にしたハリウッド映画の撮影してました、っていうのが一番信じられる。
フェデリコさん、一体何者だったんだ?
特に最後、何で俺の名前を知っていたんだ?知っていたというか、目があった瞬間俺の名前が分かったっていう感じだったけど。
あれか、死を間際にすると感覚が鋭くなるってやつか。いわゆるシックスセンスで感じ取ったんだな、うん。すごい、フェデリコさん。
…………正直そんな訳はないとは分かってるけど、もう今は何も考えたくない。とても疲れた。
この空間、何というか、色がないんだよな。自分の周りは明るく光っているが、文字通り一寸先は闇。何も無いって表現が過去一でしっくりくる状況だ。
そのせいで時間の感覚とか平衡感覚とか、五感だとか、とにかくいろんな感覚が馬鹿になってきている気がする。来てから何時間も経ってはいない筈だけど、感覚的には何日も閉じ込められているみたいだ。
いつの間にか俺は立ち止まっていた。
俺は何処に向かっているんだろう。いくら進んでも漆黒の闇。果たして出口はあるのだろうか。
なんか腹が立ってきたぞ。俺が何をしたっていうんだ。ただ下校していただけなのに、何でこんな目に合わなきゃいけないんだ。
「あぁもう!」
その声に反応したのか分からないが、前の方からぼんやりと明かりが見えた。目を凝らすと、それが最初に会ったオークだと気付く。
血まみれの棍棒を手に持ち大きな牙が生えた口がニイィと笑った。その目に浮かぶのは、久しぶりの食事を前にした喜びの感情だった。
普段なら120%で逃げの選択をする所、多分精神的におかしくなっていた俺は、拾い物の槍を自分の倍はあるオークに向けて構えた。やってやるよ。もうどうなったっていい!
それを見たオークは開いていた口を閉じ、上半身を後ろに反らせて溜めをつくる。そして次の瞬間、バネのように顔を前に突き出して咆哮した。
「ガァァァァァァァァァァ!!」
そう叫んだ後、オークは棍棒を振り上げた。俺との距離はまだ十メートルぐらい離れている。奴はでかいから持っている棍棒も大きいが、それでも振り下ろしたところで届くわけのない距離だ。
どうするつもりだ?
オークは棍棒を振り下ろす。風切り音を出しながら、振られたそれは、なんと途中で燃え上がった。それだけでなく、振り切ると棍棒にまとわりついた炎が俺に向かって飛んできた。
「うぉ!」
俺は距離があったお陰で何とか横っ飛びで回避した。
もし当たっていたら俺は黒焦げの焼死体になっていただろう。
はい、冷静になりました。どうなったって良くないです。こんなのと戦える訳ないです。
そもそも俺は喧嘩どころか口論すらまともにしたことがない、か弱い高校生だ。何をとち狂っていたのか。生きてきて『戦う』なんてコマンドが出てきたことはないじゃないか。常に『逃げる』一択だ。
何で槍なんて拾ったんだろう。さっきの俺は馬鹿なのか?こんな物逃げるのに重くて邪魔だろ。
俺は槍を投げ捨てた。そして回れ右して全力ダッシュをしようと身構える。
すると槍は、殆ど力を込めずに投げたにも関わらず、オークに向かって飛んでいく。
そのまま咆哮を終え閉じようとするオークの口に一直線に飛んで吸い込まれていく。そうして首の後ろから血しぶきとともに穂先が飛び出した。
「ガァァゥグッッ………!!」
オークのうめき声を聞いた次の瞬間、迎えたのは眩い光とけたたましい音だった。
「うぉっ………!」
どこからともなく雷が落ちてきて、オークに直撃したのだ。その衝撃の余波は俺まで届き、俺は吹き飛ばされ尻餅をついた。
雷に視覚と聴覚を潰された俺が、耳鳴りがする耳を押さえながら、なんとか復帰して目を開けると、
「……………………」
オークは何事もなかった様に、動かずそこに立っていた。目に見える変化といえば少し皮膚が焦げて見える事だけだ。
「嘘だろ………」
俺は立ち上がって逃げようとしたが、腰が抜けて動けなかった。そんな中、槍がひとりでに動き出した。ズルズルと、オークの首の後ろから出てきたのだ。オークの体の一部的なものを引きずり出しながら。
グロい。
そうして槍はオークを完全に貫通した後、突然物理法則もお構いなしに上に打ち上がった。そしてそのまま宙返りをして俺の方に向かってきた。
逃げる事を考える間もなく槍は俺めがけて飛んでくる。
あっ、死ぬ。
グサッ。
槍は尻餅をついて広がった俺の股の間に突き刺さった。玉ひゅん。
そして同時に、待っていたかのようにオークが後ろに倒れた。
あっ、ちょっとちびった。




