王子がきたみたい
僕は森竜の国の王子、アトラム。名前の由来はこの国の初代国王アトラス王からあやかったらしい。どうでもいいね。
僕はいま、この国の歴史について調べている。父上がまだ幼い僕に読ませようとしない禁書があり、それを今こっそり読んでいる最中だ。なぜ父上の約束を破ってまで歴史を調べているのか?
僕にはひとつの大きな疑問があった。この国をかつて二度も救ったとされている、伝説の白竜のことだ。この国の子どもたちはその話を毎晩のように親にせがむ。白い色はこの国の象徴となり、国旗には白竜の姿が描かれる。僕の国以外に、竜が守っている国はひとつもない。その異例さが他国をしりぞけていた。
現在、隣国が侵略地を広げようと他国との戦いを広げているが、この国だけは手を出そうとしないのも白竜の存在があるため。100年以上前の伝説が信憑性を持って現在に残っている理由は、多くの竜が生息するこの森で我々が生き残っているからだ。
話を戻そう。僕にはひとつの大きな疑問がある。そうまで讃えられ他国を圧倒する原因となった白竜がなぜ僕たちを襲わなかったのか、ということだ。父上が白竜を崇めながら、どこか冷たい視線を向けることを知っている。竜は、竜。気まぐれな生き物だと父上は10歳になった僕に言った。だから白竜を信用してはならないと。
ならば、僕たちを襲わなかったのはその気まぐれのせい? 人間を守るような行為をする竜はいない。竜の中でいうと、あの白竜はそうとうな変わり者だろう。
もし僕が白竜ならば、自分の土地に勝手に棲み家を広げ森を壊していく生き物がいたら追い出すだろう。昔は目立たないくらい小さかった人間たちの活動も、今では無視できないくらい巨大になっている。
それを未だに白竜が攻撃してこないことに、僕は驚き不自然に思ったのだ。白竜が今も生きていることは知っている。遠くで何度か空を飛んでいる姿を見ているから。その度に、国はお祭りさわぎになるが。
今まであの竜が人間を傷つけたことは一度もない。なぜ? 関心がないから?
世の中の学者は、竜に知性があり中には人間よりも高いと発言する学者もいるそうだ。
それは本当だろうか?
僕は竜について書かれた本を大量に読み、ある決意をした。
もし、仮に白竜にも知能があり、白竜の意志で人間を攻撃しないのなら。会いに行く価値があると。
*・*・*・*・*
驚いた。竜生の中で一番驚いたかも。
目の前に、10歳ほどに成長した王子とふたりの強そうな兵士が私を見ていた。朝、いつも通りに洞窟を出ると人間たちが待ち構えていたら、そりゃ驚くよね。
王子が前に進み出て、頭を下げる。なにか言ってるけれどあいにく私は言葉を知らない。
身振り手振りで王子がなにか表現しようとする。そのあまりの必死な様子に、私はなんだか答えたくなった。
足元にあった花に息を吹きかけ、人の形にする。人間たちが驚くのが分かる。意識を移したとき、突然出てきた人間が動き出したからさぞかし驚いただろう。兵士のひとりは後ずさっていた。
私は人間の姿で王子に、同じ身振り手振りで私は竜だと伝える。王子はとても驚いていた。
それから私と王子は、言葉は分からないものの王子が地面に絵を描いて見せたり身振り手振り、顔の表情を交えて話した。それは会話と言えたのか分からない。それくらい稚拙なものだった。
王子はどうやら私がなぜ人間を襲わないのか疑問に思っていたらしい。私は答えた。面白いから、と。
そうしたら王子は顔をしかめて、考える動作をした。私は言った。私は気まぐれだと。昔、花を食べるために人間を襲おうと思ったことを伝えると王子はますます難しい顔をした。
なぜ難しい顔をするのか分からない。あ、そうだ。せっかくだから移民のことを聞いてみよう。王子にどうして港町から移民が来るのか絵を描いて聞いてみた。そうしたら、王子は港町に複数の竜が襲っている姿を描いた。なんと港町は多くの竜から襲われてしまう危険な土地らしい。
だからあれだけ竜に敏感だったわけだ。
昔はそんなに危険な土地じゃなかったらしいが、なぜそうなったのか人間は良く分からないみたい。それで、港町に住む人間たちが安住の土地を求めて竜が守るというこの土地へ移動してくるのだそうだ。
なんとも悲劇的な話・・・ん? 昔はそんなことがなかった? なにか引っかかる・・・あ。
それって、私が竜を追い払っていたから行き場(ストレス発散場所)を失った竜たちが全部、港町に行ってるからじゃ・・・。
なんだ、私のせいじゃないか。あははは。・・・王子には黙っておこう。
私は久々に人間と会話のようなものが出来て嬉しかった。王子とここまで話をするのに花を4,5本ムダにしたけれど、それだけの価値がある時間だと思った。なにか、私の心の奥にあるものが満たされた気持ちだった。それがなんなのか、私にもよく分からなかったけれど。
私は竜だ。竜は気まぐれだ。
あれから、王子が何度か私のところに訪れたけれど、私は会おうとはしなかった。黒竜があの国を襲い始めても、私は今度は追い払わなかった。人間たちは自分たちの力で国を守ろうとしていた。
王子が訪れてから、どれくらい経ったのか。もう私は気にならなくなっていた。人の姿になることもなくなり、私は人間観察に興味がなくなった。
それは人間だった自分が王子と出会い、人間らしいことをしたことで未練のようなものが無くなり、私の人間らしい部分が消えてしまったからではと思う。
自分でもよく分からないが、嫌な気分ではなかった。
あれから私はとても楽しい竜生を送っている。まるで、つっかえでも取れたかのように。
今日も私は空を飛ぶ。おいしい花を見つけるために。
END.
お気に入り登録してくださった方々、最後まで読んでくださった方々ほんとうにありがとうございました。
この物語のテーマは、「共存」です。どうか、伝わったのなら嬉しいです。
短い間でしたが、これにて物語は終わりです。著者がとてもよろこぶので、感想がありましたらぜひ書いて頂けると嬉しいです。
では、また他の物語でお会いできることを願って。ありがとうございました。