脇能・初番目物〔序〕 足音
〔次第・名ノリ〕
〽 夜な夜な灯 点る街、
灯る数だけ 影も増ゆ。
——これは、怪異を狩る、黒椿と申す者。守り刀ひとふり、首をぽとり。視えて、寄って、落とす。それだけの、稼業でござい。
……っと、名乗りなんざ柄じゃないんだけど。客が、様式を、欲しがるからさ。
今宵の口は、築四十年のアパート。三〇三号室。半年前に空いたはずの部屋から、毎晩、足音がするという。
〔道行〕
〽 終電過ぎて 路地を行く、
ネオン尽きたる 町外れ、
灯ひとつなき 古アパート、
着きにけるかな、丑三つ刻。
依頼人は、真下の二〇三の、女の子。鍵は、開いてた。当たり前みたいに。
〔一セイ・問答〕
三〇三号室は、空っぽ。なのに、畳に、座布団が一枚。たった今まで誰かが座ってたみたいに、へこんでる。
部屋の角に、女が、いた。薄い。こっちを見て、言う。
「……おかえりなさい」
「あいにく、あんたの待ち人じゃないよ」
「待って、ないわ」女は、笑う。「もう来ないって、知ってるもの。ただ、足音が、聞こえると、つい」
知ってる口ぶり。気づいてるやつほど、性質が悪い。
〔クセ〕
〘地謡〙 昔この間に 住みし女、
待てど暮らせど 来ぬ人を、
足音ばかりを 頼みにて、
窓に灯ともし 幾年か。
いつしか己れも 影となり、
なほ戸口を 見つめをり。
〔中入・間狂言〕
女が、すうっと、壁の染みに、戻っていく。中入りだ。
スマホ。真壁センセ。「黒椿さん、それ〈居つき〉です。死んだ場所に未練で残って、人の形を、忘れてく。足音は、生きてた頃の"ただいま"の、なごり」
「無害?」
「いえ。寂しさが濃すぎると、下の階の人を、道連れに引っぱり込む。だから依頼が、来た」
「名前は」
「表札、剥がされてました。……名無しは、手こずりますよ」
〔待謡〕
〽 待たんとて立つ 闇の中、
時は丑満つ 息を呑み、
壁の染みより、出づるを待つ。
〔出端・舞(働キ)〕
午前二時。壁の染みが、ふくらむ。盛り上がって、にじんで、女のかたち。さっきより、ずっと、濃い。
息を、止める。抜く。
〘地謡〙 抜けば閃く 白刃の風、
待つ手は伸びて 袖を曳く、
されど一念 花と散れ、
迷ひを断つに ためらはず。
「ごめんね。足音は、もう、いいよ」
振る。ぽとり。椿が、落ちた。
〔キリ〕
〘地謡〙 東雲白く 影失せて、
座布団の上に 名残りなく、
残るは女 ただひとり、
刀納めて 去りにけり。
(と、足拍子ひとつ。)
〔締めの都々逸〕
待たぬと言うて
窓辺に灯し
足音だけが
ただいまと




