* 明日(最終章)
「そろそろ、家に入りなよ。風邪を引く」
市田に言われて気付く。
たっぷり一時間は話していただろうか。
この2月も近い真冬の夜の公園で。
「……そだね。歩は? 上がってく?」
もう少し話していたい。
そんな気持ちが少しあった。
……もしかしたら、少し、期待していたのかも。
が、彼は首を横に振る。
「今日はやめておく。また、そのうちに」
「……ん、わかった」
部屋の前まで送る、と言ってくれた。
そんな心配しなくても、と思うのだけど。
でも、もうちょっと一緒にいたいから何も言わない。
この絡めた指をほどきたくないから何も聞かない。
「……あ、」
アパートの階段を昇っている最中、彼が何か思い出したように声を上げる。
「携帯、貸して」
「え? どうして?」
「いいから」
言われるがままに手渡す。
どうするつもり?
携帯を受けとった彼は、携帯を操作し始める。
眉を寄せて目を細めて。
そして、通話ボタン。
「ちょっ、どこに掛けるの?」
「……いいから、黙ってて」
私の携帯を耳に当てたままで言う。
何をするつもりなのか。
「もしもし、深沢先輩の携帯で間違いないでしょうか?」
「……ちょっ」
──どこに掛けてるの!
そう言いかけたあたしの口を開いた手の平で塞ぐ。
「夜分遅くに済みません。僕は佐伯奈津さんの友人で市田歩と言います」
──一体、何を言うつもりなんだろう。
想像つくようなつかないような。
あたしはただ口をつぐまざるをえない。
携帯の持ち主であるあたしをよそに、市田はすらすらと話す。
「ええ、用件はですね」
市田が息を吸うのが見えた。
「僕と奈津はこの度婚約しました。ですから、深沢先輩にはこれからはご遠慮戴きたい。要するに、邪魔するな」
──うわぁ。
あまりの酷さに言葉を失う。
あたしが言うのもなんだけど、もうちょっと言い方ってものがあると思う。
あたしが言葉を失っている間に、彼は通話を終了させる。
「これで、よし」
「よくないっ」
なんだか満足そうな市田に、思わず突っ込みを入れる。
「……まだ、深沢先輩に気があるとか?」
「いや、そうじゃなくて! 言い方ってもんがあるでしょ!?」
そんなんじゃ、顔向けが出来ないだろうがっ!
「じゃあ、君に任せれば良かったと?」
「そうじゃないってば」
「君が毅然とした態度で断れると? 言いたくはないけど、深沢先輩に魅かれてたこともあったのに!? そんな君が?」
いや、そうだけど、それとこれとは関係ないじゃん?
「……いいかげんに、しろ!」
市田の片耳を思いっ切り引っ張って寄せる。
そして耳元で囁く。
「×××××××××××××××××」
「……っ」
市田の顔がみるみるうちに紅く染まっていく。
口をパクパクと開くが、言葉にならない様子。
あたしはそれを見て満足そうに嗤った。
きっと、とてもとても綺麗に見えただろうな。
「それじゃ、また明日!」
未だ呆けたままの市田を尻目にあたしの部屋へと向かう。
ドアを閉める前に最上級の笑顔で手を振って。
鍵を掛けた。
明日になったら、電話してあげるから。
それまでは絶対に電話に出てあげないよ。
悶々と一晩過ごして、少しは反省してくださいな。
鳴りっぱなしの携帯の電源を落として、ベッドに向かって放り投げた。
Dearest for You.(仮) 完。




