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創作能楽小説『黒椿』 翁付き五番立て  作者: 堀吉 蔵人


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2/8

脇能・初番目物〔序〕 足音

〔次第・名ノリ〕


()()(ともし) (とも)る街、

 (とも)(かず)だけ (かげ)()ゆ。


 ——これは、怪異を狩る、黒椿と申す者。守り刀ひとふり、首をぽとり。視えて、寄って、落とす。それだけの、稼業でござい。

 ……っと、名乗りなんざ柄じゃないんだけど。客が、様式を、欲しがるからさ。

 今宵の口は、築四十年のアパート。三〇三号室。半年前に空いたはずの部屋から、毎晩、足音がするという。


〔道行〕


終電(しゅうでん)()ぎて 路地(ろじ)()く、

 ネオン()きたる 町外(まちはづ)れ、

 ()ひとつなき (ふる)アパート、

 ()きにけるかな、(うし)()(どき)


 依頼人は、真下の二〇三の、女の子。鍵は、開いてた。当たり前みたいに。


〔一セイ・問答〕


 三〇三号室は、(から)っぽ。なのに、畳に、座布団が一枚。たった今まで誰かが座ってたみたいに、へこんでる。

 部屋の角に、女が、いた。薄い。こっちを見て、言う。

 「……おかえりなさい」

 「あいにく、あんたの待ち人じゃないよ」

 「待って、ないわ」女は、笑う。「もう来ないって、知ってるもの。ただ、足音が、聞こえると、つい」

 知ってる口ぶり。気づいてるやつほど、性質(たち)が悪い。


〔クセ〕


〘地謡〙 (むかし)この()に ()みし(をんな)

    ()てど()らせど ()(ひと)を、

    足音(あしおと)ばかりを (たの)みにて、

    (まど)()ともし 幾年(いくとせ)か。

    いつしか(おの)れも (かげ)となり、

    なほ戸口(とぐち)を ()つめをり。


〔中入・間狂言〕


 女が、すうっと、壁の染みに、戻っていく。中入りだ。

 スマホ。真壁センセ。「黒椿さん、それ〈居つき〉です。死んだ場所に未練で残って、人の形を、忘れてく。足音は、生きてた頃の"ただいま"の、なごり」

 「無害?」

 「いえ。寂しさが濃すぎると、下の階の人を、道連れに引っぱり込む。だから依頼が、来た」

 「名前は」

 「表札、剥がされてました。……名無しは、手こずりますよ」


〔待謡〕


()たんとて()つ (やみ)(なか)

 (とき)丑満(うしみ)つ (いき)()み、

 (かべ)()みより、()づるを()つ。


〔出端・舞(働キ)〕


 午前二時。壁の染みが、ふくらむ。盛り上がって、にじんで、女のかたち。さっきより、ずっと、濃い。

 息を、止める。抜く。


〘地謡〙 ()けば(ひらめ)く 白刃(しらは)(かぜ)

    ()()()びて (そで)()く、

    されど一念(いちねん) (はな)()れ、

    (まよ)ひを()つに ためらはず。


 「ごめんね。足音は、もう、いいよ」

 振る。ぽとり。椿が、落ちた。


〔キリ〕


〘地謡〙 東雲(しののめ)(しろ)く (かげ)()せて、

    座布団(ざぶとん)(うへ)に 名残(なご)りなく、

    (のこ)るは(をんな) ただひとり、

    (かたな)(をさ)めて ()りにけり。

 (と、足拍子(あしびょうし)ひとつ。)


〔締めの都々逸〕


 待たぬと言うて

 窓辺に灯し

 足音だけが

 ただいまと


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