約束は誓い[3]
『エジステンツァ』として仲間たちと強奪を繰り返してきたマウロは、ズィールのあちこちを移動した。同じ地域でばかり隊商を襲えば警戒も強くなり、動きづらくなるからだ。そんな彼だったが、船かトンネルを使わなければ来られないティラードのこちら側には来たことがない。十年後の戦でもこの辺りを味方につけたのは彼の所属する一団とは別に動いている者たちだった。
ずっと海沿いを通っているものだと思っていた街道は、曲がりくねってその向かう方向をあちこちに変える。広い草原の向こうに海が見渡せる場所もあれば、両側を森に挟まれている薄暗い場所もあった。
焦る心をなだめるように、景色と海風を楽しみながらのんびり歩く。
マウロにしてみれば、焦ったところで自分の状況がどうにかなるとは考えられなかったし、エウフェーミアの体力がどの程度かは分からないが、ペース配分を彼女に任せてしまうと無理をして限界以上の速度で進むのではないかと思ったのだ。焦る気持ちは分からなくもないが、倒れてしまっては元も子もない。最悪はグルビナまで送り届けてやればいいと、マウロは気楽に考えていたのだった。
街道沿いに点在する町や村で休息や宿泊をし、歩き始めて二日目。
最初こそ、焦りと緊張で張り詰めていたエウフェーミアも、次第にこの状況に慣れてきたのか、そこは十四歳の少女、時には笑顔を浮かべて他愛ない話を聞かせたりもした。マウロも不思議な今の状況を楽しむかのように、笑って彼女と言葉を交わすのだった。
街道も何度目か、両側が森になり、狭まった。
しばらくの間は今までと同じようにぽつぽつと会話を交わしながら歩いていた二人だったが、ふと、マウロは嫌な気配を感じて身を強張らせた。
「おい、ミーア」
少しだけ前を歩くエウフェーミアを呼び、神経を尖らせる。
エウフェーミアが振り返った。
「近くに来い」
その言葉に、エウフェーミアは菫色の瞳を大きく見開く。
問うより先に彼女もやや遅れてその気配を察知し、マウロの側へやって来ようとした、その時だった。
がさがさと大きな音を立てて、何人もの男たちが森の中をこちら目がけて駆けて来る。
姿も気配も隠そうとせずにこちらに向かって来る男たちの目は、怒りと逃がした獲物をやっと見つけたという歓喜にぎらぎら輝いている。
この間の男たちだ。
マウロは心の中で呻く。
安物だろうが何でもいい、武器になる物を買っておかなかった事を後悔したのだ。かなり高い確率でこうなることは、予測できたはずだ。
剣を振りかぶって襲いかかる男の腹に拳を叩き込み、側にあったエウフェーミアの右腕を掴んだ。
男たちに学習能力がなかったのが幸いし、腹を殴られた男は潰れたカエルのような悲鳴を漏らし地面に倒れ込む。
次の瞬間、
「覚悟しなあッ!」
間近に声が聞こえた。
素早く目線をやると、エウフェーミアの向こうから今にも襲いかからんとしている男の姿がある。
一般の物よりも刀身の細いその剣で、エウフェーミアの体を貫こうとしている。
マウロは自分の判断を呪った。
守らなければ、と咄嗟に彼女の腕を引いたのが災いした。
両の手が自由であったなら、彼女は剣を抜いて応戦できたはずだった。
でも今、彼女の利き腕はマウロの手の中にある。
今から放したところで間に合わない。
「っ……!」
エウフェーミアが息を呑む。
男の剣が彼女に迫る直前、マウロは思わず左手を伸ばし、掌でそれを受け止めていた。
鈍い音がして、剣はマウロの手を貫通し、手の甲から僅かに切っ先を覗かせて、そして止まった。
「ぃやあぁ!!」
エウフェーミアが悲鳴を上げるのを、どこか遠くに聞いた。
痛いことは痛い。かなりの激痛だ。だけど戦争の最中、怪我くらいは経験済みだ。死んだ奴はもっと痛かったろう。大体、ここで踏ん張らなきゃホントに死ぬ。
「悪い、汚した」
買ったばかりのエウフェーミアの外套に、マウロの血が水玉模様を三つ作っている。
なるべく冷静に言ってエウフェーミアを引き離したマウロは、剣を抜こうとして慌てている男の腕を逆に掴み、思い切りねじり上げる。
ごきごきっと、嫌な音がした。
腕の骨の砕かれる痛みに耐え切れず、男は剣を放してのた打ち回る。
構わず襲い来る別の男に回し蹴りをくれてやり、マウロは左掌に刺さった剣を抜き放った。
ごぼっ、と血が溢れ出す。
手当てする暇も、ましてや慣れていない魔法なんて使う余裕はないから、そのまま右手で奪い取った剣を構える。
剣は得意ではなかったが、それでもこんなごろつき程度には負けない自信がある。
「さあて……、逆襲、といきますか」
ニヤリと笑って男たちに向けた剣の先端から、マウロの血が滴り落ちた。




