墓守人
海にも面し、幹線道路や線路など主要な交通手段は容易に取れるような、特に大きくは無いが寂れてもいない、ごく普通にありふれた街。
その外れに山と面した裾野があり、うっそうとした森が横たわっていた。
一見静かで青々とした緑の茂った森の中は、一歩入ればその重苦しい空気に襲われた。
そして次に死臭……
あちこちには、弔う事もされず白骨化した姿や、風雨にさらされ半ば腐りかけの姿、切断された四肢が転がって、散々足るものだった。
不運な人の悲痛な叫びのような鳥の声。
その森の中央付近には小さな泉があり、そのほとりに小さな墓があった。
墓と言っても、小さく山に盛られた土に摘みたての香りがする花が供えられている、そんな心細いものだった。
やがてその墓前に、ひとつの人影が現れた。
小柄な女性…髪の毛は伸ばし放題、痩せ細り、衣服もボロボロで、異様だったのは、その体中に血痕がこびりついていたことだった。
女性の名は海羽田 沙恵(ウミハタ サエ)。
沙恵は握っていたナイフを無造作に泉に投げ入れた。
ナイフに絡み付いていた血液が、透明な水面にフワッと広がった。
そしてすぐに、沙恵の体も服を着たまま泉へと飛び込んだ。
水深は1メートルも無いだろうか… 泉の中央近くまで歩み入ると、一気に沈んだ。
まるで髪の毛の1本1本までも水で梳かすように、水中を浮遊したあと、ゆっくりと岸へと上がった。
そして水底に沈んでいるナイフを拾い上げると、またも無造作に近くへ放り、墓の前で座り込んだ。
その表情は憔悴しきったように覇気もなく、ただボーッと墓を見つめていた。
「猛流…」
墓に眠る人の名だろうか… 一言つぶやくと、寄り添うように寝転び、目をつむった。
しばらくして、パッと目を覚ますと木々の方を向いた。
そして墓を見ると、
「行って来るね。」
と、ナイフを手にすると木々の間へと消えていった。
数年前から物騒な事件が続いていた。
森を通ろうとする者は、もれなく無差別で殺されていた。
逃げ帰った者はまだひとりもおらず、その為、遺体を収容する事すら出来ないままだった。
街では、そんな誰もが気味悪がる森を焼き払ってしまおうという話も持ち上がっていた。
そんな最中、1人の男が森の中に入っていった。
誰に注目される事無く、ごくごく自然体に歩を進める姿は、何十年もこの森を抱えるこの街の住人とは思われなかった。




