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動かない世界の中で変わるもの  作者: 唐草カナタ


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21/44

届かない[1]

 フィクティラス砦は辺りを低い山と森に囲まれた土地に石を組み上げて造られた砦だった。

 やって来た方面からでは砦正面を通る街道を使わなければグルビナへは行けない。川と何段にも連なる断崖のせいだ。

 この砦は元々戦のために造られた物ではなく、砦と名づけられながら関所としての働きしか持っていなかった。それもバルダッサッレが民の血税を我が物として自らの利益のために建造した物だ。

 今やこの砦前の街道を通るのは、バルダッサッレの息のかかった兵や商人、そういった者たちしかいない。そうでない者が不用意にこの砦の前を通過しようとすれば、取り調べを受けた上で地下にある牢獄に放り込まれるという。

 背後を山と森に囲まれているという地形は守りに長け、正面だけを警戒していればいいように思える。それは敵も味方も同じようだった。

 どうやってこの砦を攻略するのかとなった時に、そこを突くんだ、とスタンは言った。

 遠くフィクティラス砦の尖塔がちらりと見える森の中に陣を張り、スタンの元へ人が集まる。

 この辺りであれば、余程注意してこちらを観察していなければここに野営地があるという事には気づかれない距離だろう、という行軍に慣れた者たちの意見で、場所の目星は大方つけていたようだった。

「警備に関しちゃ帰還待ちだが、地形や建物に関する情報なら持ってる」

 広げた紙に、スタンがさらさらと筆を走らせる。

 フィクティラス砦の裏側と、背後の山との位置関係を簡単に示した図だ。

 ……それは分かる。分かるが、剣の腕も人並み以上、少なくとも戦に関しての判断も的確だと思われ、人の上に立つ素養もたっぷりのスタンの、描いたその図の何と酷い有様か。

 こんなに簡単な図を、ここまで周囲に殺した溜め息が満ち溢れるほどの出来栄えに仕立て上げるのは、かえって才能なのではないかと思ってしまうくらいだ。

 人には必ず足りない部分があるというが、スタンの足りない部分というのは間違いなく絵心が全くないことだ。

 ルドミラは確信しながら、その酷い有様の図をじっと眺めた。

「……それで?」

 冷静な彼女の声が、蓄積した溜め息を払拭した。

 図の出来栄えに関して突っ込まれなかったことに安堵したらしいスタンが、こちらを見る。

「わたしの気のせいじゃなければ、砦の壁と裏山とも、大分距離があるように見えるけど」

「ああ。大の大人が両腕広げて五、六人並べるくらいは空いてるな」

 事もなげにスタンは頷く。

「え……、今って、裏側から攻め込む話をしてるんですよね? でもそんな距離、どうやって……。ねえ、ルルーさん?」

 ゲルハルトがスタンを見て、スタンの描いたよく分からない図解を眺め、それからルドミラに話を振った。

 ここのところ、ゲルハルトはルドミラを「ルルー」と呼ぶ。

 何をどうしたらルドミラがルルーになるのかも不可解だったし、それを許した覚えもないが、かといって止めさせるのも馬鹿馬鹿しくて、ルドミラが何も言わないでいる間にその呼び方は定着してしまっていた。

 ゲルハルトはそうやって彼女を呼ぶ時、ひどく嬉しそうな顔をする。そして、そう呼んでいいのは自分だけなのだと公言して憚らない。誰もそんな事を許可した覚えも制限した覚えもないのだが。

 でもルドミラも、別に嫌な気持ちはしなかった。

「だから、お前さんたちの魔法の出番だ」

 スタンがニヤリと笑ってそう言った。

「はぁ?」

 ……嫌な予感がする。

 また面倒事を押しつけられるのか。

「え? あ……、そうか! 僕たちが空を飛んで先に侵入するんですね!?」

 スタンの意図を察したらしいゲルハルトが、何が嬉しいのか明るい声を上げた。

「ご明察」

 スタンは満足げに笑って頷く。

「じょっ……!」

 冗談じゃない。

 そう異を唱えようとしたルドミラだったが、その声は周囲のどよめきにかき消された。

 ──おおぉ。

 ──魔法使いってのは、空も飛べるのか。

 先の魔法教室からこっち、ゲルハルトもルドミラもすっかり尊敬を集め、人気者になっていた。ルドミラは相変わらずあまり愛想の良い応対はしていなかったが、ゲルハルトの人当たりの良さで中和されているのかそれとももう慣れられたのか、その応対に不愉快な反応を見せる人間はほとんどいない。

 今も、畏敬の眼差しがこちらに集まっていた。

 確かに、飛べる。

 短距離ならば空を飛ぶことも大した事ではないが。

 ……はぁ。

 ルドミラは溜め息を漏らす。

「作戦を聞いてから考える」

 それにしても、スタンはどういう人間なのだろう。

 ふと、ルドミラは考えた。

 他の者たちがこぞって魔法を教わりに集まった時も、俺はいいよと来なかった。それなのに、魔法に縁のない人間ではあまり思い立ちもしないような使い方を普通に提案してきたりする。

 しかしそんなことを、気にしても仕方ないしどうでもいい事だ。

 ルドミラは思考を区切り、スタンの説明を待つ。

 その時、唐突に野営地の端のほうが騒がしくなった。

 人垣を割り、ざわめきが正体を現す。

「バルナバ!? どうしたの、何があったの!?」

 スタンの隣に座っていたメルが悲鳴のような声を上げた。

 バルナバと呼ばれた男は、大抵スタンやメルの側に控えている長身の男で、常に偵察を請け負っているアルド、そして同じくマウロの部下であるジョットと三人で先行し、フィクティラス砦の様子を窺い、今夜この野営地で落ち合う事になっていた。

 だがアルドの姿も、ジョットの姿もなく、バルナバも体のあちこちから血を流している。待ち伏せを受けたのは明白だった。

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