青空魔法教室[3]
ヴィオミークをバルダッサッレの手から解放するのは、そう難しいことではなかった。
矢を射かけてくるのはバルダッサッレの手の者だけ、従う気のない者は怯え隠れるふりをして、唐突に内側から騒ぎを起こす、そういう手はずになっていた。
矢から味方を守ること。
それがルドミラたちに与えられた仕事だった。
ルドミラは矢を弾き返す。狙える範囲の狭いルドミラの手に余る矢の雨を、ゲルハルトの起こす逆風が受け止め、地面に落とす。
それでも魔法の間を抜けてきた矢に射られ、怪我をする者が出た。
悲鳴に息を呑み、思わず敵兵に向かって攻撃を仕掛けようとしたルドミラを、スタンが止めた。
門をこじ開け、町に突入するのと同時に中からも騒ぎが起こった。
家にある物だけで武装した頼りない姿の町人たちの気迫は、だが気押される兵士たちを飲み込み、あっという間にヴィオミークの駐屯兵たちは制圧された。
怪我人はそれなりに出たし、ヴィオミークに残らなければならないほど深い傷を負った者も中にはいたが、死者は出なかった。
拍子抜けするルドミラとゲルハルトは、メルに誘われるままに歓待の宴に参加することになってしまった。
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「ここらで一休みするか」
スタンの声を合図に、一行は思い思いに散らばっていく。
草の上に寝転がる者、仲の良い他の者とのおしゃべりに花を咲かせる者、少し離れた湖の岸辺まで行って水浴びを始める者。
ヴィオミークを味方につけた事で途端に気が抜けた、とルドミラは思う。まだ戦は終わってはいないのに、このだらけぶりは如何なものか。
だがルドミラも、別に好き好んで参戦したわけではない。休息が増えるのは歓迎すべき事だった。
辺りを見回し、草の間からいくつか顔を出している石の一つに腰かける。高さは物足りないものの、表面はほとんど平らで、硬さと冷たさを除けば椅子としての座り心地はまあ悪くない。
見るともなしに辺りを見れば、折角与えられた休憩時間だというのに鍛錬を始めている者までいた。
……ご苦労なことだね。
ルドミラは呆れたように心の中で呟いて、だが別段する事もないのでぼんやりと辺りの人々を眺めていた。
ヴィオミークでの戦いでも感じたことだが、寝返ってきたという兵士はもちろんのこと、常にスタンやメルの周りにいる何人かの男たちの戦い方は、その他の一般人と比べると明らかに違っていた。武器や体術を使えるわけではないルドミラには当然細かい事までは分からないが、恐らくスタンと同じに王家直属の兵士か何かで、正式に訓練を受けた者なのだろう。
そんな事を考えながら辺りに散った人々を眺めていると、ゲルハルトがやって来てルドミラの隣の草の上に腰を下ろした。
うるさいのが来たな、と思いつつも、にこにこ笑っているその顔に毒気を抜かれる。
「あっ、ねえ、魔法って凄いんだね!」
魔法使い二人が一緒にいるところを見つけた誰かが、そう言いながらこちらに駆け寄ってきた。
「……」
半ばうんざりしながら、ルドミラはゲルハルトが応対すると決めつけて返事をしない。
大体、別に大した事じゃない。
使い方を知らないから使えないだけの話で、よっぽど天から見放されてでもいない限りは誰でも魔法を使うことは可能なのだ。どれだけの魔力を保有しているか、そして持って生まれた素質によって行使できる力の種類や量は変わってくるが、それはまた別の話だ。
「あたしも魔法が使えたらいいのにな~」
いつの間にか周囲に人が集まっている。
黙って立ち去ろうと腰を浮かせかけたルドミラのすぐ近くで、リータの声が聞こえた。
「そうしたら、ルドミラばっかりに大変な思いさせなくても済むのに」
「使えますよ」
隣でゲルハルトが言った。
「えっ、本当に!?」
リータが顔を輝かせる。
他の集まった人たちも、口々におれも、わたしもと声を上げる。
ああ、面倒な事になった。
ルドミラは胸中で頭を抱えた。
「折角だし、簡単な魔法を使えるように教えましょうか。ねえ、ルドミラさん?」
にこにこと、ゲルハルトがこちらを見る。
「……どうしてわたしに聞くのさ。勝手にすればいいでしょ」
素っ気なくそう答える。自分にはそういう気はない、という意思を含めたつもりだったのだが、嫌味の通じないゲルハルトには、それも伝わらなかったようだった。