やっと見つけた
まだ陽は高いにも関わらず、うっそうと茂った木々の間からはわずかな光しか差し込まず、薄暗く不穏な気配が漂っていた。
そんな中を、気負った風も見せず、むしろ少し微笑みを浮かべながら歩くその男。
歳は20歳半ばだろうか…
黒い短髪に細身の体。 特に何か特徴があるようにも見えない、本当にごく普通のいでたち。
殺されに来たとしか思えないのだが、それでも男は奥へと進んでいた。
沙恵は男を見つけると、物陰に隠れ、機会を伺った。
何十メートルか進んだ頃だろうか。
男の頭上の枝が揺れ、木の葉が数枚落ちてきた。
木の枝を鳥か動物が走り去った。
驚くような素振りもなく、すっと見上げると、じっと空を見つめた。
『今だ!!』
沙恵は足音を出来るだけ消すように走り、一直線に男に向かった。
そして、まだ見上げている男の懐に突っ込んだ!
次の瞬間、沙恵は目の前が軽くなったのを感じた。
本来なら、今の一突きで男の命はもう無いはずだった。
その感触が全く無かったのだ。
「やっと見つけた。」
その声に驚いて見ると、数歩離れた所で涼しげな顔をしている男が居た。
「!!?」
思いも寄らなかった事態に声も出せず、それでもまだ身構える沙恵。
「まだやるの?」
薄ら笑いを浮かべて見つめる男からは、殺意や気迫は感じられなかった。それが沙恵にとってひどく嫌悪感を感じさせた。
「やったのはお前か!」
沙恵が口を開いた。 恨みのこもった暗い声。
その時、風を受けた木々の隙間から一瞬光が差し込んだ。
沙恵はぐっと力を溜めると、ナイフを突きつけ男に向かっていった。
その切っ先は、一体何人の身体を傷つけ、命を絶ってきたのだろうか…。
男はそれをスイスイと器用に避け、かわした。
それでも執拗に追う沙恵。
沙恵にはそれなりの理由があった。
「しつこいなぁ。」
少しからかうように言いながら避けていた男が、スッと身をかがめた。
そして沙恵の懐に入ると、その腕を払った。
バシッ!!
「うっ!」
弾き飛ばされるナイフ。
それを追うことなく、沙恵は男の足を払った。
男は軽くジャンプしてかわし、少し後方へと移動した。
「なかなかやるじゃん。」
嬉しいのか楽しいのか、ニヤリと笑った。
沙恵は叩かれた腕を2,3度さすりながら立ち上がり、男を見つめた。
「どうする? まだ、やる?」
男は両手を腰に当て、おどけて見せた。
彼は息ひとつもついていなかった。
沙恵は悔しそうに顔をゆがめると、もはやヤケにも似た攻撃を仕掛けた。
そこそこの脚力があるようで、かなりのスピードがあった。
だが男は、それ以上の速さを持っていた。
彼は武器を持たず、ただ彼女の攻撃を避けるか止めるかに終始し、決して彼女を攻撃しようとしなかった。
沙恵はただひたすら男に向かっていった。
やがて沙恵の息が上がり、とうとう足を滑らせてしまった。
「!!」
倒れこんだ沙恵の目の前に、男の足があった。
「!」
悔しそうに見上げる彼女を、男は変わらずニヤケ顔で見下ろした。
「さすが、何百という命を葬っただけの技量はあるな。 でも、やっぱ俺にはかなわないか。」
とうとう沙恵は、観念したようにあぐらをかいた。
「どうぞ! 街を引き回しでも、絞首刑でも、好きなようにしたらいいわ!」
男は沙恵の前にかがんだ。
「そんな事、しないよ。」
「じゃあ、ここで殺す?」
男はニッと笑った。
「ちょっと、やって欲しい事があるんだ。」
「え?」
「協力、してくれない?」
思ってもいなかった言葉にきょとんとなる彼女を前に、男はニッコリとしたままだった。
「何をやらせる気?」
不満げに言う彼女に、男は懐から一枚の写真を取り出した。
「この男、知ってる?」
写真には、丸々と太った薄毛の男が写っていた。
「知らないわ。 そんな人。」
「そっか。 やっぱりな。 じゃあ、詳しく教えるからついてきて。」
男は写真を仕舞うと、くるっと背を向けた。
その背中に沙恵は叫んだ。
「ちょっと待ってよ! どうして私を?」
「君じゃなきゃ出来ない事なんだよ。 報酬が欲しいなら幾らでもやるよ。」
沙恵は、つかつかと歩いて行く男の背を見ながら、仕方なさそうに立ち上がった。
「あなた、一体何者?」
「それも、すぐ分かるよ。」
ニヤッと笑って歩き続ける男の後を、沙恵は追いかけた。
「ちょっと待って! その前に、やりたい事があるの!」
クルッと振り向いた男に、彼女は懇願するように言った。
「逃げたりしないから、少しここで待ってて。」
男は少し考えたが、すぐに返事をした。
「分かった。 ここで待ってる。」
言うが早いか、沙恵は草むらの中へと姿を消した。
沙恵は墓の前に戻ってくると、息を整えた。
「猛流。 …まだ…よく分からないけど… あなたの仇かもしれない。 行って来るね。すぐ、戻ってくるから!」
そう言うと、そっと墓を触り、踵を返した。
5分ほどして、沙恵は戻ってきた。
特に何かを持っているわけでもなく、さっき別れたままの姿だった。
「お待たせ。 いいわ。」
「何も持って来なかったのか?」
「何も無いわ。 命以外は。」
「そう。」
男はまた歩き始めた。 彼女も大人しく後ろを付いていった。
沙恵はただじっとその背中を見つめ、ただ黙って歩いた。




